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経理担当者が、突然いなくなった。

引き継ぎは、仕事を捨てるチャンスかもしれない

経理担当者が、突然いなくなる。そんなことが、時々ある。計画的な退職で、数か月かけて引き継ぎをする、という話ではない。ある日突然、その人がいなくなり、「とりあえず、会社が止まらないようにしてください」というところから仕事が始まる。

私はこれまで、何度かそんな現場に入ってきた。振り返ってみると、こういうときに初めて見えるものがある。その人が、誰にも気づかれずにやっていた仕事。その人しか知らない謎のルール。そして、実はやらなくてもよかった仕事。今回は、そんな話を書いてみたい。


経理部門が、丸ごといなくなった

一つ目は、数年前の話になる。ある会社で、社長と経理部門との関係がかなり悪化していた。

社長は、会社をもっと効率化したい、近代化したいという思いが強かった。紙が多い。処理が遅い。経理に人がかかりすぎている。もっと外部化できるし、もっとシステム化できるはずだ。そう考えていた。

一方で、当時の経理部長や経理職員からすれば、そんなに簡単な話ではなかったのだと思う。長年の取引先ごとの支払条件。社員ごとの給与処理。銀行との付き合い。入金の消し込み。得意先ごとの例外処理。社長が知らないところで、毎月同じように見えて実は少しずつ違う仕事を、経理部門が吸収していた。

社長から見れば、「昔ながらのやり方に固執している経理」に見えた。経理から見れば、「現場を知らずに効率化だけを求める社長」に見えた。両者はどんどんそりが合わなくなり、最終的に経理部長と経理職員が退職することになった。退職、と書いたが、実態としてはかなり辞めさせられるに近い形だった。

そこで、「アウトソーシングが得意だから」という理由で、私たちが入ることになった。会計記帳、税務、給与計算、経費の振込、売掛金の入金管理。それまで社内で行っていた重要な管理業務を、一気に外へ出す。BPOを請け負う側としては、ありがたい話ではある。

もともとの狙いは、かなり明確だった。経理部長と経理職員、二人分の人件費を外部化することで、管理部門のコストを下げたい。それまで社内に抱えていた経理機能を私たちがまとめて引き受ける。経営者からすれば、それも一つの効率化だったのだと思う。

私たちは、空白になった経理部門に入り、まず会社を止めないように仕事を引き継いだ。それから一つずつ業務を整理し、外からでも回せる形に変えていった。結果として、この会社との契約は一年ほどで終わった。パンデミックによって事業環境が大きく変わり、ビジネスモデルそのものが変わった。それに伴って、会社が私たちに求めるものも変わったからだ。

だから、この会社について、何か劇的な再生を成し遂げたとか、経営者と強い信頼関係が生まれたとか、そういう話ではない。ただ、私にとっては妙に記憶に残っている。

経理担当者がいなくなった会社に入り、それまで社内で当たり前のように行われていた仕事を、一つずつ外から眺める。「これは絶対に必要だ」という仕事もあれば、「これは、なぜこうしているんだろう」という仕事もある。そして、「これ、そもそもやらなくてもいいのではないか」という仕事まで出てくる。

経理の仕事というのは、会社が普通に動いているときには、案外見えない。給与が予定どおり振り込まれる。請求書どおりにお金が支払われる。入金された売掛金が消し込まれる。帳簿が締まり、試算表ができる。何事も起きなければ、それで当たり前である。だから、そこにどれだけ細かな仕事があるのかも、どれだけ不思議なルールが積み重なっているのかも、なかなか表に出てこない。担当者がいなくなって初めて、それが見えることがある。

そして数年後、私はもっと突然に、もっと切迫した形で、それを見ることになった。今度は、経理担当者が辞めたのではない。社長が、突然倒れた。


社長が倒れた

もう一つは、地方の製造業だった。長く付き合ってきたクライアントで、それまではコンサルタントとして相談に乗るくらいの関係だった。もともと経営状態の良い会社ではなかった。いわゆる再生企業で、資金繰りは常に危なっかしい。月末に予定している入金が入らなければ、その月を越せない。そんな状態だった。

加えて、取引先や金融機関の間では、会社の信用について良くない噂も出ていた。だから支払いには、本当に気を遣った。こんな会社で給与が遅れた、仕入先への支払いが遅れた、銀行への返済が落ちなかった、となれば、「やっぱり危ないらしい」という話になりかねない。

そんな会社で、ある日、社長が緊急入院した。後から聞けば、血圧が200を超えることが常態化していたらしい。問題は、この社長自身が会社の財務担当者でもあったことだった。

突然、社長がやっていた管理業務の大半を引き継ぐことになった。もちろん、引き継ぎ期間などない。そもそも、何を引き継げばいいのかすら分からない。私は何度も何度も、新幹線に乗ってその地方へ通った。

こういうとき、まず見るのは通帳だった。給与支払日はいつか。買掛金はいつ払うのか。銀行返済はいつか。税金は。社会保険料は。そして、日繰り表を作る。今日、いくら出ていくのか。明日、いくら出ていくのか。いつ、いくら入ってくる予定なのか。それを一日単位で並べていく。

