(連作短編)みつば荘の住人 第十八話 森吉山、登ったことある?」ひとつの疑問が、山へ連れていった。
秋田で、地域づくりやワイナリーのお手伝いをしながら暮らしているJack Kate Yeohです。
※本作品はフィクションです。登場する人物は架空ですが、地名・施設名は地域の魅力を伝えるため実在のものを使用しています。
「修一さん、森吉山って登ったことあります?」
先週末、美月ちゃんが何気なく聞いた。
たった、それだけの質問だった。
でも、その一言が一週間後には、五人で森吉山へ向かうことになった。
美月、修一、正治。
そして、健人くんと、そのお父さん。
「お母さん、残念だね。仕事休めたら一緒に行けたのに」
美月が言うと、
「お母さんは、小学生と中学生のときに二回登ったことあ
るんだって」
健人くんが教えてくれた。
「そうだよ。俺たち、ここで生まれ育った人は、だいたい行ったことあるよ」
修一が笑う。
「俺は高校生のときと合わせて、三回登ったよ」
「俺と美月、健人くんとお父さんが初めてか」
正治さんが言った。
そして、修一に確認する。
「修一、今日は途中までゴンドラだろう?」
「はい。健人くんも一緒ですから、ゴンドラ登山コースにしました。山頂駅から一時間半くらいで山頂まで行けますよ」
「すごい、楽しみです」
美月の声が弾んだ。
「森吉山って、『花の百名山』としても知られてますもんね。
初夏から秋にかけて、約三百種類の高山植物が咲いているって聞きましたよ」
「健人くん、平気?」
美月が聞く。
「僕、平気だよ。マラソンとか好きだし」
そう言ってから、健人くんは少し笑った。
「それより、お父さんが心配」
「俺?」
お父さんが振り返る。
「毎日、田んぼで疲れてるから」
「日々、外で仕事してるんだから、ぜんぜん平気だよ」
お父さんは笑いながら答えた。
「修一の体力には追いつかないだろうけど」
「それは、俺も自信ないな」
正治が笑う。
そんな会話をしながら、ゴンドラに乗った。
窓の外の景色が、少しずつ変わっていく。
森が深くなり、空が近くなる。
山頂駅から歩き始める。
森吉山は標高一、四五四メートル。
秋田県の中央にそびえる独立峰で、山腹にはブナ林、標高一、〇〇〇メートルを超えるあたりから山頂部にかけては、アオモリトドマツの原生林が広がっている。
山頂からは、鳥海山、田沢湖、岩手山、白神山地、男鹿半島、日本海まで望むことができるという。
「秋田って、こんなに広かったんだな」
誰かが、そんなことを言った。
山に登って初めて気づくことがある。
いつも暮らしている場所も、少し高いところから眺めると、まったく違って見える。
そして、森吉山には、もう一つの顔がある。
冬の森吉山だ。
蔵王、八甲田と並び、日本三大樹氷の一つに数えられる「森吉山の樹氷」。
ゴンドラ山頂駅から、歩いてわずか五分ほどで樹氷群を見ることができる。
「じゃあ、次は冬だな」
正治が言った。
「樹氷、見に来よう」
「賛成!」
美月がすぐに答えた。
「僕も!」
健人くんも手を挙げる。
「じゃあ、お父さんも」
「俺も行くの?」
みんなが笑った。
そして、無事に今回の登山を終えた。
きっかけは、
「森吉山、登ったことある?」
という、たった一つの疑問だった。
考えてみれば、疑問というのは不思議なものだ。
答えを知りたいと思った瞬間から、人は少しだけ動き始める。
調べてみる。
誰かに聞いてみる。
実際に行ってみる。
そして、行ってみたからこそ、また新しい疑問が生まれる。
森吉山には、なぜこんなにたくさんの花が咲くのだろう。
なぜ冬になると、木々はあんな姿になるのだろう。
昔から、この山を見てきた人たちは、何を感じていたのだろう。
そう考えると、今日の登山は「山に登った」だけではなかったのかもしれない。
一つの疑問が、山へ連れていってくれた。
そして山は、また次の疑問を残してくれた。
「次は、冬だね」
帰り道、美月ちゃんが言った。
「樹氷って、どんな感じなんだろう?」
「それは、見てみないと分からないな」
修一が答えた。
また一つ、疑問が生まれた。
たぶん、学びって、
そんなところから始まるのかもしれない。
「じゃあ、次は樹氷を見に行こう」
五人の次の予定が、決まった。
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