2. 「先生が決めた曲」から「生徒が弾きたい曲」へ
前回の記事の続きです。
前回は、発表会には生徒を育て、先生を育て、そして教室そのものを育てる力がある、ということについて書きました。
今日は、発表会の曲選びについて書いてみます。
♪1. 昔と今の曲選び―私の場合
発表会には、その教室が大切にしているものが表れます。
なかでも教室の考え方がよく表れるのが、発表会で演奏する曲の「選び方」ではないでしょうか。
昔は、発表会で生徒が演奏する曲を先生が決めることが当たり前でした。
私自身も、子どもの頃に「この曲が弾きたい」と先生に希望を伝えたことは一度もありません。
当時はクラシックの王道曲を与えられ、それを弾くのがごく自然なことでした。
現在、私は講師として、生徒の年齢や演奏力を見ながら
「この生徒にはこの曲が合いそう」
「この曲なら本番までに仕上げられそう」
と数曲を選び、提案しています。
そして、そのとき必ず
「何か弾きたい曲はある?」
と尋ねるようにしています。
私が主宰するDolce Of Music 音楽教室では、今では生徒の「この曲を弾きたい」という気持ちが発表会の曲選びの出発点になっています。
最近では、ほとんどの生徒が自分から弾きたい曲を伝えてくれます。
♪2. 先生が曲を決めることにも、理由がある
先生が発表会の曲を選ぶことも、決して間違いではありません。
講師は、生徒の現在の演奏力や、これから伸ばしたい力を考えながら曲を選びます。
音域は無理なく届くか。
難しいリズムやテクニックが多すぎないか。
運指に無理はないか。
そして、本番までの期間で最後まで仕上げられるか。
発表会では、普段のレッスンより少し難しい曲に挑戦することも多いため、講師には慎重な判断が必要です。
また、演奏時間の制限もあるため、一人だけ極端に長い曲にならないよう、プログラム全体のバランスも考えなくてはいけません。
そうした条件を考えれば、講師が生徒に合う曲を選ぶのは、とても自然なことです。
私自身も、生徒が本番で困らないように、失敗しないように、そして指導の見通しが立つようにと考えながら曲を選んできました。
けれども、先生が「この曲なら弾ける」と思って選んだ曲が、必ずしも生徒にとって「弾きたい曲」とは限りません。
一方で、生徒だけで「弾きたい曲」と「今の自分に弾ける曲」を見極めることも、なかなか難しいものです。
♪3. 先生が選んだ良い曲でも、練習が進まないことがある
楽譜の難易度、その生徒に身につけてほしい技術、発表会までの期間。
講師がそれらを十分に考えて選んだ曲でも、生徒がその曲を気に入らず、練習が進まないことがあります。
生徒が練習にどれだけ時間をかけられるかによっても、仕上がりは大きく変わります。
レッスンでは弾いていても、自宅ではあまり練習してこない。
何度説明しても、曲への興味が深まらない。
発表会が近づいても、本人の気持ちがなかなか本番へ向かっていかない。
そんなとき、私は
「どうしたらもっと練習してくれるのだろう」
「どのような言葉をかけたら、やる気になるのだろう」
と考えていました。
けれども、もしかすると問題は、生徒の練習量や努力だけではなかったのかもしれません。
講師がその生徒に合うと思って選んだ曲と、生徒が心から弾きたいと思う曲が、同じではなかったのです。
♪4. 「この曲が弾きたい」という気持ちは、大きな力になる
生徒が自分で選んだ曲には、特別な力があります。
テレビやYouTubeで聴いた曲。
好きなアニメやゲームの曲。
家族と一緒に聴いた思い出の曲。
憧れているアーティストの曲。
生徒が「弾いてみたい」と思う理由は、一人ひとり違います。
けれども、自分で選んだ曲だからこそ、難しい部分があっても
「もう一度弾いてみよう」
「ここまで弾けるようになりたい」
という気持ちが生まれます。
これは、私自身が指導を通して実感してきたことです。
生徒が自分で弾きたいと決めた曲は、少しレベルが高くても取りかかりが早く、練習にも前向きに取り組んでくれます。
もちろん、弾きたい曲を選んだからといって、すべての生徒が急に上達するわけではありません。
好きな曲であっても、譜面が難しすぎれば、思うように弾けず嫌になったり、途中で心が折れそうになったりすることもあります。
