見出し画像

【第2回】なぜ被害者は相談できなくなるのか──心理と不作為の関係(声が届く前に)

警察が対応しない場合 どうするのか。相談が事件化されない現実や被害申告の負担に着目し、警察の対応不備が当事者心理に与える影響と声が届かなくなる構造を整理します。


第1部では、「なぜ警察は動かないのか」を制度と組織の側から見てきました。

法律の設計、民事不介入という原則の使われ方、評価の歪み、誤りが修正されにくい構造──。これらは、誰かの悪意によるものではなく、重なり合うことで「そうなってしまう」仕組みとして存在していることが見えてきたと思います。

では、その構造の中に置かれた人には、何が起きているのでしょうか。数字や制度の話から少し離れて、今回は「助けを求めた側」の経験に目を向けます。



第5章:当事者の視点と生活実態

──「また相談したら笑われる気がして」

5-1 制度の外側に落ちていく経験

「警察に行ったら、書類を渡されて帰るよう言われた」
「相談をしても、事件にはなりませんでしたと言われるだけだった」

こういった経験の積み重ねが、被害者の心にどんな影響を与えるかを考えてみてください。

一度目の相談で「取り合ってもらえなかった」と感じた人は、二度目の相談への心理的障壁が高くなります。そして被害が深刻化したあとに「なぜもっと早く相談しなかったのか」と問われる。

この問いがいかに的外れかは、当事者の心理を追ってみれば明らかです。

5-2 建前の窓口と、本音の対応

制度の上では、警察は被害の相談を受け付けることになっています。しかし「受け付ける」ことと「実質的に対応する」こととのあいだには、大きな差があります

被害者支援NPOへのヒアリングなどで繰り返し聞かれるのは、「相談したけれど記録もされていなかった」「担当者によって対応が全く違う」という声です。

同じ内容の相談でも、担当者・曜日・警察署によって対応が変わる。これは「個人差」ではなく、標準化されていない運用の問題です

5-3 「また言わなければいけない」という消耗

声を上げることには、コストがかかります。

時間的コスト(仕事を休む・警察署に足を運ぶ)、経済的コスト(弁護士に相談する・移動する)、そして何より感情的コスト──「信じてもらえないかもしれない」「またあの経験をしなければいけない」という恐れ。

特に性暴力・DV・ストーカーなど、加害者との関係性が複雑な事案では、被害を語ること自体が、被害を再体験することになります(二次被害)。この消耗の積み重ねが、相談を断念させる最大の要因の一つです。

内閣府の調査(2021年、配偶者暴力に関する調査)では、被害を誰にも相談しなかった女性が約4割にのぼっています。「相談しなかった」のではなく、「相談できなかった」状況があった──その可能性を、この数字は静かに示しています。

5-4 「事件にならなかった」という見えない被害

被害者にとって最も苦しい体験の一つが、「あなたの経験は事件ではない」という言葉かもしれません。

法的に「事件化」されなかった被害は、統計に現れません
警察の対応件数にもカウントされません
被害者は「何もなかった」人として扱われます

しかし被害者の心理的ダメージ・生活への影響・恐怖は、事件化されたかどうかとは無関係に存在し続けます。「記録されない被害」は消えるのではなく、ただ見えなくなるだけです。

これを「グレーゾーン」と呼ぶことがありますが、当事者にとってそこは「グレー」ではありません

5-5 制度の言葉が届かない人たち

制度を利用するには、制度の存在を知り、制度の言葉を理解し、制度の手続きを踏む能力が前提とされています。

しかし実際には:

  • 知的障害・精神障害のある人は、状況を言語化することが難しい場合がある

  • 外国籍の人は、言語の壁と文化的な「警察への不信」を持つ場合がある

  • 経済的困窮状態にある人は、何度も相談に行く余裕がない

  • 孤立している人は、相談先を知らないまま時間が過ぎる

制度は「平等に開かれている」と言われますが、「開かれていること」と「利用できること」は別の話です。ここに平等・公平・公正の概念的な違いが現れます。


第6章:心理・行動メカニズムの分析

──「なぜそうなってしまうのか」を、責めずに解く

6-1 警察官の心の中で何が起きているのか

人間の判断は、しばしば合理的ではありません。それは警察官も例外ではありません。

行動心理学が示す「正常性バイアス目の前の危険を過小評価しようとする認知傾向)」は、「これはたいしたことではない」「おそらく被害を訴えているだけだろう」という判断を引き起こす可能性があります。

また「確証バイアス自分の既存の判断を支持する情報だけを集めようとする傾向)」は、「この人は大げさだ」と一度判断したあとに、その判断を覆す情報を無意識に無視させます

これらのバイアスは、悪意のある人間だけに生じるのではありません。誰にでも起きうる、人間の認知の構造的な特性です。問題は、それが「命を守る場面」で発動するときの結果の重さです

さらに「責任分散自分一人が責任を取らなくていい環境では行動が抑制される)」という現象も、組織内の不作為を生み出す要因として知られています。

6-2 被害者側が抱える行動抑制

被害者側にも、行動を抑制させる心理的メカニズムが働きます。

学習性無力感(繰り返しのネガティブな経験が「何をしても無駄だ」という感覚を生む)は、何度も相談して動いてもらえなかった被害者が感じる「もう相談してもしょうがない」という諦めの背景にあります。

また、加害者が身近な人物である場合(DV・ストーカーの多くがそうです)、被害者は「この人を悪い人にしたくない」「自分が大げさなのかもしれない」という認知的不協和に陥ることがあります。

これは「被害者が相談しないことへの自己責任」ではなく、被害の特性から生まれる心理的な反応です

6-3 不作為は「関係」から生まれる

警察官の判断と被害者の行動は、独立した問題ではありません。

「相談しても動いてもらえなかった」という経験が積み重なると、被害者はより言語化しにくい・感情的な状態で相談するようになることがあります

それが「大げさ」「不安定」という印象を与え、対応を簡略化させる。その簡略化が再び「動いてもらえなかった」という経験を生む。

この悪循環の構造こそが、不作為を一つの「事件」ではなく、「継続する現象」として理解するための鍵です


声を上げることには、コストがかかる。その重さは、経験した人にしかわからない部分があります。

一方で、「どのくらいの人が、同じ状況に置かれているのか」という問いには、まだ答えていません。当事者の経験を、社会全体の問題として捉え直すために、次回はデータと制度の側から見ていきます。

数字は、時に冷たく見える。でも、数字にしか見えないものもあります。


最後までお読みいただきありがとうございました。

記事のコメントからでも下記のGoogleフォームからでもご感想等、ご意見受け付けております。今後の参考にさせていただきますのでぜひお気軽にお寄せください。

#警察不作為
#相談したのに動いてもらえない
#事件にされなかった被害
#声を上げることのコスト
#二次被害
#学習性無力感と相談放棄
#警察対応と認知バイアス
#制度から届かない人たち

いいなと思ったら応援しよう!

生きづらさを抱える者 ご支援いただけますと幸いです。いただきましたチップは記事の作成のための費用として活用させていただきます。