お母さんヒス構文のふるさとを見た
大学生になった息子が家を出て思いのほか寂しかったことは
この記事でも書きましたが、離れてもなお私の心を揺さぶり続けてくるのが我が息子。そもそも折り合いはあまりいい方じゃなくて、話すと腹が立たないことの方が少なくはよ出ていけやと思っていた関係性。
「あーじゃあお母さんがあんたのこと生まなきゃよかったんだ?そんで私なんて死んじゃえばいいんだ?お母さんが全部悪いんだ?」
家を出た息子と話していると、お母さんヒス構文の代表格みたいなワードが口から何度も出そうになるなる。
これまでにも何度も言っちゃいけないことは口から出ないようにこらえてきた。そういった我慢とももうおさらばだと思っていたが、お母さんである以上、お母さんヒス構文を生み出さないようにする努力は永遠に続けなくてはいけないのかもしれない。
主にこの春揉めているのはお金絡みのこと。平気で仕送りを増やせと言う彼に無理と言うと、何でそんなに金ないのに子ども生んだの?とか言われて憤慨しています。
まあ、でもこちらにも少し負い目や引け目があるわけで。そういう部分をつかれるとヒスって切れ散らかすしかないのかもと思っています。
でも、お母さんヒス構文について人々が語るとき、単なるお母さんの理解できない切れ散らかしと語られるとモヤモヤしてしまう。
お母さんヒス構文が生まれるまでには、母としての様々な我慢や抑圧があったはず。お父さんだってお母さん並みに子どもと関わればヒスってしまうのではないかと私は思うね。
息子と一緒に住んでたときに、よく「私のこと嫌いでしょ?」と言われてたんだけど、ヒートアップしてるので「おめーのことなんて大っ嫌いに決まってんだろ」と言いたいところをグッと我慢して、それでも「大好きだよ」とは言ってあげられない心持ちで「いや、まあ、好きとか嫌いとかじゃないじゃん」と言っていた苦しさを思い出す。
子育てってまだまだ続くのかも。他責思考って一生なおらんのかな?
息子が受験期にこのノートセット2箱買って与えたけど、使い切った上に塾でもらえる裏紙に書くに切り替えていた。やっぱり京大受かるには量も大切なようですよ!
本当は線なしの無地のノートがいいと受験期前までは言われていた
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