**あきた野ワイナリー物語** 第九話 「一粒のブドウが、ワインになるまで。」🍇
秋田で、地域づくりやワイナリーのお手伝いをしながら暮らしているJack Kate Yeohです。
はじめに
本シリーズ「あきた野ワイナリー物語」は、あきた野ワイナリーでの実際の体験をもとに綴るドキュメンタリー・エッセイです。
登場する人物や出来事、会話については、事実を大切にしながら、読みやすさを考慮して構成・再現・要約している部分があります。
商品や作業内容などの情報は、執筆時点の内容に基づいています。
夕方になり、畑の空気が少しだけ涼しくなってきた。
今日の作業を終え、道具を片付けながら、ブドウ畑を眺める。
毎回のことだけれど、畑にいると時間が経つのが早い。
「ところで、丈正さん。」
ふと思った。
「ワインって、どうやって作るんでしたっけ?」
自分でも少し可笑しくなった。
これまで何度もワインについて話を聞いてきた。
ブドウのことも、栽培のことも、醸造のことも。
もちろん、基本的なことは知っている。
でも、あらためて聞かれると、意外とうまく説明できない。
すると千代さんが笑った。
「意外と、シンプルですよ。」
丈正さんも頷く。
「そうなんですよ。ワインの造り方って、実は日本酒やビールなど、ほかのお酒と比べると、かなりシンプルなんです。」
言われてみれば、そうかもしれない。
ワインの原料はブドウ。
そして、そのブドウには、アルコール発酵のもとになる糖分が、もともとたくさん含まれている。
だから、米を原料にする日本酒のように、まず米のでんぷんを糖に変える工程を必要としない。
ビールのように麦芽を使って糖を取り出す工程もない。
ブドウそのものが、すでに「お酒になる準備」をしている。
「じゃあ、基本的にはブドウを絞って、発酵させればワインになる?」
そう聞くと、
「基本は、そうです」
と丈正さん。
「もちろん、実際の醸造には温度管理だったり、発酵の管理だったり、いろいろありますけどね」
そこで、あらためて流れを教えてもらった。
まず、収穫したブドウを粉砕する。
場合によっては圧搾して、果汁を取り出す。
その果汁をアルコール発酵させる。
その後、樽やタンクに入れて熟成させる。
そして、ろ過して濁りなどを取り除き、瓶詰めする。
これで、ワインになる。
「こうして聞くと、本当にシンプルですね」
私がそう言うと、千代さんが、
「でも、シンプルだからこそ難しいんですよ」
と笑った。
なるほど。
余計なものを加えて別のものに変えるのではなく、ブドウが持っているものを、できるだけ生かしていく。
そう考えると、ワイン造りは料理にも少し似ているのかもしれない。
素材が良ければ、それだけで大きな力になる。
そして、もう一つ面白いことを教えてもらった。
「瓶詰めしたら、ワインは完成ですよね?」
「商品としては完成です。でも……」
丈正さんが少し間を置いた。
「ワインは、瓶の中でも熟成しますからね」
つまり、瓶詰めした瞬間が、すべての意味での「完成」ではない。
瓶の中でもワインはゆっくり変化していく。
そして、その瓶を開ける。
グラスに注ぐ。
香りが立ち上がる。
口に含む。
その瞬間に、ようやく飲み手のもとで一杯のワインが完成する。
そんなふうにも考えられる。
「じゃあ、ワインって、最後は飲む人が完成させるお酒なんですね」
そう言うと、丈正さんと千代さんが笑った。
畑仕事の終わり。
少し疲れた身体で、そんな話をしていると、目の前のブドウがいつもとは違って見えてくる。
ところで、赤ワインと白ワイン。
これも、基本的な造り方は少し違う。
赤ワインは、主に黒ブドウを使う。
果汁だけではなく、果皮や種も一緒に漬け込んで発酵させることで、色や渋みなどを引き出していく。
一方、白ワインは、一般的には白ブドウを使い、果汁だけを発酵させる。
だから、赤ワインは赤く、白ワインは透明に近い色になる。
……と思っていたら、
「でも、黒ブドウで白ワインを造ることもありますよ」
と丈正さん。
「えっ?」
また一つ、知っているつもりだったことがひっくり返った。
ワインは、知れば知るほど面白い。
そして、今日あらためて感じた。
ワイン造りの基本は、確かにシンプルだ。
ブドウを収穫する。
果汁を取り出す。
発酵させる。
熟成させる。
瓶に詰める。
それだけを言えば、とてもシンプル。
けれど、その一つひとつの工程に、人の経験と判断がある。
そして、そのもっと前には、
この畑でブドウを育てる一年間がある。
そう考えると、
一杯のワインの中には、
一本のブドウの樹と、
その樹を育てた人の時間が、
ぎゅっと詰まっているように思えてくる。
「次は、ロゼも聞きたいですね」
私が言うと、
「スパークリングもありますよ」
と千代さん。
「最近はオレンジワインもありますしね」
丈正さんが続ける。
「あとは、うちで造っているシードルもね」
……まだまだ勉強することは多そうだ。
畑の向こうに、夕陽が沈みはじめていた。
今日もまた、一つ勉強になった。
ワインは、ブドウからできている。
そんな当たり前のことを、
あらためて畑で聞くと、
少しだけ特別なことに思えてくる。
次は、どんな一杯の話を聞けるだろう。
今日の畑仕事を終えて、そんなことを考えながら、
私はもう一度、ブドウの樹を眺めた。


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