人生最高の1冊候補)「アイ・アム・ザット 私は在る」を読んだ
人生で最高の1冊と出会ったかもしれない。
その名も、「アイ・アム・ザット 私は在る」
インドの思想家ニサルガダッタ・マハラジと悩める者たちの対話をもとに本書は描かれている。特に印象に残ったフレーズをまずは抜粋していく。
目覚めて最初に起こった感覚は、「私は在る」(I AM)ではなかっただろうか?
あなたが何ではないか、ということを知ればそれでいい。あなたが何なのかを知る必要はない。なぜなら知識とは既知なるもの、知覚されるもの、あるいは観念としてしか表せないため、自己知識といったものはありえないからだ。それゆえ、あなたが何なのかということは、完全な否定においてしか表せない。あなたに言えることは、「私はこれではなく、あれでもない」ということだけだ。意図をもって、「これこそが私だ」と言うことはできない。それはまったく意味をなさない。あれやこれ、と指し示すことができるものは、あなたではありえない。何かほかのものだとさえ言えない。あなたは知覚や想像を超えた何かだ。それにもかかわらず、あなたなしでは想像も知覚もありえない。
私の人生は、あなたの人生と同じように出来事の連続だ。ただ私は固執せず、過ぎ去るショーをただ過ぎ去るショーとして見ているだけで、あなたはものごとに固執し、それとともに動きまわるのだ。
過去は記憶のなかに、未来は想像のなかにある。今現在の出来事のなかに、それを真実として際立たせる何か特別なものがあるわけではない。
生まれたものは死ななければならない。不生なるものだけが不死なのだ。
正直、これだけでは足りないがこれ以上はぜひ買って読んでみて欲しい。
この文章を書くきっかけになったのもこの本だ。
以前から漠然と自分自身が変わっていく様子を感じていた。今まで好きだったものが嫌いになり、嫌いだったものが好きになった。自炊1つとっても昔の自分がそんなことをするとは全く思えなかった。ここまで変わってきた自分を1つの自分として見なして良いのだろうか?では自分とは何なのか?
そんな時にこの本をおすすめしてもらった。
自分なんてない。この強烈な主張が刺さった。これまでのすべての悩み苦しみはこの主張が刺さるためにあったんだろうと過去も報われた気がした。マハラジさんには、このことをお礼として言いたいがきっとこんな主張をしたら、過去も未来も〜だなんて突き返されてしまうんだろうな。
それからは、世界が本当に広く見える。例えば自分が仕事で少しミスをした時、そのミスに集中しなくなった。世界、宇宙単位で見れば自分が1つ数字間違えるだなんてなんてちっぽけなものなんだろうか。
いつの間にか自分で自分を過大評価していた。自分のミスは、世界を揺るがすようなミスになると。飛んだ思い上がりだった。そんなわけがない。1人の人間ができることなんてちっぽけだ。スティーブ・ジョブズはiPhoneを発明したかもしれない。ただ製造はしていない。サム・アルトマンはAI時代の今カリスマだ。しかしOpenAIでは彼をカリスマたらしめるためのとんでもないエリートたちが働いている。
彼らは世界を変えたように見えるが、その周りで働く人と同じように静かな水面にわずか一滴水滴を垂らしただけなのだ。
私たちはその一滴を見逃すことだってある、見つけることだってある。人生もそんなものなのだ。
目の前の出来事で感情の大きな起伏がない。この言葉だけ見れば、つまらない人生になったように思えるが、そうではない。何も起こらないことこそ最も良いことなのではないか。山があれば、谷がある。栄枯盛衰。
そんな考え方を自分は受け取った。自分なんてないけどね。
年末年始のお供にぜひ読んでみて欲しい。
人生最高の1冊がこれになるかもしれない・・・