すると、会社の残された時間が見える。この入金が予定どおり入れば、月末は越えられる。でも、これが一日遅れたら足りない。この支払いをしたら、残高はここまで落ちる。数日後には給与がある。その翌日には返済がある。そんな数字を、ひたすら眺めていた。

請求や入金は後回しにした、と書くと少し違うかもしれない。支払いを止めないことを最優先にしたのは間違いない。でも、そもそも入金がなければ、その支払いができない。一件の入金が遅れただけで、資金繰りが完全にショートするような状態だった。だから、請求もなおざりにはできなかった。

ただ、何をどこまで請求しているのかも、最初はよく分からない。それでも、受注している仕事はある。そこで営業部長にお願いする。「この案件、少なくとも数百万円は受注していますよね。全部じゃなくていいので、内金でもらえませんか」。営業部長から得意先に頭を下げてもらい、予定より早く一部を入金してもらう。

その入金があると、日繰り表の残高が少し伸びる。これで、ここまではいける。でも、その先にまた支払いがある。私はひたすら日繰り表を見ていた。刻々と減っていく預金残高を見ながら、「この入金、いつになりますか」「もう少し早くもらえませんか」「営業部長、すみません。もう一度、先方にお願いしてもらえませんか」。そんなことを繰り返していた。

一方で、支払い側も落とせない。給与が払われない。仕入先への支払いが遅れる。銀行への返済が落ちない。ただでさえ信用不安が囁かれている会社で、一度でもそれを起こせば致命傷になりかねない。入ってくるお金を少しでも早める。出ていくお金は、一件も落とさない。その間を、毎日の日繰り表でつないでいく。そんな期間だった。

そして同時に、社長がやっていた仕事そのものも復元しなければならない。25日に給与を払うなら、その前に給与計算が必要になる。給与計算をするなら、勤怠を集めなければならない。では勤怠はどこにあるのか。誰が集めているのか。月末に仕入先へ払うなら、請求書を集め、支払額を確定し、振込データを作らなければならない。

支払日から前工程へ、前工程へと遡っていく。必要そうな資料を漁る。社員に聞く。パソコンを見る。机の中を見る。それでも分からないことだけ、入院して朦朧としている社長に聞いた。鍵はどこにあるのか。パスワードは何か。金庫はどうやって開けるのか。そんなところからだった。

会社を良くするとか、経営管理を高度化するとか、そんなことを考えている余裕はなかった。まず、今日を越える。次に、今週を越える。そして、月末を越える。あのときやっていたのは、本当にそれだけだった。


よくもまあ、こんなに覚えている

こうして仕事を一つずつ復元していくと、やがて別のものが見えてくる。謎ルールである。

Aさんは個人的な経費を会社で負担することがあるから、毎月給与から特別に5%を控除する。Bさんからは、なぜか請求書が2枚届き、それぞれ別に支払う。会社は末日締め翌月末払いなのに、C社とD社だけは特別に当月払い。E社は資金繰りが厳しいので、請求金額から毎月30万円を差し引いて支払う。電気代は赤色の銀行の窓口で払い、ガス代は緑色の銀行から引き落とし、水道代は青色の銀行からネットで振り込む。

もちろん、ここに挙げたのは例だが、長く続いている会社には、この手の「なぜそうなっているのか、よく分からないルール」がたくさんある。一つひとつには、おそらく理由があったのだと思う。あるとき取引先から頼まれた。あるとき資金繰りが苦しかった。あるとき、その銀行を使う必要があった。その瞬間には、それなりに合理的だったのだろう。

問題は、一度できた例外処理がなかなか消えないことだ。理由がなくなっても残り続け、そこに次の例外が加わる。また次の例外が加わる。10年、20年と会社が続くうちに、仕事はツギハギだらけになっていく。それを、経理担当者は全部覚えている。

よくもまあ、こんなに覚えているな、と感心してしまう。担当者としては、むしろ有能なのだと思う。同時に、なるほど、だから大変なのか、とも思う。日頃から「忙しい」「大変だ」「仕事が多すぎる」と言っていた理由が、少し分かる。一つの仕事を10回繰り返しているのではない。10通りのやり方で、10個の仕事を処理している。それは大変に決まっている。

厄介なのは、長くその仕事をしている本人ほど、それを客観的に見ることが難しくなることだ。「C社はこういうものだから」「これは昔からこうだから」。一つひとつが当たり前になっている。サボっているわけでも、変化を嫌っているわけでもない。むしろ真面目に、一つひとつの例外に対応してきた結果なのだと思う。

だから、ときどき外から見る必要がある。「これ、なんでやっているんでしたっけ」。そんな素朴な質問をする人が、一人いるだけでもいい。


全部やらなくても、会社は回った

もう一つ、こういう緊急事態を経験すると分かることがある。前任者の仕事を、全部引き継がなくてもいい、ということだ。

緊急事態では、前任者の仕事を完璧に再現している余裕などない。給与を払う。仕入先に払う。銀行に返す。まず会社を止めない。そのために必要な仕事だけを拾い、それ以外はいったん後回しにする。

