➒🤖AIと『阿遅速雄神社』⛩を歩く
草薙剣を追ったら、兄と妹が見えてきた!
大阪に「放出」と書いて、はなてんと読む場所がある。
その地に鎮座するのが、阿遅速雄神社。
私は実際にこの神社を訪れた。
そして祭神を見て、またこの神様なのか、と思った。
阿遅鋤高日子根神――アジスキタカヒコネ。
私がこれまで、出雲、葛城など、雷、鉄を追いながら、ずっと出会ってきた神様だった。
ところが、この神社には、とても不思議な話が残っている。
三種の神器の一つ、「草薙剣」
私はAIに聞いてみた。
👧「どうして放出に草薙剣が出てくるの?」
🤖「日本書紀には、天智天皇7年(668年)、僧・道行が熱田から草薙剣を盗み、新羅へ持ち出そうとした事件が記録されています。ただし、日本書紀には、放出で剣を放り出したとは書かれていません。そこから先は、この土地に伝わる伝承です。
その伝承では、盗人が草薙剣を持って逃げる途中、この辺りで激しい風雨に遭った。そして神剣の霊威に耐えられなくなり、とうとう剣を放り出した。
それが”放出(はなてん)”という地名の由来になったといわれています。」
👧「でも、そこが不思議なの。なぜアジスキタカヒコネの神社だったの?」
🤖「そこは重要な疑問です。ただ、668年当時、現在と同じ阿遅速雄神社があり、すでにアジスキタカヒコネを祀っていたと同時代史料から証明することはできません。ただし、アジスキタカヒコネと剣そのものには、確かな接点があります」
👧「え? 剣に?」
🤖「古事記に出てきます。アジスキタカヒコネにも”神剣”があった。
天若日子が亡くなったとき、アジスキタカヒコネは弔いにやって来る。
ところが二人は非常によく似ていた。
遺族は天若日子が生き返ったと思い、アジスキタカヒコネに抱きついた。
すると彼は激怒する。
死者と間違えられたことを穢れとして怒り、腰に帯びていた”十掬剣”を抜いて、喪屋を切り倒してしまう。」
👧「その剣に名前があるんだね。」
🤖「あります。そこが面白いところです。
古事記は、その剣を、”大量”、またの名を、”神度剣”と記しています。」
👧「ということは、アジスキタカヒコネ自身が、名前のある剣を持っているということなんだ。」
🤖「そうなんです。ですからアジスキタカヒコネは、単に剣を振るった神ではありません。固有名を持つ剣を帯びた神として描かれています。」
アジスキタカヒコネには、神度剣。
そして、そのアジスキタカヒコネを祀る阿遅速雄神社には、
草薙剣奉安伝承。
二振りの神剣が、一つの神社で重なって見えてきた。
👧「それで、その草薙剣は、その後どうなったの?」
🤖「ここが重要です。草薙剣は最終的に熱田神宮へ還座したとされ、その出来事そのものを今に伝える神事が、現在も熱田神宮で行われています。」

👧「えっ⁉今も⁉Σ(・□・;)
それは、どんな神事?」
🤖「酔笑人神事。俗に『オホホ祭り』と呼ばれる神事です。」
👧「オホホ?」
🤖「オホホ祭り。毎年5月4日、午後7時。
熱田神宮の境内から灯りが消される。
神職たちは、古くから「見てはならない」と伝えられる神面を、それぞれ装束の袖の中に隠して持つ。
神面を中啓という扇で軽く叩き、「オホ」
そして笛を合図に、神職たちが一斉に大声で笑う。」
👧「どうして神社で大笑いするの?」
🤖「草薙神剣が熱田へ戻ってきたことを、人々が心から喜んだ。
その歓喜笑楽を再現する神事だと熱田神宮は説明しています。」

