パイレーツじーちゃん〜バナナ編〜
わたしの祖父は、豪快な人だった。
背が高く、顔は彫りが深く、泳ぎが得意。
若い頃は地元で知らない人はいないほどの
ワルだったと母から聞いている。
そして祖父本人は、よくこう言っていた。
「うちの先祖はのぅ、海賊ぞ!」
本当かどうかは知らない。
ただ、祖父を見ていると、
……まぁ、あり得なくもない。
そんな気はしていた。
ある夏休み。
祖父母の家へ帰省していた時のことだ。
「○○(←わたし)!」
じーちゃんに呼ばれた。
「ジュース飲むかぁ?」
わたしは子どもの頃から
あまりジュースを飲まなかった。
だから本当は、そんなに飲みたくない。
でも、せっかくじーちゃんが言ってくれている。
しかも、じーちゃんは耳が悪かった。
「いらない」と言って、さらにその理由まで
説明するのもなんだか面倒だった。
だから、「うん」って言ってしまった。
じーちゃんは嬉しそうだった。
「じーちゃんが旨いやつ作ってやるぅ」
おお……手作りか。
じーちゃんがミキサーを用意した。
まず、牛乳、そしてバナナ。
うん。
ここまでは知っている。
ミックスジュースというものは、
だいたいこういう材料で作る。
じーちゃんはバナナを入れた。
そして、バナナの皮も入れた。
…………。
わたしは黙って見ていた。
もしかすると、
そういう作り方があるのかもしれない。
子どものわたしには知らない、
大人のミックスジュースの世界が
あるのかもしれない。
じーちゃんは続いて卵を取り出した。
なるほど。卵を入れるのか。
じーちゃんは卵を割った。
中身をミキサーへ入れた。
そして、殻も入れた。
………………。
待て、待て、待て。
いま、
入れなくていいものが二つほど入ってないか?
しかし、じーちゃんに迷いはない。
牛乳、バナナ、バナナの皮、
卵、卵の殻、氷。
すべてを受け入れたミキサー。
わたしの疑義のまなざしをも受け入れ、
スイッチが入れられてしまった…!!
ウィィィィィィィン――。
回っている……。
みんな仲良く回っている……。
皮も殻も。
ものすごい勢いで回っている。
わたしは思った。
さっき「うん」と言った自分を止めたい。
時を戻そう。しかし、もう遅い。
覆水盆に返らず。皮と殻、外に出せず。
やがてミキサーが止まった。
じーちゃんは完成した謎の液体をコップへ注いだ。
そして満足そうに言った。
「〇〇〜、飲めぇ」
来た……逃げられない。
目の前には、じーちゃん特製ミックスジュース。
なお、これらの素材について
一応書いておきたい。
バナナは、オーガニックとかではない。
卵も、何かものすごく丁寧に育てられた
ニワトリの卵とかではない。
たぶん普通のやつ。
いわゆる、じゃない方である。
令和のわたしなら、検索する。
「バナナ 皮 食べられる」
「卵 殻 食べても大丈夫」
「祖父 ミキサー 止め方」
しかし当時、そんなものはない。
目の前にいるのは、海賊じーちゃんだけだ。
わたしは覚悟を決めた。
飲んだ。
…………普通に美味しかった。笑
なんでだ!?
バナナの皮はどこへ行った?
卵の殻はどうなった?
何ひとつ分からない。
ただ、美味しかったのだ。
じーちゃんは満足そうだった。
そしてお腹も壊さなかった。
じーちゃんは戦争を生き抜いた人だった。
詳しくは聞いてないが、徴兵されている。
激動の昭和を生き抜き、海賊の末裔を名乗り、
孫が帰ってくれば自転車で大量のアイスを
買いに行き、木工をし、絵を描き……
そして晩年、バナナは皮ごと、卵も殻ごと
ミキサーに入れていた。
SDGsの先駆けである。
ようやく時代が追いついたよ、じーちゃん…。
じーちゃんはもういない。
でも、たまにミックスジュースを見ると思い出す。
あの夏。
ミキサーの中で高速回転する、
バナナの皮と卵の殻を。
あれから何十年も経ったけれど、
ひとつだけ、どうしても分からないことがある。
じーちゃん。あれは本当に、
いつものレシピだったんか?
真相は海賊王しか知らない。
ある意味、秘宝である。
