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【創作BL】波風たてて、つかまえて:2話

【あらすじ】

「誰も俺のことを知らないところに来てみたかった」
教師を辞めた小浪祥真は、衝動的に離島「たつみ島」へ向かう。
そこで再会したのは、10年前、家庭教師として関わっていた教え子の守安遥だった。 島で人々に慕われながら生きる遥。
けれどその姿は、小浪が知っている彼とも、遥自身が思い描く自分とも少しずつずれていて……

波風たてぬよう生きてきた少し臆病で疲れたふたりが、見ないようにしてきたものたちと向き合っていく物語です

https://note.com/empchi_k/m/m1052c2980b27


手のひらほどの大きさの葉が重なり合って、遥の視界を塞ぐ。
重なり合って、擦れあって、さざ波の音と区別がつかない。
音と影をかき分け岬に立つと、小さな背中がしゃがみ込んでいた。

「あれ、こんなとこにいた」

遥がとぼけたような調子で声をかけると、背中が揺れる。

「アサヒ、どうする?そろそろ船が到着する時間だよ」

アサヒと呼ばれた少年は答えず海を見ている。
無言の抗議。これくらいの年代の子供にはよくある事とはいえ、扱いに困るのだ。
居心地が悪く、遥は早く何らか回答を得たかったが、無理に聞き出すのは
ボランティア支援員である遥の仕事ではない。
船の到着まで時間はまだある。
遥の仕事は、小学生らを引き連れ港で観光客や帰省してきた住民らを迎えるというものだった。治安のいい島ではあるが、この幼い背中を置いていくわけにはいかない。

「遥先生、暇なの?」

観念したのか、アサヒが口を聞き、ゆっくりと振り返ってきた。
幼い視線は下がり気味に、遥に向き合うのを避ける。

「そう見える?」

皮肉っぽく笑い混じりに返答した。
そんな遥の態度に萎縮したのか、振り返って視線を下げたまま、もごもごとアサヒは続ける。

「こんな島、出ていきたいって思ったことない?」
「出ていきたいの?」
「内地から来た人たち見てると、なんかムカついて、嫌だし」
「なのに島を出ていきたいの?」
「すごく楽しそうで、自由そうなの、ずるい」
「羨ましいってことか」
「バレないように船に飛び乗るかなぁ」
「無理だよ」
「じゃあ船のチケ代ちょうだい」
「それはもっと無理」

「ケチ」と喚くアサヒの横に腰を下ろし、遥も先程まで彼が見ていた海を眺めた。

「僕も、本土にいた時は『出ていきたい』って思ってたけどね。
 出ていきたいって思ってたのに、家に引きこもって隠れて、逆のことしてたよ」

そんな遥を見かねた両親が「家庭教師」を連れてきた。
父の友人の息子だという彼は、遥より5歳年上で、背が高く
どこかゆらゆらとした男で柳のようにも見えた。
眠そうなぼんやりとした目つきで不思議な雰囲気だった。
さざ波のような声と語り口も、その不思議さを助長していたが、不快感は無かった。
家庭教師初日、「小浪です、よろしくね」と彼に挨拶をされ、遥は答えることなく
自室の中央に設置された座卓の横で膝を抱えて座っていた。
小浪も座卓を挟んで、遥の斜め前に腰を下ろす。
広がる無言の空気。
前髪の隙間から盗み見た小浪は、カバンから取り出した資料を眺め、微動だにしないでいた。

「遥くんは、どこか行きたい高校あるの?」

不意を突かれた。唐突な質問に驚き、遥も反射的に答えた。

「わかりません」

わからない。これだけは常に自分の頭にあった。
いつから外に出ようとするたび背中に岩が降ってくる心地がするのだろうか。
どこでも人の目線が常に自分に絡みつくような気がするのは、何故なのかとか。
調べたり、高名らしい医者から回答を授かっても、しっくりこなくて
怖くなって自室で身を守るしかなかった。