草薙剣は一度、熱田を離れた。
そして朱鳥元年、686年。再び熱田へ戻った。
そのときの喜びを、千年以上たった今も、
”笑う” という行為によって伝えられている。
👧「それって、すごいね。剣が戻ったことを、文章じゃなくて”笑い”で残しているんだ。」
🤖「そう考えることもできます。
しかも、この神事は少なくとも文明17年、1485年の年中行事に記録が確認されています。」
👧「つまり、伝説だけではない。
神剣が戻った喜びそのものが、祭祀として現在まで残されている。」
🤖「実は、続きがあります。」
👧「まだあるの?」
🤖「オホホ祭りの翌日、5月5日には『神輿渡御神事』があります。
この神事もまた、草薙神剣の還座に由来し、神剣が熱田へ戻った際、「熱田に鎮まっても、永く皇居を守ろう」という趣旨の神託があったと伝えられ、それに基づいて行われる神事だといいます。」
👧「つまり、5月4日――剣が帰ってきたことを笑って喜ぶ。
そして、5月5日――帰ってきた神剣の神意を祭る。」
🤖「熱田神宮では今も草薙剣の「帰還」が二日間の神事として記憶されています。」
👧「じゃあ、草薙剣を盗まれた出来事って、熱田神宮にとって相当大きな事件だったんだね。」
🤖「少なくとも、神宮の祭祀体系に深く刻まれた出来事だったことは確かです。」
熱田神宮では、草薙剣が戻ってきたことを、今でも笑って祝っている。
一方、大阪・放出には、その草薙剣が一時奉安されたという伝承が残る。
現在も、阿遅速雄神社の例祭日には熱田神宮より宮司などが参拝、熱田神宮の例祭日にも、阿遅速雄神社の宮司などが参列する慣習が続いている。
そして、阿遅速雄神社に祀られているのが、
アジスキタカヒコネ。
👧「やっぱり不思議。なぜアジスキタカヒコネなんだろう?でも、もう一つ気になることがあるの。」
🤖「何ですか?」
👧「熱田神宮へ参拝したとき、その近くに、私が追ってきた神様につながる神社があったんです。」
熱田神宮の境外摂社、青衾神社(あおぶすまじんじゃ)。
その祭神は、天道日女命。

そして系譜資料には、この女神に”高照光姫”などの異名を伝えるものがある。
”高照姫”
アジスキタカヒコネを追ってきた私にとって、何度も目にしてきた名前だった。
👧「青衾神社に、なぜアジスキタカヒコネの妹が祀られていると思う?」
🤖「そこまではわかりません。天道日女命、高照光姫、高照姫、下照姫などの関係は史料によって異なります。同一神だと断定することはできません。」
👧「でも”高照”という名前が熱田にある。」
🤖「そこは事実として注目できます。」
草薙剣の両側に、兄と妹?
大阪・放出・阿遅速雄神社
↓
アジスキタカヒコネ
↓
神度剣
↓
草薙剣奉安伝承
そして、
名古屋・熱田神宮
↓
草薙剣
↓
オホホ祭り
↓
青衾神社
↓
天道日女命
↓
高照光姫という名
もし、この高照光姫と、私が追ってきた高照姫との間に古い関係があるのなら――
放出には兄を思わせる神。
熱田には妹を思わせる女神。
そして、その二つの土地を、”草薙剣”が結んでいる。
👧「これ、偶然なのかな?」
🤖「偶然ではないと証明することはできません。ただ、なぜこの配置になっているのかを調べる価値はあります。」
さらに、高倉下が現れた!
🤖「しかも青衾神社の天道日女命の系譜を追うと、さらに別の神へつながります。」
👧「誰?」
🤖「天香語山命です。」
👧「……高倉下?」
🤖「そうです。系譜・伝承によって、天香語山命と高倉下を結びつけるものがあります。」
高倉下。私は熊野を思い出した。
「神倉神社」
あの急な石段を登り、巨大なゴトビキ岩を見上げた。
あの時は、こんなことになるとは思っていなかった。
👧「高倉下の祖母が高照姫、そして祖父はアジスキタカヒコネ、そして剣の関係。」
🤖「そうです。神武東征で、高倉下は神武天皇に神剣・布都御魂をもたらします。」
三本の剣。
私は並べてみた。
アジスキタカヒコネ→神度剣。
熱田神宮→草薙剣。
高倉下→布都御魂。
👧「AI、どうして剣ばかり出てくるの?」
AIは少し慎重に答えた。
🤖「この三つが一つの祭祀体系だった、と証明する史料はありません。
でも、ここまで剣が繰り返し現れるなら、次は神だけではなく、剣そのものを追ってみる価値があります。」
👧「剣そのものを?」
🤖「はい」
誰が剣を持ったのか。
誰が剣を運んだのか。
誰が剣を渡したのか。
そして、誰が剣を祀ったのか。
雷神を追っていたはずだった、
私は最初から剣を探していたわけではない。
アジスキタカヒコネを追っていただけだった。
すると、草薙剣が出てきた。
アジスキタカヒコネ自身にも神度剣。
そして今でも残っている”オホホ祭り”
そして熱田神宮のすぐそばには、”高照光姫”
という名につながる女神がいた。
さらにその系譜を追うと、高倉下。
そして、布都御魂。
神社を歩いていると、ときどき不思議なことがある。
その場所へ行った時には、意味が分からない。
けれど何年か後、別の神社へ行き、古い記録を読み、一つの名前を調べる。
すると突然、「あの場所は、ここにつながっていたのか」
と思う瞬間がやってくる。
一本、また一本と、剣が現れる。
これは偶然なのだろうか。
それとも神話と神社の中に、何か古い記憶が断片として残されているのだろうか。
だから、またAIと歩いてみようと思う。
今度は――。
