なぜ無職を選ぶようになったのか EP3
33~37のドイツ時代に、井の中の蛙っぷりを思い知るとともに、アンチ仕事と反グローバリズムの価値観が作られました。
そのあとの日本では、「仕事がない会社員」生活を通じて、会社の外の世界が美しかったことに気づきます。
ここまでで、無職を選ぶための下地はほぼできあがっているように見えましたか?
それがそうでもないんですよ。
この期に及んでまだ私を会社員に踏みとどまらせたのは何だったのか。
そして「それ」はどのようにして消滅していったのでしょうか。
6. スイス企業に転職:日本人としての限界を知る
大学院を修了して41歳の春。16年勤めた日本の会社を辞め、スイスの会社に入る。仕事は内部監査である。
本社のあるジュネーヴに住むが、内部監査という仕事は常に出張続きだ。世界130ヵ国に散らばる事業所に2~3週間滞在して監査を行う。そんな出張が毎月、ひどいときは月2回ある。
そんな時間をかけていったい何を監査するのか。一言で言えば全部である。例えば交際費を全件調べる。ブルシットジョブ界の横綱と言っていい。
監査人たちはこの仕事をけっこう楽しんでいる。世界中を旅行できるから。旅行好きだから監査人になった、なんて人も少なくない。
監査人の役得はもうひとつある。圧倒的な社内人脈が作れるところ。世界中の支社長や工場長と親しくなれるのだ。それゆえ監査人は次のキャリアとして重要拠点の要職を得やすい。
かたや、私は僻地の要職などに興味がない。ジュネーヴの本社で上に行かなければ意味がないと考えていた。
当時の私のポジションはDirectorで、その上のVP (Vice President) を目指している。
ヘレンはすでにVPを退いており、当時のVPはルカというイタリア系スイス人。ルカの下には私のほかに3人のDirectorがいる。ジュリアン、アンドリュー、マシュー。3人ともイギリス人のおっさんである。私を含めて4人がルカの後任 (VP) を狙っている。
Director同士は、表面上は協力的な”同僚”を演じているが、裏では足の引っ張り合いである。
最初にアンドリューが脱落する。裏で何があったのか私には知る由もなかったが、アンドリューの突然の解雇に対するジュリアンとマシューの反応が白々しいのはわかる。
ルカの後任は順当にいけばジュリアンだろう。
部下のロシア娘と関係をもつなど問題のある男ではあったが、Deloitte出身の凄腕監査人として私は尊敬していたし、飲み友でもあり、彼とは裏表のない仲良しだと思っていた。ジュリアンには勝てる気がしないから、ジュリアンならいいか、とも思った。
ある日のこと。ルカに呼び出され、VP室に行くと、ルカとジュリアンが座っている。
「エジプトの監査はどうだった?」
と、ルカは穏やかに始めた。
しばらくエジプト監査出張の報告をする。
雑談でもしているかのように、ルカも私も終始和やかな雰囲気である。
「じつは、よくない報告を耳にしてね」
と、ルカはまだ穏やかな口調である。
よくない報告?なんのことだろう。
「Directorが一部の監査手続きをスキップするように指示したそうだ」
ルカの顔から笑みが消えた。
「タイムプレッシャーに負けて手抜きしたのか?」
まったく心当たりがない。
「誰がそんなことを?」
「それは言えない」
ジュリアンは無表情で視線をそらしている。
「監査はすべての手続きを完了しました。レビューも済んでいます」
「そうか。監査ファイルを見てごらん」
監査ソフトを起動し、Egyptのファイルを開く。
素早く目を通して、異変に気づいた。
FA Managementの監査結果がそっくり消えている・・・?
どういうことだ?
固定資産管理の監査を担当したのは、エドウィンだったな。
私はすべてを察した。
エドウィンはジュリアンの子飼いである。
ジュリアンは監査ソフトのアドミニ権限を持っている。
出世競争って、そこまでやるのか。
この件で私は厳重注意で済んだが、昇進の可能性は消えた。
その数ヵ月後、ジュリアンとオルガ(ロシア娘)の不適切な関係が密告され、ジュリアンは他所に飛ばされた。
マシューがタレこんだと噂されていたが、そのマシューはスヴェトラーナという部下(またロシア娘だ)と関係をもっていた。
全容が見えてきたのは、それから1年もたった頃である。
すべての件で、裏で糸を引いていたのはルカだった。
ルカは、あるお気に入りの社員(女性である)を自分の後任に据えるため、全Directorを失脚させたかったのである。
このとき私は悟った。
VPなど目指すものではないと。
日本人の私がグローバル企業で出世するにはズルさがまったく足りない。
正々堂々とかフェアプレイとか実力でとか言ってる奴は、出世など一生ムリなのだ。
ヘレン姐さん。あなたがVPを降りたわけがわかりましたよ。
7. 革命:出世とカネとわたし
スイスの会社に来て4年。45歳になった私は、残りの人生を考えるようになる。
様々な事変に遭遇し、出世への意欲は消え失せていたが、無職という道を選ぶにはハードルがもう一つあった。お金である。
そのとき、出世欲が残っていた頃の自分と対話した。
私はなぜ出世したかったのか。
ステータスが欲しかった?
いやいやそんなタイプじゃないよな。
エラい人だと思われたいとか、立派なVP室でふんぞり返りたいとか、そんな願望は微塵も持ち合わせていない。
じゃあお金は?
必要なだけあればいい。私の「必要」は全然大きくない。おそらく日本人の中間値より低い。
出世したい理由なんてじつはまったくなかったんだな。
私はいつも気づくのが遅い。
では、私にとって大切なものとは?出世でもカネでもないとしたら・・・
「わたし」自身か。
先輩にイジメられ、己の無能さに凹み、職場で孤立し、パワハラ部長に殺されかけ、同僚と上司にハメられた。おまえ、よくそんな理不尽に耐えてきたな。もっと自分を大切にしろよ。嫌なら逃げちまえよ。
もっと無害に生きていいんだ。嫌なことを避け、やりたくないことはやらない。これ以上、殴られる場所に立たなくていい。
本当の私は弱かったのだ。
ならば、このゲームを降りよう。周囲の期待に応えない。逆らいもしないが迎合もしない。
ルカからきたキャリア面談の招待メールに、Rejectをクリックした。
(つづく)
40代以降の人生って、削ぎ落とすプロセスなのかもしれませんね。
続きです。
