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【交換書簡】⑮松本忠之さん

前置きが長くなりすぎると書きたいことがするりとこぼれてしまいそうなので、、、今回はこのまま入ることにします。


「一体、自分は何のために小説を書いて応募する行為を続けているのか」


まっちゃんからの書簡にこのような命題がありました。そういえば少し前に「何のために生きているのか」そんなタイトルで書きかけた記事を保存していたなと下書きを振り返ってみると5月18日の記録でした。

内容を読んでみると、そこにはその時の想いの断片が綴られているけれど、今の自分とはごくごく微妙にフィットしない。そんな感覚。割と、というか非常に大きなテーマではあるけれど、根底に流れるものは変わらずにあれども、約3ヶ月で微妙にフィットしない部分が出てくる。それくらいのスピード感で日々は過ぎているのだなと感じます。そして前述のまっちゃんのお言葉です。

まずはじめに私はてっきりノンフィクション作家ありきでの小説の道なのかなと思っていたので、そこに驚きと意外性を感じました。これまでのSNS投稿などの文章からもノンフィクション作品の作風のようなものがパッと結びつくようにも感じられ。でも、なんででしょう。シンガーでありソングライティングもする彼であれば創作をするという意味合いではオリジナルの楽曲を創ることと小説を書くことはさほど遠く離れた行為ではないように結びついてもいいのかもしれないのに。そんな風に感じたのです。

  • ビジネスの世界でのキャリア形成

  • ノンフィクション作品2冊出版

  • エグゼクティブMBA取得

  • アメリカに移住

  • 経営者へのキャリアチェンジ

彼の社会的側面でのこのキャリアは目を見張りものがあると感じます。
努力を重ねて自立し、しっかりと地に足のついた信頼のおけるビジネスパーソンの姿がそこに。妬みや嫉みは抜きにして、ただシンプルにすごいなと。
もちろん羨ましいなと感じられる方や、このようなキャリアを目標にして、まっちゃんのように日々努力されている方も少なくないと思います。それでもきっとまっちゃんは満足してはいないのだろうなと。これこそが生きるということそのものではないのかと思い至ります。

時に、自分の希望していることではないことで活躍の場が用意されていたり評価されたりすることってありますよね。それがまっちゃんにとっては小説作品ではなくノンフィクション作品での出版にあたるのかもしれませんね。でもご自身の中では願いと少し違うことだったとしても、商業出版自体は願えば誰しもが経験できることではないスペシャルなこと。私でいうとスピリチュアリストの認定はいただいたものの、仕事という面ではそちらのクライアントワークに全振りできるわけではない葛藤にあたるのかと考えてみる。認定後はしばらく悶々ともしましたが、ある日自転車を漕いでいたら、ふと、日常にまぎれてごくごくさら〜りとこうスピリットガイドが伝えてきました。

「スピリチュアリストとして生きる」

あぁ、なるほど。それでいいんだと。これをベースにしてさえいられれば、何をしている私でもスピリチュアリストでいられる。以前からなるべく柔らかく、できるだけ広いスペースで物事を捉えられるようにと願ってきたけれど、このこともそうだったのだと感じた瞬間でもありました。

これほどまでの環境の変化を伴いながらプライベートでは家庭を持ち、夫として、父としても生きる中では決して時間が有り余るというわけではないと感じます。そんな中で、今もなお続いている小説執筆。しかも「なにせ落選する回数が多すぎて」ともありました。落選が多いということは、それだけ新しい作品を生み出したり、または過去作を推敲しているのではないかということは容易に想像できます。それだけでもAmazing!です。きっと頭の中にはたくさんのタスクが詰まっているのではないかなと推察。