「そっか」

肯定とも否定ともとれない返答の後
「じゃ勉強しようか」俺も給料分の働きしなきゃだし、と小浪はカバンを物色し始めた。

遥には小浪の言動がまったく理解できず、また常に自分の頭にあった言葉が口をついて出てきた。

「意味無い」
「うん、今は意味無くても、そのうちできるかも」

遥は目を見開いた。

「高校行きたくなったら行けばいいし、高校じゃないところ行ってみてもいい。
 遥くんが将来を自由に選ぶためにも、勉強してみようか」

前髪越しに小浪と初めて目が合った。
ぼんやりとした目つきだったが、見えない何かを見ようとしている視線に、遥は圧倒された。
もしかしたらすでに見透かされているのかもしれない。この視線は脅威だ。
しかし、遥は不思議と安心した。
見透かされてもこの人は否定も肯定もしない。あるがまましか受け止めない。
遥が静かに頷くと、小浪も呼応して頷いた。
そうやって小浪は最大限に遥のペースに付き合ってくれた。

学校で習いそびれた内容の復習だけではなかった。
他人との接触について最適解を考えすぎるがあまり嫌になってしまったこともあった遥は
人間関係や自分の考え方についての疑問を小浪に投げかけることもあった。
「ひとが不機嫌そうに見えるとつらい」
「三人以上の会話が回せない」などと言えば
「そうなんだね」「それってどういうこと?」と、回答は寄越さず応答してくれた。
人に合わせなければと必死で、それで挫折した遥には小浪のこういったコミュニケーションのスタンスは心地よかった。
結局のところ、遥は高校に進学することにした。
小浪と過ごすうちに、遥が身につけたのは勉学への自信だけではなかった。
自分の考えを整理し、表現することで、やりたいことが見えてきたのだ。

「偏差値はそこそこだけど
 大学進学のためだけじゃない勉強ができそうで、楽しみなんです」
「そっか、いい高校見つけたね」

淡々と、少しだけ笑って小浪はそう言った。
中学卒業と同時に、小浪からも卒業することになった。
さみしいという気持ちは大いにあったが、連絡先を訊く勇気が持てなかった。
もっといろいろな話がしたかった。
もっと彼の放つ空気に触れていたかった。
なのに、最終日の「お世話になりました」が最後の言葉になってしまったのだった。

それからは、小浪が言ったように、自由に将来を選んできた。
大学も、最初にたつみ島でリゾートバイトに登録したことも、そのまま移住を決めたことも、すべて遥自身が選んできた。
知り合いなど一切会うことのない地で独り立ちをすること。人や物ではなく、自然が豊かな場所で伸びやかに過ごすこと。自身の人生を好きなように組み立てていく中で、小浪を思い出さない日も増えてはいたが、中学3年のときの後悔や未練はふつふつと胸の奥で燻っている。

「引きこもりだったなら、遥先生は何でこんな島まで来たの?やばくない?」

アサヒが尋ねる。

「誰も僕を知らないところに来てみたかったんだ」
「わかるなぁ」

何がわかるもんかと遥は苦笑する。

「けどさ、それで島を脱出しても、きっと同じこと繰り返すと思うよ」
「何それ?意地悪?」
「そうかもね」

まだ小学生の子どもに夢も希望もない話をしてしまったのは
いけなかったと反省はしたが、悪いことはしていないはずだ。
たつみ島を目指したあの頃の自分にも言ってやりたかったなとも思ったくらいだ。
ただ、それでもあの頃の自分はきっと本土を出ただろう。
孤独で孤独を上塗るとも知らずに。

