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ステージ4がん患者、UNISON SQUARE GARDENの区切りを見届ける。

「Sentimental Period」から時間がたってしまったけれど、今年の自分とユニゾンについて書き残しておこうと思う。


2026年4月27日、私は病室にいた。2回目の抗がん剤を受けるためだ(私は今年の1月にがん告知を受けている)。抗がん剤はやはりしんどくて心身ともに削られるから、この日の夜も憂鬱だった。
消灯時間の21時ごろ、寝る前にSNSでも見ておくかーと思い何気なくタイムラインを眺める。そして、あのショッキングなニュースを見つけてしまった。

「UNISON SQUARE GARDENから鈴木貴雄が脱退。バンドは活動休止へ」

しばし、息が止まった。思考も止まった。目の前に突如現れた一文が、信じられなかった。公式の発表やメンバー3人のコメントを読んだけど、意味がわからなかった。なぜ?どうして?悲しみと怒りに似た疑問が何度も頭を殴ってきた。明日きつい抗がん剤をするのに、何の仕打ちだよーー。真っ暗な病室のベッドのなかで、私は息を殺して泣いた。日付を越えても眠れなかった。


2026年の冒頭にがんが発覚してから、今年はあまりライブに行けないだろうなと覚悟していた。だからこそ、がんを寛解させてユニゾンのライブに行くことは私の目標であり、治療をがんばる意味だった。2月のTOYOTA ARENA TOKYO公演の「kaleido proud fiesta」の流れ星が流れる演出で、「生きてまたユニゾンのライブを見れますように」と祈った。その願いは7月15日に「一応」叶うことになるのだけどーー私が望んでいたのは、あの3人のままで、これから何度でも、いつもと変わらないライブが日本各地で観られることだった。これからも「当たり前」のように3人のライブが観られると思い込んでいたのだ。


3月、主治医からがんの転移が見つかったことを告げられる。私のがんはステージ3からステージ4に引き上げられた。頭によぎる「5年生存率」。自分はいつどうなるかわからない、やりたいことをやっておかなきゃーー。そう思ってまずやったのが「UNISON SQUARE GARDENに手紙を書くこと」だった。ファンになって10年目、伝えたいことはたくさんあったが、手紙をしたためたことはなかった。ちょうど田淵さんがサインカードを配るイベントを企画してくれていたので、そこに向けて手紙を書くことにした。
(貴雄さんには転移がわかった直後にDMを送っていた。伝えられるうちに感謝の気持ちを伝えなきゃと思ったので)

手紙やDMには、自分ががんであることやこれまでの感謝のほかに、以下のようなことを書いた。

作曲やライブはユニゾンのみなさんにとって「当たり前」なことだと思います。でもその「当たり前」を今後も続けてほしいです。それだけで救われる人間がここにいます。

今の私はこう思う。「当たり前」なことなんて何一つなかったんだな、と。


2026年7月15日、私は幕張メッセにいた。言うまでもなく「Sentimental Period」を見届けるためである。

がん治療は終わりに近づいていて、あとは手術を残すのみだった。実は当初の手術予定日は7月14日で、15日にユニゾンのライブがあるとわかった私はすぐさま主治医に相談した。「大事なライブがあるんですか?誰ですか?嵐?」と聞かれ適当に返したが笑、主治医は快く日時を変更してくれた。少しでももろもろのタイミングがずれていたらライブ配信すら観れなかっただろうから、本当に運がよかったと思う。

ライブを観た感想は以下のポストにだらだら書いた。要約すると「いつも通り最高でとても楽しかった」と「だからこそ沈痛」の気持ちが隣り合わせになった。ライブ配信のアーカイブも観て、こんなにも素晴らしいバンドが一つの終結を迎えてしまったことに憤りややるせなさを感じた。それでもUNISON SQUARE GARDENの3人は最後まで、最後まで美しかった。この人たちを好きでいてよかった、私の人生は大正解だ、ありがとう。そう思った。

ライブの翌日から、怒涛の通院ラッシュが始まった。手術前の検査と、主治医や麻酔科医らとの最終診察と、入院手続き。715はユニゾンにとっての区切りだったが、私にとっての区切りでもあった。来る手術への覚悟を決める日だった。

私の体内には2つの腫瘍があり、それぞれ別の手術で切除することとなった(つまり2回手術を受ける)。8月4日、ついに1回目の手術がおこなわれた。人生初の手術なのでとても不安だったが、私の頭には「Sentimental Period」の記憶があった。「あのライブを見届けたのだから、もう悔いはない。恐れることなどない」と腹をくくれた。結果、手術は無事に終了。思ったほどの苦痛もなく、今を過ごせている。

病室のロッカーにお守りとして忍ばせた、「Sentimental Period」のキーホルダーとぬい

2026年8月10日、私は病室のベッドでスマホでこのブログを書いている。2回目の手術を控えており、8月末まで入院する予定だ。今度の手術でがん治療に一旦ピリオドが打たれることになる。

治療がすべて終わったあと、私が再びユニゾンのライブを観られるかどうかはわからない。観られたとしても、どんなメンバーで、どんな形でおこなわれるのかはわからない。715のライブを観た直後の私は、そうなってしまった運命に対してキレていた。でも今の私は、ユニゾンのことを考えるとありがとうの気持ちしか出てこない。花束みたいな感謝しか出てこない。今までもらった音楽やライブの記憶、景色、その一つ一つが病気と闘う私を鼓舞してくれているからだ。

もちろん3人がそろった姿をまた拝めたら最高だが、今はとりあえずこれまでもらったものに感謝をしたい。8027日間、音楽をやってくれて、私たちに出会ってくれてありがとう。がんとの付き合いは続くが、今後も私はUNISON SQUARE GARDENの音楽を明かりとして生きていく。


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