【アダルト・チャイルドワーク②】/出さない手紙、リプロセス・ワーク
こんにちは。
「未知の自分に価値を見出す」―――Mystic Pioneer(ミスティック・パイオニア)―――DEUKUです。
前回は『アダルト・チルドレン 癒しのワークブック』の目次および第Ⅰ部のダイジェスト、第Ⅱ部のstep7「グリーフ・ワーク」までを書きました。
今回は、第Ⅱ部のつづきと、初めて知って驚いた自分自身の抱える荷物と家族への本音について語りたいと思います。
第Ⅱ部の構成はこんな感じ。
第Ⅱ部『自分の癒しに向き合う』
step6:心の傷を表現する 👈
step7:グリーフ・ワーク 👈
step8:自分の新しい過去をつくる 👈
step9:インナーチャイルドを癒す
step10:自分を受け入れる
グリーフ・ワークに取り組むものの、でうくはないものねだりはしない―――失われたものや初めから「ない」ものには興味がないので、グリーフ(喪失感)が出てこず、虚しさや無力感、ワークを書いているにもかかわらず気持ちが晴れないことに絶望感めいたものが湧いてくる。
過去の子どもの、ある意味で“別人”の嘆きよりも、現在の自分の嘆きの方に焦点が当たる。
ジャーナリング用ノートには、現在の自分の嘆きを書き込んだ。
番外編 デトックス・ジャーナリング
頭や心に溜まったモヤモヤ、不安、イライラ、悲しみなどを、ありのままに書き出すジャーナリング。
でうくは先ほどの「虚しさ」「無力感」「絶望感」を書き込むうちにだんだんとペンが進んでいき、いつものぐるぐる思考に辿り着く。
ぐるぐる思考も文字にしたことはなかったので、目で見てみるとなんだか新鮮だった。本当にぐるぐる巡っていたのだが、辿り着いたシンプルな答えをここでは示す。
・この感情のぶつけどころがない
・この感情は今に始まったものではない
・ずっと、そこはかとなく悲しいし、寂しいし、絶望している。空虚だ
・わたしにはいつもわたししかいない。まだ、世界を隔てた膜の中にいるようだ
これに、一つの質問を投げかけてみる。
「本当は、どうありたい?どうしてほしい?」
すると、意外とすんなりと答えが出てきた。
・わかってほしかった
・受け止めてほしかった
・包み込んでほしかった
・赦してほしかった
・誰かのせいにしたかった
・荷物を背負ってほしかった
・安心して帰れる場所が欲しかった(締め出されたり、閉じ込められない場所。出入りが自由なところ)
ただこれは、別に家族にしてほしいこととして書いたものではない。
“現在の自分”の本音なのだろうと理解した。
裏を返すと、それが「これまで“なかった”」ことになる。
わたしはこれまで「やってほしくない」ことの方が多かった。そのため、
「では、あのときのわたしはどうしてほしかった?」
そう、言い換えてみる。
例えば、
・叩かないでほしかった → 「言葉」で伝えてほしかった など
すると、自分のことながら切実ともいえる要求が、一気に、かなりの数飛び出してきて、自分のことなのにびっくりした。
出てきた言葉を3つのカテゴリに分けてまとめてみる。
○ 「気持ち」を受け止めてほしかった
・心配していた
・悩んでいた
・つらかった
・遠慮していた
・寂しかった
・安心したかった
○ 「わたし自身」を見てほしかった
・わたしが今、「目の前に」存在していることを認識してほしい
・過去のことではなく「今」を見てほしい
・「動物」ではなく「人間」扱いをしてほしい
・「完璧」でなくても受け入れてほしい。失敗しても許してほしい
・「過程」や「努力」を褒めてほしい
・「役割」や「立場」ではなく、「わたしそのもの」を見てほしい
・わたしが別の人格を持つ「独立」した人間であることを認めてほしい
・わたしが「感情」を持つことと、感情を「表出」することを認めてほしい
・わたしにも身体的な「変調」をきたすことがあることを認知してほしい
○ 「家族の一員」であることの実感を得たかった
・家族みんなで暮らしたかった
・「コミュニケーション」を取りたかった
・「現状」から目を逸らさず、「ありのまま」を隠さず共有したかった
・問題が起きたときはみんなで協力して「解決」にあたりたかった
・家族の構成員として「戦力」になりたかった