そこで問われるのが、指導者の力量です。
生徒が弾きたい曲を尋ね、その生徒のレベルに合う楽譜を探す。
適切な楽譜がなければ、制作したりアレンジしたりする。
少し難しい程度であれば、運指や練習方法を丁寧に指導することで、上達へつなげられます。
しかし、難しすぎる譜面を選べば、完成までたどり着けない可能性もあります。
先生から与えられた目標ではなく、自分で選んだ目標に向かって進む。
その経験もまた、生徒の成長につながっていきます。
♪5. 「弾きたい曲を選ぶ」ことと「好きなようにさせる」ことは違う
生徒の弾きたい気持ちを大切にするといっても、希望された曲を何でもそのまま発表会の曲にするわけではありません。
原曲のままでは難しすぎる曲もあります。
演奏時間が長すぎる曲や、発表会までの期間では仕上げることが難しい曲、ピアノやエレクトーンで演奏するには工夫が必要な曲もあります。
そのようなときに必要になるのが、講師の判断と工夫です。
原曲の魅力を残しながら、今の生徒が演奏できる形にする。
難しい部分を少し弾きやすくしたり、曲の長さを調整したり、生徒の得意な部分を生かせるアレンジにしたりする。
生徒の希望をそのまま受け入れるのではなく、「この曲を弾きたい」という気持ちと、「今の力で本番までに仕上げられる形」とを結びつける。
それが、講師の役割だと思っています。
曲を決める人から、生徒の弾きたい気持ちを実現するために支える人へ。
私の役割も、少しずつ変わっていきました。
♪6. クラシックを否定するわけではない
生徒が弾きたい曲を大切にするようになったからといって、クラシック曲を否定しているわけではありません。
クラシックには、演奏技術や音楽の基礎を身につけるうえで、大切なことがたくさんあります。
美しい音の出し方、フレーズの感じ方、左右の手のバランス、曲全体の構成。
クラシック曲を学ぶからこそ身につく力もあります。
大切なのは、「クラシックかポップスか」という二つの選択肢で考えることではありません。
その生徒が今、どのような音楽に心を動かされているのか。
そして、その曲を通して何を学び、どのように成長できるのか。
曲のジャンルだけでなく、生徒と曲との関係を見ることが大切だと思っています。
♪7. 生徒が選んだ曲が、発表会の個性になっていく
生徒の弾きたい曲を取り入れるようになると、発表会のプログラムも少しずつ変わっていきました。
ピアノやエレクトーンのクラシック曲だけでなく、アニメ、映画、ゲーム、J-POPなど、さまざまな曲が並ぶようになりました。
同じ教室に通う生徒でも、好きな音楽は一人ひとり違います。
だからこそ、発表会でそれぞれの生徒が選んだ曲を聴くと、その生徒らしさが伝わってきます。
「この生徒は、この曲が好きなのだな」
「こんな音楽に興味を持っているのだな」
ということが、会場のお客様にも伝わります。
発表会は、上手に演奏できたかどうかだけでなく、生徒一人ひとりの好きな音楽や個性に出会う場所にもなります。
そして、ほかの生徒の演奏を聴くことで、「来年はこんな曲を弾きたい」と、新たな目標や憧れの曲が生まれていきます。
生徒の「弾きたい」という気持ちを大切にすることが、発表会の選曲を変え、やがて教室の発表会そのものを変えていくのだと思います。
♪8. 生徒の「弾きたい」を、成長につなげる
「先生が曲を決める」から、「生徒が弾きたい曲を一緒に探す」へ。
この変化は、単に発表会で演奏する曲のジャンルが変わった、ということではありません。
生徒の気持ちを、レッスンの出発点にするようになったということです。
生徒が自分で選んだ曲に向かい、難しい部分を乗り越え、最後まで演奏できる形に仕上げていく。
その過程を、講師が隣で支える。
発表会で大切なのは、先生が選んだ立派な曲を完璧に弾かせることではなく、生徒が「この曲を選んでよかった」「頑張って弾けるようになってよかった」と思える経験を届けることではないでしょうか。
私は、生徒の「弾きたい」という気持ちの中に、その生徒が成長するための大きな力があると考えています。
次回は、発表会の曲を「いつ、どのように決めているのか」について、実際の進め方をお話しします。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました♪

