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【第3回】警察不作為はどの程度起きているのか──データと制度から検証(数字の、外側)

警察の不作為 判例や検証結果をもとに、警察 国家賠償や制度的救済の枠組みを分析。警察 初動対応 問題をデータと制度比較から多角的に検証します。


第2部では、被害に遭った人がなぜ相談をためらうのか、声を上げてもなぜ届かないのかを、当事者の経験と心理の側面から見てきました。

一度の「取り合ってもらえなかった」経験が次の相談を遠ざけ、繰り返し説明することへの疲弊が沈黙を選ばせていく──。そういう構造があることを、確認しました。

重く感じた方もいるかもしれません。ここで少し視点を変えて、「この問題はどの程度起きているのか」をデータや制度の面から見ていきます。感情から距離を置いて、落ち着いて現状を把握するための回です。



第7章:情報・記録・データ構造

──数字が語ること、数字が語れないこと

問題を統計データなど数字で見ていくことは必要不可欠であり、改善への一助となります。ただ一方で「数字だからこそ見えていないもの」を見ようとする姿勢も欠かせません。

7-1 公式統計が示す輪郭

警察庁が毎年発表する「警察白書」「犯罪統計」には、相談受理件数・ストーカー対応件数・DV相談件数などが掲載されています。これらの数字は、問題の「規模」を示す手がかりにはなります。

たとえば、配偶者暴力相談支援センターへの相談件数は2021年度に約12万件を超えており、継続的に増加傾向にあります。一方、警察への相談件数は同年約8万3000件

しかし、これらの数字は「相談した人」の数であり、「被害を受けた人」の全体ではありません。

7-2 記録されない被害は存在しないのか

統計に現れない被害を、専門家は「暗数dark number)」と呼びます。

性被害・DVなど、内閣府が実施している「男女間における暴力に関する調査」では、被害を誰にも相談しなかった割合が示されています。これは「届けられなかった被害」の大きさを間接的に示す数値です。

「記録されていない = 起きていない」ではありませんしかし政策は多くの場合、記録された数字を根拠に設計されます。見えない被害に対する政策は、構造的に後手になります。

7-3 記録・共有・引き継ぎの断絶

被害者が何度も相談しているにもかかわらず、その記録が次の担当者・次の相談機関に引き継がれないという問題が繰り返し指摘されています。

  • 警察署を変えると相談記録が共有されない

  • 担当者が変わると「最初から説明してください」になる

  • 警察・市区町村・医療・福祉の連携がなく、情報が分断される

これは被害者に「何度も被害を語り直す」負担を強います。同時に、危険の兆候を組織全体として把握できず、適切な判断ができない原因にもなります。

記録されないこと、共有されないことは、それ自体が不作為の一形態です

7-4 データの限界と解釈の注意点

統計や数字は強力なツールですが、それを読み解く際には慎重さが必要です

たとえば「検挙率が上がった」という数字が、「犯罪が減った」ことを示すとは限りません「認知件数(警察が把握した件数)」が増えれば、同じ実態でも「治安が悪化した」という印象を与えることもあります

また、どの指標を使うかという選択自体が政治的な判断であることも忘れてはなりません。EBPM(エビデンスに基づく政策形成)の重要性は高まっていますが、「どのエビデンスを選ぶか」という問い自体を批判的に検討することが必要です。

警察の不作為の”負のサイクル”

【補足:繰り返す構造の正体】
相談が「記録」されなければ、組織の「経験」になりません。経験にならなければ、適切な評価も予算配分も行われず、現場はさらに疲弊し、対応はどんどん簡略化される──。

この連鎖は、誰かが悪意を持って設計したものではありません。それぞれが「合理的」に行動した結果として積み上がった、構造の失敗です。どこかで断ち切らなければ、同じことが繰り返されます。


第8章:既存の救済手段とその限界

──「救済の扉」はある。でも、開けられる人は限られている

当然ながら警察の不作為に対して「救済手段」は存在します。ただし、利用する側にとっては、かなりの負担がかかります。ぜひ当事者の立場に立って「利用しやすいかどうか」を考えながら見ていただけたらと思います。

8-1 苦情申出・監察制度の実態

警察への苦情申出制度は、都道府県ごとに設けられており、公安委員会を通じた申し出が可能です

しかし実態として、申し出件数・処理結果が公開されているケースは限られており、「どのように調査されたか」「なぜそう判断されたか」の説明が十分になされないことも多いという指摘があります

制度が「存在する」ことと、「実効的に機能する」ことは別問題です。

8-2 国家賠償と司法救済のハードル

警察の不作為によって被害が生じた場合、国家賠償法に基づいて国または都道府県への損害賠償を求める訴訟が可能です。

ただし、不作為が「違法」と認定されるためには、作為義務の存在・その違反・因果関係が立証される必要があり、これは被害者側に重い立証責任を課します

過去の判例では、警察が危険を認識しながら対応しなかったケースで賠償が認められた例がある一方、多くの場合「義務違反とは言えない」として請求が棄却されています。法的な「正しさ」と被害者の「経験の正当性」のあいだの溝は、ここでも存在します