・「帰れる場所」が欲しかった。帰属意識を持ちたかった
・・・・・・・・・自分が本当に感じていたことにようやく気がついて、どうしようと思う。
とりあえず、この流れであれば書けそうだと思い、グリーフ・ワークの『出さない手紙』をもう一度書いた。
step7 『出さない手紙』
「人生の責任を取ってほしい」
こういったワークは基本的に「誰にも見せない」ことを前提とする(当たり前だよね!)。
だから、わたしもこの記事で手紙の内容を披露するつもりはありませんが、「過ぎたことを嘆いても仕方がない」「他人のせいにしても仕方がない」と考えていたのが、自然な思考なのではなく頑張って自分に言い聞かせていたことに気づいたところで、ペンが一気に進み始める。
書いたものを読み返してみると、ひとことでいえば「家族への恨み言」だった。
あなたたちの希望から外れた、マイペースで自由な生き方をしているとあなたたちは思っていることでしょう。
でも、わたしからすれば「強迫」という自分の身体を思い通りに動かすことができない状態の中で、どうすれば生きられるのかを必死に模索して辿り着いたのが今の生き方だった。好きでこの生き方をしているわけではない。
あなたたちは誰もわたしを助けてくれなかった。
むしろ、あなたたちが引き金だった。
こんな状態にさえならなければ、わたしはあなたたちが望んだ人生を歩めたかもしれないのに。
でも、どちらに転んでもわたしの人生ではなかったのだと思う。
わたしは今もあなたたちに囚われている。
・・・・・・・・・人生の責任を、取ってほしい。
・・・・・・書き終えた後、自分はこんなに激しい気持ちを20年以上も隠して生きていたのかとこれまた驚いた。
そして、なんだか切ないなと感じたのは、強迫にもならず、家族の希望もない人生を手に入れたとき、自分は何になりたいか、どうしたいのかがイメージできなかったことだった。解放されたいだけであって、何かをやりたいわけではなかった。それがなんだか悲しかった。
step8 リプロセス・ワーク
わたしの抱える「荷物」
先ほどの『出さない手紙』ワークで、人生の“責任”を家族に訴えた。
その後の『リプロセス・ワーク』を通じて、わたしが子どもの頃の状況を家族の立場からも俯瞰しつつ再演する。
そこで見えてきたのは「当時の問題を本来は誰が抱えるものだったのか」。
つまりは「この件に関して誰が“責任”を引き受けるか」ということだ。
父はそもそもそこにいない。
母はわたしを叩く。
二人が「受け止めきれない」「対応できない」“現実”、
自分自身で処理できない「混乱」「不安」「ストレス」などの“感情”、
勇気や想像力、問題解決力のなさなどの“無力”な自分を認められない心、
手に入れられなかった“理想の自分”、
我が子の人格に興味が持てない“親としての”責任のなさ、冷たさ
・・・・・・耐えたり、抱えたり、向き合う力が若い頃の両親にはなく。
それをわたしが、引き受けたんだな。
両親がやりたかった(が、できなかった)こと、
見たくなかった不都合な現実
それを、わたしに押しつけていたんだな。
中には、時間の経過によって解決されたこともあるし、わたし自身が対応したものもあったが、家族とともに解決したものはない。
その“不信”が、荷物を下ろせない理由なんだ。
でも、もう、その問題はわたしの心の中にしかない。
このワークを通じて、抱える「荷物」(=責任)の何を“手離す”べきで、何を“再構築”していけばよいのかが見えてきた。
だから、荷物の“断捨離”をしようと思って自身の内面を見つめてみたのだが、見事にその『責任』の殻しかなかった。
殻を割ると生卵の白身のように形を成し得ていないどろりとした自身しか出てこない。
・・・・・・ああ、だから、空虚なんだな、と思う。
肉体が持ち主を誰なのかわかっていない。
でも、肉体をコントロールできるのはわたししかいないので、わたしがするしかない。
“ホゴシャ”にどうぞどうぞしたら秒で手をはたかれた。
『“きみ”の人生だろう』
ようやくインナーチャイルドに出逢う準備が整った。
次の記事では、インナーチャイルドとの会話について語ります。
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