誘拐犯の動機が理解できない恐ろしさ 『ブゴニア』
ヨルゴス・ランティモス監督の『ブゴニア』は、異星人陰謀論を信じる男による誘拐事件を描きながら、理屈の通じない恐怖を前面に押し出した異色のサスペンスだ。
「なぜそんなことをするのか」がまったくわからない――その不気味さがじわじわと効いてくる。被害者の視点に寄り添うほどに不条理が際立ち、やがて物語は思いもよらぬ方向へ。
観客を最後まで振り回す、奇妙で強烈な一本。

■あらすじ
ミシェル・フラーは大手製薬会社オーキソリス社のCEOだ。カリスマ的な女性経営者としてマスコミへの登場頻度も高く、経済界だけでなく政治の世界にも大きな発信力を持っている。
その彼女が、突然誘拐された。犯人は地元に住むテディ・ガッツと従兄弟のドン。テディはミシェルがアンドロメダから来た異星人だと信じている。アンドロメダ人は密かに地球人を奴隷化する計画を巡らしており、地球人たちはそれに気付かないまま洗脳されているのだ。これを阻止するためには、ミシェルを通じてアンドロメダと交渉するしかない。タイムリミットは数日内に起きる皆既月食の日だ。
だがミシェルには、この誘拐にまったく心当たりがない。彼女は自分がアンドロメダ人ではないことをテディたちに説明するが、彼らはまったくそれに耳を貸そうとしなかった。ミシェルがアンドロメダ人だというテディの強固な確信は、彼らをより過激な行動に駆り立てていくのだが……。
■感想・レビュー
ヨルゴス・ランティモス監督のサスペンス・スリラー映画で、監督とミシェルを演じたエマ・ストーンとのコンビはこれが5本目。
原作は韓国映画『地球を守れ!』(2003)で、当初はオリジナル版の監督だったチャン・ジュナンが自ら英語版リメイクの監督もする予定だったが、諸事情で降板してランティモス監督にバトンタッチ。チャン監督はこのリメイク版で、製作総指揮に名を連ねることになった。
物語はほとんどが屋内の会話劇として進行していく。「地球は宇宙人に侵略されつつある」と信じる陰謀論者が、マスコミで有名な女社長を誘拐して監禁するという展開は、原作映画が参考にしたというロブ・ライナー監督の『ミザリー』(1990)にも似ているし、誘拐や銀行強盗などをモチーフにした「人質もの」に似ている。この設定自体は、別に新しくはないと思う。
『ブゴニア』が面白いのは、誘拐犯の動機がまったく理解不能な点だ。テディたちはなぜミシェルをアンドロメダ人だと確信したのか、その理由や理屈がまったくわからない。そのため観客の多くはテディたちより、誘拐されたミシェルに感情移入するはずだ。彼女は犯罪被害者であり、テディたちに命を握られて危機的な状況になっている。閉じ込められ、繋がれ、命に関わるような拷問も受けるのだ。
このあたりは猟奇殺人犯に捕らえられた被害者が理不尽な拷問を受けるサイコホラーに近いが、命の危険や拷問より恐ろしいのは「加害者の理屈がわからない」部分だ。理屈がわからないから、話がまったく通じない。相手が身代金目的の誘拐犯や、銀行強盗なら話が通じるし、何なら嗜虐癖のある連続殺人鬼でも(先行きは絶望的だが)動機が鮮明な分だけまだましに思える。
この不条理な監禁劇が、映画終盤で一気に二転三転して行くスピード感あふれる展開には、良い意味で開いた口がふさがらない。観客を最後の最後まできりきり舞いさせる、怪作にして快作だ。
(原題:Begonia)
TOHOシネマズ日比谷(別館シアター13)にて
配給:ギャガ
2025年|1時間58分|アイルランド、イギリス、カナダ、韓国、アメリカ|カラー|サイズ|サウンド
公式HP:https://gaga.ne.jp/bugonia/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt12300742/
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