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なぜ無職を選ぶようになったのか 最終話

心機一転のスイス時代、出張続きで一生分の世界旅行ができた一方で、つらいことも多かった。
そして45歳のとき、本当は出世にもお金にも興味がなかったことにようやく気づき、ゲームから降りました。

1997年から始めた私の仕事史もなんとか2026年に辿り着けそうです。
最終話は2018年~現在まで。年齢では46~54の8年を「人物」を軸に振り返ることにします。



◆ロラン

ルカの策略によって私以外のDirectorが一掃された頃、ロランというフランス人がDirectorとして採用される。人事権をもつVPルカの独断である。

ロランはポジション的に私と同列なわけだが、ルカから部内改革を託されたとかで傍若無人に振る舞った。
私の部下が次々に辞めていく。私は彼ら彼女らを守る立場にあったのだが、ロランの発案でチームがプール制にされたため、部下たちを守りきれなかった。

半年で6人が辞めた頃、私へのロランの干渉がエスカレートしてくる。上司でもない人間の意見など聞き流せばいいのだが、「ここをこう変えるべきだ」と執拗に”正論”をぶつけてくる彼を私はもてあました。

ロランは、意識高い系の、ある意味理想的なビジネスパーソンなのだろう。それがきつかった。もう、かかわる気力がなかった。
今思えば、ロランは私の最後のモチベを殺いでくれた”恩人”だった。

 
◆ヘレン姐さん

ロラン問題で、私だけでなく部内が半壊していた頃、当時オランダに移住していたヘレン姐さんに会いに行く。姐さんの力をもってすればなんとかなると思った。私の最後の切り札である。
姐さんは、ロランのせいで多くの部員が辞めていったことを知っていた。
「あなたのことも心配していました」

まる1日私の話を聞いてから、姐さんが言った。
「逃げなさい」
え?
「戦っちゃダメ。自分を守ることを優先して」

あの強くて正しいヘレン姐さんがそんなことを言うのか。
正直、がっかりした。姐さんの人生観を垣間見た気もした。
そして私は、ジュネーヴ本社という魔の森から香港支社への異動を決める。

「逃げることは恥ではない。それは最終にして最強の選択肢です」
姐さんの言葉を私は免罪符として受け取った。

 
◆キャンディ

香港支社のCFOという、本社のDirectorから少し落ちる役職に就く。
ジュネーヴの戦いに疲れたあと、香港で出会ったキャンディは心のオアシスだった。
権謀渦巻く本社とは真逆の働き方。策略も政治もしない。与えられた仕事を職人のように粛々と片づける。しかもパーフェクトに。
彼女と仕事をしていて、私は自分が役に立っているという感覚をもてなかった。私なんか要らんやんと思った。

香港で過ごした4年は、内戦さながらの民主化デモあり、コロナあり、国家安全維持法で「香港は死んだ」激動の時代である。

香港を去るとき、私は周りの空気を無視して後任のCFOにキャンディを選んだ。
キャンディがCFOっぽくないのはわかっている。でも、そもそもCFOって必要?CFOという肩書を残したいなら、それを一番欲しがらない人に渡すのが健全だと思った。


◆トム

私の香港時代の上司。ジュネーヴ本社のVPである。
仕事しないダメ上司にも見えるが、部下に干渉せず、私の提案をほとんど質問もなく承認する。現地のことは現地の社員が一番よくわかっている、と彼は考えていたのだろう。

そろそろヤバくなってきた香港を脱出しようと考え始めたのが2022年2月。
50歳の私は、役職も部下もない仕事がいいと思うようになっていた。
トムは、早期退職して私を後任にするつもりだったらしい。
彼と初めて本音で語り合ったとき、この人は私と同じだと思った。早期退職したい本社VPと役職を降りたい香港CFOは、奇しくも同じ結論に至っていた。管理者としてのクソどうでもいい仕事をやめたいとの思いである。

私はトムの後任を辞退した。トムは「わかるよ」と笑った。
なりたいと思っていたときに手の届かなかったものが、手が届いたときにはなりたくないものになっていた。

 
◆シネム

2023年から再びジュネーヴに住む。
トムの後任にシネムというトルコ人が就き、私は彼女のアドバイザリーとなる。
このシネムという私の最後の上司は、皮肉なことに私の仕事史上最もやりやすい上司だ。ゆるふわ系。威圧感ゼロ。自由放任だが部下思い。およそVPらしくない。
別の世界線で私がなっていたかもしれないVP像をみた。むろん、権謀術数とは無縁の人である。

世界が良い方向に向かっている気がした。
ヘレン姐さんは引退し、コロンビア人の養女らと穏やかに暮らしている。
キャンディは香港CFOになっても相変わらずジミな実務を処理している。
トムはよくわからない思想にハマり、インドを放浪しているらしい。
シネムは新しい時代のビジネスリーダーを体現している。

そして私は無職になろうとしている。
世界が良くなったのか、私が必要なくなったのか。その違いはもうどうでもよかった。



エピローグ

いろんな人物が私の仕事人生に登場しました。
どの人物も、私が無職を選ぶようになるのに必要不可欠な役者たちだったと今では思っています。

25歳から現在までの29年を通しで書いたら、一つの答えが見えました。
私は会社員を辞めると決めましたが、それは私が会社にとって使い道のない人間になっただけのことでした。
それが平明なものの見方だと思うし、少なくとも私は嘘をついていないと言えます。

(完)