なぜ5回も結婚してしまったのか EP4
4. メンヘラのバックパッカー
わたしの名前はカヨ。
今、日の出桟橋から出る船上バーに来ている。
なかなかの熱気だ。
若者ばっかやね。ひとりで来てるいい歳したオバはんはわたしだけなのか。
と思ったら、もうひとりいた。独りで静かに飲んでるオッサンが。
おひとり様どうし、自然に言葉を交わす。
このオッサンと朝まで過ごすことになるとも知らずに。
このオッサン。仕事で世界中を飛び回っている人らしいので「世界さん」と呼ぶことにしよう。
世界さんはバツ3だそうだ。ウケる。結婚離婚が趣味なのか。この人も心に問題ありなのか。
まあいい。話のおもろいオッサンなのでしばらく付き合ってみるか。
暑い夏の日が続いているが、手首が見えない長袖のブラウスを着る。
久しぶりに日本に帰ってきて、いきなりこんな人に出会うとはね。
わたしは地元奈良の高校を出てから、バックパックで海外を放浪した。
カナダに1年半住み、カナダ人の彼氏もできたけど、大学くらいは出ておこうと思い、帰国。京都の龍谷大学に通った。
ぎりぎり卒業できたけど、やっぱり日本は生きづらかった。
結局バックパッカーに戻り、行き着いたのがタイ。バンコクに9年住んだ。
廃人化一歩手前で日本に帰ってきたけれど、35歳になったわたしはとっくに行き遅れている。
バツ3のオッサンくらいがちょうどいいのかもしれない(笑)
にしても世界さん、ぐいぐいくるよなぁ。
わたしをバツコレクション(略してバツコレ)に加えたいんやろか。
世界さんと付き合い始めて1ヵ月。
手首の古傷はもう隠さなくなっている。
この人には何を隠しても見破られている気がするし、「その程度のこと」と笑ってくれる人だとわかってきた。わたしの傷にくらべたら、世界さんの傷はもっと多くて深いのかもしれない。
むかしの話(バツ3のこと)は、わたしも触れないし、世界さんも話そうとしない。
それより今の話だ。
たった1ヵ月で、わたしはこの人と結婚した未来を想像している。
バツコレに加わるつもりはない。わたしが終わらせてやるよ。
とはいえ、わたしがそんな気持ちでいることは絶対にバレたくない。
世界さんは調子に乗るタイプやと思う。わたしは常に追われる側でなければならない。
肝心な場面はわたしがキメるつもり。「両親に会ってほしい」ってやつな。問題はタイミングやな。早すぎたら引かれるやろうし、遅すぎてほかの女に行かれるのも困る。
「カヨのご両親は奈良におられるの?」
と世界さんが言った。
きたきた。ええぞええぞ。
「引っ越して今は大阪の池田市に住んでる」
「へえ」
ってそれだけなんかい!
ようわからん男やなぁ。
紆余曲折あったけど、”両親ご対面の儀” を無事すませた。
もう引き返すまい。ていうか引き返せまい。
こんな男と結婚して大丈夫やろか?という不安は正直ある。だが、35の女には20代女子みたく迷ってる時間などないのだ。
世界さんの過去は過去。わたしだってdeleteしたい過去なんぞ売るほどある。ごみ箱に入れてさらに削除して復元できなくしたいわ。
やっぱり大切なのは今だ。
ケコーンまで秒読みとなった今、わたしは世界さんの今の女関係が気になり始めている。
この人、まだガラケー使ってる。2011年やぞ?大丈夫かオイ。
でも、おかげで通信履歴が丸見えや。
このレイコっての誰やねん。1日で何回着信しとんねん。
あとマキってのがちょろちょろ出てきよる。下の名前か?ならこれも女の名前やんな。
わたしは問い質すべき?
いやいや。それではこそこそケータイ見たのを白状するようなものだ。
めんどくさい女やと思われるのだけは避けたい。
でも、彼に対する疑心は日に日に大きくなってくる。
世界さん。ほんまにわたしとケコーンする気あるん?
親にまで会っといて、遊びでしたはないよね?
え、そういう人?だからバツ3なの?
わたしはバツコレの4人目になるの?
あかん。
心が痛い。痛すぎるよ。
わたし、また壊れちゃうの?
気づくと手首に剃刀をあててた。
べつに死のうってわけじゃない。
心が痛すぎるから、体に逃がしてるだけ。
古傷はむかしのこと。
”新しい傷” は今。
古傷は知ってる彼、新しい傷に気づくかな。
わたしは、いろんなことに目を瞑って、えいや!と入籍した。
ほかの女たちとの関係はわからないまま。仮に彼が浮気しているとしても、入籍したら切ってくれると思った。
それでもわたしの心はざわついたままだ。
休日にひとりで出かけた夫が怪しすぎる。
わたしは、夫の財布からSuicaを抜き出して目黒駅に向かっていた。
駅の券売機で利用履歴が見れるのだ。
昨日は京葉線で舞浜まで行ってたんか。
なんで舞浜なんかに・・・
ディズニーランドか?
まさかひとりで行かへんよな。
ポキッと、わたしの中で何かが折れる音がした。
家に戻って夫に穏やかに話しかけた。
「友達が舞浜で働いてるんやけど、昨日あんたに似てる人を見たんやて」
夫はとぼけている。
わたしは覚悟を決めた。
「先に謝っとくわ。ごめん。Suicaの履歴見てん」
夫が苦笑した。
「ディズニーランド行ったん?」
「ランドは行ってへん。シーのほうや」
今は笑かしてくれんでええねん。
それから、夫は一通り説明した。
マキという長年来の飲み友がいて、その人とシーに行った。そういう関係ではまったくないとのこと。
「カヨには話さないほうがいいと思ってた。誤解させてスマン」
ほらな。
またやってしもーた。
今回も、わたしの独り相撲やったんやね。
わたしが犯した罪やから、わたしが罰を受けよう。
だから、わたしが家を出て行った。
(つづく)
この章は、当時のカヨの頭の中を想像したものです。
何が真実だったのかは今もわかりません。
独り相撲?いいえ。土俵を作ってしまった私の罪でした。
けれど、カヨは今でも、自分だけが悪かったと思っている気がするのです。
続き(最終話)です。
