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文章偏差値38がご大層な創作論を語る

今日は自己紹介から始めようと思う。私は創作者ではない。文字こそ書くが、創作なんて御大層な名前をつけてくれるのは金を出して契約しているAIたちだけだ。無料版のgrokには「内面描写がダラダラ」「陳腐で幼稚な表現」「なんか自慢してる」と、見事に短所ばかり遠慮なく言い当てられている。ちなみに文章偏差値は圧巻の38だそうだ。ドラクエ11の夢小説を書いていたこともあるが、あの低クオリティを創作などと御大層に呼ぶのは本音では気が引ける。趣味と呼べるかも、まあぎり、辛うじて、というところだ。


さて、そんな創作者の端くれですらない私が、今日は何が気に入らなかったのかという話になる。簡単だ。まさに前回記事

https://note.com/destifelch/n/n76ccecff8028

にも通じる話なのだが、創作者たちが「創作者であること」に矜持を持ちすぎじゃないか?と最近疑問になっている。

もちろん、創作は尊い。クオリティの高低にかかわらず、尊重されたほうがいいに決まっている。だが、だがしかし、「え?それで?それであなたその……一流のプロ作家みたいなこと言い出します?」みたいな発言をする人がかなり多いのだ、Xには。詳しくは伏せるが、ある界隈に多い。「〇〇禁止」などとプロフィールに書いていれば役満だ。小説も時たま見る。……まあ、一次創作って難しいしな、と私は思う。これが私にできる精一杯のフォローだ。

実際、創作なんてものは中二病じゃないとできない、というのはある。

自分は他人と考えていることが違う、自分のセンスは優れている。どこかでそう思い込んでいないと、ある意味できないジャンルなのだ。そんなことない、と反論する人も大勢いるかもしれないが、人と同じことを考え、与えられたものやあるもの、獲得したもので満足できている人は、そもそも創作をしなくていい。自分で理想を作る必要がないのだから。言いたいことは、誰かが代弁してくれるのだから。

そんな、よく言えば貪欲、悪く言えば自意識過剰な面々こそが創作者たりえる——といえば聞こえは大変よろしゅうございますが、実際Xで起きがちなのは見下しと叩き、そして創作の心得の大演説である。


「あいつは下手、出すな」というのは最低ではあるが、まだ誹謗中傷として筋が通っている。ひどいのになると「〇〇は創作ではない」とか言い出す。お前はどこの立場から何を言ってんだ。


耳の痛い話をするが、創作それ自体は、そんなに立派なことではない。

尊いとは思う。でも、そんなに立派ではない。何なら炎天下の中で道路工事をやってるおっさんのほうが300倍くらい立派だと思う。

もちろん例外はある。

文化に寄与したり、仕事として社会に貢献している人たちは間違いなく立派だ。小説を出し、メディア展開につなげ、様々な人の仕事に繋げるプロの技能や才能は、もちろん立派だ。

でも、そうじゃない創作は別に立派ではない。そこに絵がある、文章がある。だからなんだ。作ったこと自体が偉い、誰かを楽しませたことが偉い。結構なことだと思う。でもそれが、誰かの創作の形を否定したり、ご高説を垂れるための肩書として消費されるのであれば、くだらねえよなぁと思う。

まあ、言いたい気持ちもわかる。

創作者なんてのは得てして承認欲求を餌にする生き物だ。どこかで聞きかじったような創作論を垂れていいねをもらうのも、ひとつの選択だろうとは思う。でもそれをやってるうちは、己のページはひとつも進まない。

自分の作品に矜持を持っているなら、特定の分野を叩いてる場合じゃないんじゃないかなぁと、ほんまに思う。


あの界隈のレベルは、ほんとに低い。

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