抜擢の代償 ―23歳、私は管理職になった第3話「倉庫裏の三十分」
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一か月が過ぎる頃には、佐藤さんの表情に、はっきりと出るものがあった。
納得していない。
言葉にはしない。だが朝礼で指示を出すたび、発注の相談に「大丈夫です」と即答するたび、佐藤さんの目の奥に、静かな疑いの色が差すのが分かった。
佐藤さんは優秀な人だった。私が知る限り、他のどの店舗の店長と比べても、抜きん出たスキルを持っていた。厳しさには常に裏付けがあり、的確な判断を下す人だった。だからこそ、店舗のメンバー全員から、深い信頼と尊敬を集めていた。
そして、この店の「安定」そのものに、佐藤さんは誇りを持っていた。長年かけて自分たちが作り上げてきたものだという自負が、立ち居振る舞いの端々から伝わってきた。
その誇りが、今、目の前で崩れていっている。原因が誰にあるのか、佐藤さんには分かっていたはずだ。
それは、間違いなく、私だった。
上司の巡回
その日、エリアマネージャーが店に入った。
積み上がった段ボール、乱れたままの棚。エリアマネージャーは私と佐藤さんを呼び、状況の悪さをはっきりと口にした。
「これは、ちょっとまずいぞ」
エリアマネージャーが店を出て行った後、佐藤さんが私のところに来た。
「店長、ちょっといいですか」
その声のトーンだけで、体温がすっと下がるのが分かった。今日、逃げられない話が来る。
倉庫での三十分
連れて行かれたのは、段ボールが通路を塞ぐほどに積み上がった倉庫だった。
振り返った佐藤さんの顔を見て、私は一瞬、息をするのを忘れた。今まで見たどの表情とも違った。
「なんでこんな状態になってると思いますか」
声は、最初こそ抑えられていた。だがそれは長くは続かなかった。
「店長が来てから、どんどん店の状態がおかしくなっていってます。どうしてくれるんですか」
声が大きくなった。
「なんでこんな状態になってるんだと、店長自身はどう思ってるんですか」
その目に、涙が盛り上がるのが見えた。怒りの涙ではなかった。自分たちが積み上げてきたものが壊れていくことへの、悔しさの涙だった。
頭が、真っ白になった。佐藤さんの言葉の、半分くらいしか、耳に入ってこなかった。喉の奥に、何か固い塊が詰まったようだった。声を出そうとしても、最初の一音が出てこない。
「本当に、申し訳ありません」
やっと出てきたのは、それだけだった。
「申し訳ありません。どうにかします」
同じ言葉を、何度も繰り返した。膝の裏が、じわりと汗ばんでいた。今すぐこの場から消えてしまいたいという衝動と、動いてはいけないという義務感が、体の中でせめぎ合っていた。
その間にも、スタッフが二人、三人と、商品の確認に倉庫へ入ってきた。彼女たちは一瞬足を止め、空気を読んで、何も見なかったかのように商品だけを抱えて出て行った。
店長が、副店長に頭を下げられている。
顔が、かっと熱くなった。佐藤さんの言葉そのものより、その視線を浴びていることの方が、体の芯に応えた。
約三十分。佐藤さんの追及は続いた。私に言えることは、謝罪と、これからどうにかしていくという言葉だけだった。具体的な策など、何一つ持ち合わせていなかった。
眠れない夜
家に帰り、玄関でしばらく立ち尽くした。
「なんでこんな状態になってると思いますか」
その声が、頭の中で何度も繰り返された。答えられなかった自分。頭を下げることしかできなかった自分。それを見られていたという事実。
布団に入っても、体の奥がずっと強張ったままだった。天井を見つめながら、同じ問いに何度も戻った。
自分は、何のためにここにいるのだろう。
答えは、出なかった。