【参考:直近のストーカー事件における国家賠償訴訟の判例】

  1. 桶川ストーカー殺人事件(1999年・埼玉県)

    • 1999年、埼玉県桶川市で女子大生が元交際相手のグループに殺害されました。被害者は生前、警察へ複数回相談し、告訴状も提出していましたが、警察は告訴状を正式に受理せず、捜査も進めていませんでした。

    • 裁判では、「告訴状を受け取りながら放置した行為は、職務上の義務に著しく反する」として、国と埼玉県に損害賠償が命じられました。ストーカー事案で警察の不作為が司法によって明確に認定された、最初期の代表的な判例です。

  2. 逗子ストーカー殺人事件(2012年・神奈川県)

    • 2012年、神奈川県逗子市で女性が元交際相手に殺害されました。加害者は以前から脅迫メールを送り続けており、警察も把握していました。しかし警察は「事件性がない」と判断。加害者への警告にとどまり、その後、加害者が探偵事務所を通じて被害者の住所を入手する動きを防ぐことができませんでした。

    • 裁判では、被害者からの情報保護の申し出を警察が適切に処理しなかったことが問われ、結果として被害者の住所が加害者側に渡る形になった点について、国の責任が認められました。「対応した」という記録があっても、実質的な保護に至らなかった場合の責任が問われた事例です。

  3. 太子町ストーカー殺人事件(2015年・兵庫県)

    • 2015年、兵庫県太子町で女性が元交際相手に殺害されました。被害者は復縁を一方的に迫られ続け、身の危険を感じて警察に相談していました。しかし警察は危険性を深刻なものとして受け止めず、緊急の保護措置を取りませんでした。

    • 裁判では、警察が被害者の置かれた状況の深刻さを正しく評価せず、必要な保護を講じなかった点が職務義務違反として問われました。「相談があった」という事実だけでなく、「その相談に対して十分に応答したか」が問われた事例として、2-1で述べた作為義務の判断と直接つながる判決です。

8-3 行政的是正措置の可能性と限界

議会による質問行政不服申立てオンブズマン制度なども、理論上は是正の手段です。しかし一般市民がこれらの手段を実際に活用するためには、相当の知識・時間・エネルギーが必要であり、そのコストを負担できる状況にある被害者は限られています。

「制度がある」という事実が、「活用できる」という前提と混同されるとき、制度は機能しているように見えて、実質的に機能していない状態が続きます。

8-4 NPO・NGOという「最後の砦」

DV被害者支援・性暴力被害者支援・ストーカー被害者支援など、多くの分野で民間のNPO・NGOが「制度の空白」を埋める役割を担っています。

被害者の話を聞く・適切な相談機関につなぐ・弁護士や医療機関との橋渡しをする──これらは本来、公的制度が担うべき機能ですが、現実には民間組織が担っています

しかしこれらの組織は、財政的・人的に不安定な状況に置かれていることが多く、継続的な支援を提供し続けることに困難を抱えています。「最後の砦」が常に砦であり続けられるかどうか、それ自体が問われています。


第9章:社会構造・メディア環境の影響

──私たちが「見せられているもの」と「見ていないもの」

警察不作為に関わる事例の多くは、メディアの報道を通じて社会に知られます。ただし私たちが目にしている事例は、実際に起きていることのごく一部かもしれません。

この章では、メディアと警察行政の関係、そして「見えている問題」と「見えていない問題」の非対称性を考えます。

9-1 報道と警察行動の連動と落とし穴

「報道された事件は動く」という現象は、現場の警察官も認識していることがあります。

世論の注目が集まると、警察組織は対応を加速させる傾向があります。逆に言えば、報道されない被害は動きが遅くなる可能性があるということです

これは警察組織の問題であると同時に、「どの被害を報道するか」というメディアの選択の問題でもあります。報道には、「無意識の選択基準」があります。

絵になる
視聴者が共感できる被害者像
加害者がわかりやすく悪い事案」──

こうした基準から外れる被害は、報道されにくい。

9-2 報道されない事案の共通点

性暴力被害の多くは、被害者が特定されることへの恐れから公表されません。外国籍の被害者の事案は、日本語メディアに取り上げられにくい。障害のある被害者の事案は、状況が複雑で「シンプルなストーリー」になりにくい。

これは意図的な差別である必要はありません。しかし結果として、報道の偏りは「誰の被害が重視されるか」という無意識のヒエラルキーを反映していると言えます。

9-3 世論が問題を単純化するリスク

大きな事件が起きると、「警察の怠慢だ」「処分しろ」という声が高まります。この怒りは正当なものです。しかし「個人への処罰」だけで問題が解決されるとすれば、それは構造の問題を隠します