「僕は仕事もあるし、そろそろ港に行くね
 アサヒも一緒に行く?」

返事は無く、膝に顎をうずめて小さな頭が揺れた。
イエスともノーとも取れない反応に困り、ため息混じりにアサヒに告げた。

「じゃあ、担任の先生には適当に言っとくね」

遥が立ち上がると、アサヒが手を繋いでくる。

「やっぱ行くよ。遥先生が迷子にならないように」
「僕ももうここ来て2年になるんだけどなぁ」

港にはすでに人だかりが完成している。
その人だかりの先頭に、小学校の児童たちが並んでいる。

「アサヒ!どこ行ってたの!?」

児童らがアサヒに駆け寄り、口々に言いたいことを言う。

「遥先生が迷子になってたから連れてきた」

「こらこら」と遥は呆れて言葉を挟み込むが、軽口で児童らをいなすアサヒの姿に感心していた。

「じゃあ僕はここからは島の旅行ガイドになってくるから、みんなまたね」

児童らにアサヒを引き渡し、肩や背中が軽くなった心地がした。
そのまま、児童らはじめ島民らの群れを避けるようにして後方へと歩いていった。

3日に1度やってくる大型フェリーの寄港には、連絡船の時とはちがって多くの島民が立ち会う。シーズンオフにさしかかるこの頃は、観光シーズンのピーク時と違った熱気が漂う。
真っ白な巨体を子どもたちが「クジラ船」と呼んで歓迎する。大人たちも一斉に手を振ったり拍手をしたりして、降りてくる人々を迎える。
遥は人々の隙間から乗客たちを遠巻きに観察していた。
島民らの歓迎に手を振って応える旅行者、人垣に家族を見つけ駆け寄る島民。
流れ並ぶ笑顔が、波のきらめきとリンクする。

そんな乗客の列に異様な人物を見つけた。
ゆらりとした長身に、重々しく垂れた目が所在なさげに人垣を通り過ぎていく。

まさか、そんな。有り得ない。
人違いならそれでもいい。でも、本当にその人なら、絶対につかまえる。

遥はかつての呼び名をその人物に投げかけた。

「小浪先生」

呼ばれた小浪の表情が凍りついていたことには気づかなかった。
遥の脳内は、再会の驚きと興奮でスパークしかかっていたのだ。
勢いのまま夢心地で、営業トークを繋いで小浪を絡め取ろうとした。
承諾した旨を返答され、やっと遥は安心感から徐々に冷静さを取り戻していくことができた。

一人旅……おそらく観光のはずだが、小浪の表情は冴えない。
船旅での疲れもあるのだろうが、小浪特有の眠そうな表情に遥は違和感を覚えた。

「ガイドの僕が言うのもおかしいけど、せっかくのお休みに、どうしてこの島に?」

虚ろ気に小浪の口だけが動いて

「誰も俺のことを知らないところに来てみたかったんだ」

同じだ。自分と同じことを言っている。
歓喜の声を上げるのは脳内で留められたが、何と返して良いか考えあぐね

「僕がいて、何かごめんなさい」

出てきてしまったのは悪質な「試し行為」だった。
でもきっと大丈夫だ、自分がよく知る「小浪先生」ならきっと上手く返してくれる。
そう思っていたが

「そんなつもりじゃなくて」

と、動揺した様子を見せた。遥は気まずさを隠そうと声を上げて笑った。

「でも、わかります。何となくだけど」

この島を目指す人、この島に息づく人は、同じ言葉で自分のいたたまれなさを表現するのかもしれない。いたたまれなくても、いるしかない。
そんな時に、「誰も知らないところへ」と海の彼方に思いを馳せてしまうのだろう。

そうして見つけた、どこか懐かしい空気ときらめきに、癒されたり惑わされたりする。その感覚が、このたつみ島の良くも悪くも醍醐味だ。

小浪からガイドの申し込みを受けて帰宅した遥は、自室のベッドで大の字になった。
窓の外から聞こえる木々のざわめきは波の音によく似ている。
いつも聞いているはずの音が、小浪の話し方はさざ波のようだと思っていたことを思い出させた。
誰に見られるわけでもないのに、破顔しそうなのをこらえながら
連絡先を交換したばかりのスマホを開いた。
ふと小浪の「かなり変わったね」という言葉を思い出す。

「変わったかなぁ、確かに」

寝たら明日が来てしまうことを忌避した臆病な少年はもういない。

この時点ではそう自負できるほどに、遥は浮かれていた。


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