私はというと、頭の中や心の中を占める会社にまつわること(主には心配事。汗)の比重がとにかく半端ではありません。寝ても覚めても大小さまざまな会社にまつわることを気にかけています…というよりは気にかかってしまう。それが経営者の仕事というものなのでしょうか。そしてこれは同じ経営者でも家業という親族経営の特徴なのかもしれませんが、仕事上のトラブルが家族や親族間のトラブルでもあり、かなりな高確率でそうなりやすいということです。身内というものは時に遠慮や配慮という歯止めが効かず、または頭が上がらないなどの強弱の関係性を持ち合わせる場合もあり、トラブルになるとある種、他人同士よりも卑劣です。そしてこれはあくまでも私の感覚としてお話しさせていただくのですが、家業からの離脱≒家族・家系からの離脱と感じざるを得ないということです。もちろん家業がありながらも外に出て大活躍されている方もたくさんいらっしゃいますし、それが悪いということではありませんので、どうぞ誤解なきように、お気を悪くされないようにお願いいたします。あくまでも私の場合はそのように感じているということに他なりません。そして私は自分の責務として家業仕舞い、もっと大袈裟に言えば血縁整理を担っているのではないかということも感じています。少し怖かったらすみません。実際このことの断片を弟に話したところ、気持ち悪いと切り捨てられました。(笑)

この家業があったからここまで何不自由なく育てていただいた。そして生活をしていける仕事が与えられている。もちろんそのように感じますし感謝しています。ただその一方で重荷を背負い、負の遺産のように感じてしまう部分も正直なところあります。未婚子なしの私に対して「家族を持ち、子供のいる人生が味わえないのはかわいそうだった。」と父が時折ポロリともらすことがあります。しかしながら、そう思う反面で会社を存続させるためにはよそに行ってもらっては困る、行かないでほしいとも言います。世の中は矛盾だらけです。(笑)結婚についてはこれからでも、もしかしたら???ご縁があるかもしれませんが(笑)実子を儲けるには遅いなという年齢です。ですので、この世に私の生物学上のDNAを分ける人間はおそらく存在しないことになります。ただし生物学上のDNAを分ける以外の方法では、ある意味では存在するかもしれません。。。

おかげさまで父も現在はまだまだ現役で仕事はしていますが、父とて自分の親が始めた他の兄弟がやらなかった事業を長兄さんと共に継承した張本人でもあります。そのお兄さんは20年ほど前に亡くなりました。そして私たち以上に世の中の景気がいい時を知っているばかりに、悪い時も重たくのしかかったに違いありません。そんな父の目の黒いうちはなんとしても…という気持ちもいつの頃からか芽生えてきたものでした。そして特に世襲制ではありませんが、自分たちの子に残さない、残せないのであれば私たちが現役の頃はまだいいとしても、将来は何がしかの方法を取らなければならないのもまた現実問題としてはあります。

スピリチュアリストの国際認定までのカリキュラムには、自分の現在や過去を癒すヒーリングワークに取り組む課題がありました。その過程での受講生同士のセッションワークや全体シェアという形や個人的な会話の中で断片的にお伝えしたことなどはあったのですが、このようにまとまった形でお話ししたのは初めてです。しかもそれが note という公の場で!まっちゃんの言葉を借りるならば、私も「えいやっ」と自分の殻を破ってさらけ出した…出せた?引き出された!?のかもしれません。

今の私の気持ちとしては「へぇ〜。私ってそんな風に思ってたんだ。」というまるで他人事のようなものでした。言葉にして外に出す、アウトプットすることの大切さは様々な学びの機会を通して伝えられていますが、本当にその通りなのだなとあらためて、また新鮮に、身をもって感じられます。そして自分の想いを耳で聴く、または目で見ることで外から入れて理解する。そのことによって何もかもがわからない状態から少しすつでも絡まりを解いていく。何か手掛かりになるようなことを見つけていく。そして問題を解決することだけが必ずしも正しい解決ではないことも知っておく。

人としてこの地球に生まれたことの意味は、人と人との間に起こるあらゆることを体験することだそうです。その醍醐味とも言える 「何」 をたくさん体験するかはそれぞれ。生まれる前にしてきた魂の約束です。こちらとってもおもしろいのですが、長くなってしまうのでまたの機会に。人生の中で繰り返し起こること、一筋縄ではいかないこと、どうしたって心惹かれてしまうこと。そのようなことがヒントです。     

ちょっとまとまりのないものになってしまった感が残りますが、今回はこのへんで。。。

まっちゃんからの最新のお返事書簡はこちらから、ぜひご覧ください。

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