担当者が処罰されても、同じ構造が残っている限り、同じことは繰り返されます。私たちが問い続けるべきは、「誰が悪かったか」だけでなく、「なぜそういう状況が生まれるのか」という問いです。


第10章:トレードオフと政策評価

──「もっと介入を」と言う前に考えたいこと

「もっと警察が動けば解決する」──そう思うのは自然な反応です。

しかし、介入を強化することは別のリスクを生み、効率を優先することは弱者を後回しにする。この章では、単純な「解決策」が持ち込む複雑さを、正直に見ていきます。

10-1 介入を強化すれば解決するのか

「警察がもっと積極的に動けばいい」という声はよく聞かれます。しかし介入の強化には、「別のリスク」が伴います。

権限の拡大は、濫用のリスクを高めます。「予防的な身柄拘束」「行動の監視」が可能になれば、冤罪・差別的な運用・プライバシーの侵害が起きやすくなります

歴史的に見て、治安強化の名目のもとで権力が拡大し、その結果として市民の自由が侵害されてきた事例は世界中にあります。日本も例外ではありません。

守るために踏み込むことが、別の誰かを踏みにじるリスク。 このトレードオフは、単純に「介入を増やせ」という結論に向かわせません。

10-2 効率・公平・公正の衝突

政策を評価する際、「効率性(少ないコストで最大の成果)」「公平性(すべての人に同じ対応)」「公正性(状況に応じた必要な対応)」は、しばしば衝突します。

効率だけを追えば、コストのかかる弱者への対応は後回しになります。公平だけを追えば、より多くの支援が必要な人に同じ対応しかできません。公正を実現しようとすれば、何が「正しい判断」かを個別に判断する裁量の余地が生まれ、裁量の濫用リスクが高まります。

どれかだけを選べない。この緊張を理解したうえで制度設計することが求められています

10-3 政策の成否はどう測るか

政策を評価するには、事前評価(その政策が効果をもたらすという根拠)と事後評価(実施後に実際に効果が生じたか)の両方が必要です。

しかし日本の行政政策において、事後評価が十分に行われているとは言いがたい状況があります。「通達を出した」「件数が増えた」という数字が「対応を強化した」とイコールではありません。

EBPMの観点(エビデンスに基づく政策形成)から見ると、何が「効果的な介入」であるかを示す質の高い研究が、日本の警察行政においてはまだ不足しています


第11章:他分野との比較と応用可能性

──警察だけの問題ではない、という視点

問題の構造が似ていれば、解決策のヒントも他分野から借りられることがあります。

医療・航空・福祉の現場では、「個人のミスを責める」のではなく「仕組みを改善する」という発想への転換が着実に進んできました。警察行政にも、その知見は届くでしょうか。

11-1 DVとストーカー──「制度はある」のになぜ機能しないのか

DV防止法(2001年)・ストーカー規制法(2000年)・配偶者暴力相談支援センターの整備など、制度の枠組みは存在します。しかし実際に被害が防げなかった事例が繰り返されるのはなぜか

制度と現場のあいだには、少なくとも以下の断絶があります。

  • 通達が現場に浸透していない

  • 「対応した」という記録だけが残り、実質的なフォローがない

  • 被害者の継続的な状況把握が担当者の交代で途切れる

「制度を作ること」と「制度を機能させること」は別のプロジェクトです。

11-2 他分野の不作為から学べること

医療の世界では、「インシデント報告」「ヒヤリハット(重大事故には至らなかった危険な出来事の記録)」の義務化が進んでいます。これは「なぜミスが起きたか」をデータとして蓄積し、システムの改善につなげる仕組みです

航空分野でも同様に、パイロットのエラーを個人の問題としてではなく、システム設計の問題として分析する「CRM(クルー・リソース・マネジメント)」という考え方が普及しています。

「個人のミスを責める文化」を「システムの改善に学ぶ文化」へ転換する──この発想の転換が、警察組織において十分に行われているかどうかは、問われるべき点です。

11-3 医療・福祉における「早期介入」という考え方

精神医療・児童福祉・高齢者福祉の分野では、アウトリーチ(問題を抱えた人に積極的に接触し、支援につなぐ活動)と早期介入(問題が深刻化する前に介入する)の重要性が強調されています。

「当事者が来るのを待つ」モデルから「こちらから接触する」モデルへの転換は、特に脆弱な立場にある人への支援において、大きな効果を発揮することが示されています。

これを警察行政に転用する可能性は、地域の見守り活動・多機関連携モデルとして一部で試みられていますが、組織的な浸透は十分ではありません。


制度の限界が見えてきました。救済の扉はある、でも開けられる人は限られている。他の分野はこの問題をどう乗り越えようとしているか、その可能性も見えてきました。

では、私たちには何ができるのでしょうか。制度を変えることも、今日の自分の行動を変えることも、どちらも「何かをすること」には違いありません。

最終回は、重さを抱えたまま、それでも前を向くための回です。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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