すると、不思議なことが起きる。案外、会社は回る。一か月経つ。二か月経つ。以前やっていたはずなのに、まだ再開していない仕事がある。でも、誰も困っていない。問い合わせも来ない。だったら、これは何のためにやっていたのだろう。そういう仕事が、案外ある。

経理に限った話ではないと思う。会社の仕事というものは、自然には減らない。誰かから頼まれた仕事が増える。新しい管理表が増える。例外処理が増える。チェック項目が増える。そして、増えた仕事はなかなかなくならない。だから、ときどき強制的に棚卸しする機会が必要なのだと思う。


引き継ぎは、仕事を捨てるチャンスでもある

引き継ぎというと、「前任者がやっていた仕事を、漏れなく次の人へ渡すこと」だと思いがちだ。でも、私はそうでもないと思っている。100あった仕事を、100引き継ぐ必要はない。一度50まで落としてみる。困ったものだけ60に戻す。まだ必要なら70にする。それくらいでもいい。

特に、経営者が代わる事業承継のタイミングは、大きなチャンスだと思う。支払条件を揃える。入金方法を揃える。銀行口座を整理する。振込方法をまとめる。給与計算の例外を減らす。会計、給与、経費精算、請求といったツールもまとめて見直す。「昔からこうしている」を、一度疑ってみる。

前任者の仕事を完璧に再現することが、引き継ぎではない。「そもそも、なぜこれをやっているんでしたっけ」と一つずつ問い直す。必要なら残す。必要だが複雑なら単純にする。もう理由がないなら、やめる。それだけで、驚くほど仕事が減ることがある。


ただ、AIがこの話を少し変えるかもしれない

ここまでなら、昔からある業務改善の話である。画一化する。標準化する。例外を減らす。人間が効率よく仕事をするためには、これが正しかった。

でも最近、クラウド会計などを使っていると、少し考え方が変わってきた。システム側が、過去の処理や登録したルールをもとに、例外処理まで再現してくれるようになっている。この取引先からこの金額、この摘要で取引が発生したら、この勘定科目で処理する。一度テンプレートを作り、その後何度か同じ処理をしていれば、担当者が代わっても、システムが前任者の処理をある程度補ってくれる。

これは案外、大きな変化なのかもしれない。これまでの業務効率化は、人間が処理しやすいように仕事を標準化することだった。でも、システムが例外まで再現してくれるのであれば、合理的な理由のある例外まで、無理に画一化する必要はないのかもしれない。C社だけ当月払いでも、それに意味があるなら、それでいい。人間が全部覚える必要がなくなるからだ。

もちろん、何でも例外のままでいいわけではない。理由のなくなったルールはやめればいい。複雑にする理由のない仕事は単純にすればいい。AIに無駄な仕事を効率よくやらせても、無駄な仕事のままである。

ただ、「例外がある=非効率だから標準化する」という、これまで当たり前だった発想は、少し変わっていくのかもしれない。標準化するべきなのは、人間が覚えやすくするためではなく、本当にその方が仕事として合理的だから。逆に、合理的な理由のある例外なら、システムに覚えてもらえばいい。

時代は、ずいぶん変わった。


火事場が、嫌いではない

最後に、これは業務効率化とはあまり関係のない話なのだけれど、私はこういう仕事が嫌いではない。むしろ、不謹慎ながら少しワクワクしてしまう。

社長が倒れた。担当者がいない。何をやっていたのか分からない。来週には給与を払わなければならない。本当にまずい状況だから、根を詰めてやる。通帳を見る。日繰り表を見る。資料をひっくり返す。パソコンを漁る。分からなければ人に聞く。一つ分かる。また一つ分かる。一人ではできないから、他のスタッフにも入ってもらう。「あった」「分かった」「これなら今月はいける」。そんなことを言いながら、バラバラになったものを一つずつつなぎ直していく。

そして給与が無事に振り込まれる。仕入先への支払いも終わる。銀行への返済も落ちる。得意先からお願いしていた入金も入る。何事もなかったように、翌月がやってくる。その瞬間の達成感が、私は結構好きだ。

全部を完璧にする必要はない。まず、何を守るのかを決める。捨てるものを決める。何人かで必死になって、なんとか向こう岸までたどり着く。振り返ると、私はこういう仕事を何度もやってきた。そして、なぜかそういうときほど、仕事をしている実感がある。


まとめ

・担当者が突然いなくなると、普段は見えない仕事や、長年積み重なった謎ルールが一気に表面化する。

・引き継ぎとは、前任者の仕事を100%再現することではない。緊急時には、給与、支払い、資金繰りなど、会社を止めないための仕事から優先順位をつければいい。

・引き継ぎや事業承継は、仕事を棚卸しし、不要な仕事や理由を失った例外処理を捨てる機会にもなる。

・標準化や効率化は重要だが、AIやシステムが例外処理まで再現できるようになれば、「人が覚えやすくするための標準化」の意味は少し変わっていくのかもしれない。

引き継ぎは、仕事を渡すだけではなく、仕事そのものを見直す機会なのだと思う。