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#0044 2028年10月、副業の雇用保険が変わる

#0044 |Version V4|文字数: 11,900字|更新日: 2026.07.30

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「辞めた月に問い合わせたら、失業手当が1円も出ませんでした」。

知人のYさん(65歳)が、パートを2つ掛け持ちしながら10年近く働いたあとに突きつけられた現実です。理由は拍子抜けするほど単純でした。掛け持ち先のどちらも、雇用保険に入れる労働時間の基準(週20時間)に届いていなかったから。もし1つの会社にフルタイムで勤めていれば当たり前についてくるはずの雇用保険が、働き方を「掛け持ち」に変えた瞬間、静かに消えていたのです。Yさんは「まさか自分が対象外だったなんて、辞める直前まで知らなかった」と話していました。

こういう「あるある」に、2028年10月からメスが入ります。2024年に成立した雇用保険法改正により、複数の勤務先を掛け持ちする人向けの「雇用保険マルチジョブホルダー制度」の加入基準が、週20時間から週10時間へと大きく緩和されます。

厚生労働省の資料や社労士事務所のコラムはすでにいくつも出ていますが、そのほぼ全てが「雇う側」「人事担当者」向けの実務対応の話です。この制度、実は雇う側ではなく「掛け持ちしている本人」が、自分でハローワークに申し出ないと1円も適用されないという、日本の社会保険制度の中でもかなり異色の仕組みだということは、あまり知られていません。

この記事では、複数の勤務先・業務委託先を掛け持ちする副業ワーカー本人、そして自分自身や周囲の働き方を設計する経営者・個人事業主の視点に絞って、2028年10月に何が変わり、今から何を準備しておけば損をしないのかを、実際の手続きフローまで踏み込んで整理します。Yさんのような後悔をする人を、この記事を読んだ人だけは出さないというのが、ここから先の目的です。

目次

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雇用保険マルチジョブホルダー制度とは何か──「会社ではなく、あなたが申し出る」制度

まず現行制度の骨格を押さえておきます。雇用保険マルチジョブホルダー制度は2022年1月にスタートした比較的新しい制度で、現時点(2026年)の主な要件は次の3つです。

  1. 65歳以上であること(高年齢被保険者)

  2. 2つの事業所での勤務を合算して、1週間の所定労働時間が20時間以上であること(1つの事業所あたりは週5時間以上20時間未満の範囲)

  3. 2つの事業所それぞれの雇用見込みが31日以上であること

ポイントは、それぞれの勤務先単独では雇用保険の加入基準(通常は週20時間以上)を満たさなくても、2社分を合算すれば加入できるという発想です。たとえばA社で週12時間、B社で週10時間働いている65歳以上の人は、単独ではどちらの会社でも雇用保険に入れませんが、合算すると週22時間になるため、この制度を使えば雇用保険の対象になれます。

この合算の考え方は、厚生労働省が公開している公式Q&A「Q&A~雇用保険マルチジョブホルダー制度」(mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000139508_00002.html)でも、具体例つきで解説されています。制度の一次情報を自分の目で確認したい方は、まずこのページをブックマークしておくことをおすすめします。

そしてもう一つ、最大の特徴が「本人申出主義」であることです。通常の雇用保険は、要件を満たせば会社(事業主)が手続きをして自動的に加入します。しかしマルチジョブホルダー制度は逆で、要件を満たしていても、本人がハローワークに申し出ない限り、誰も何もしてくれません。会社の給与担当者がこの制度の存在を知らないケースも多く、「言われなければ一生気づかない」制度になってしまっているのが実情です。Yさんのケースも、まさにこの「言われなければ気づけない」の典型でした。




2028年10月に何が変わるのか──週20時間から週10時間への大改正

2024年の雇用保険法改正により、2028年10月1日から、このマルチジョブホルダー制度の労働時間基準が「合算して週20時間以上」から「合算して週10時間以上」へと緩和されます。

これがどれくらいのインパクトを持つか、具体例で見てみましょう。65歳以上で、A社で週6時間、B社で週5時間働いている人がいたとします。合計しても週11時間なので、現行制度では対象外です。しかし2028年10月以降は、この人も雇用保険マルチジョブホルダー制度の対象になります。ごく短時間の仕事を複数掛け持ちしているシニア層にとって、これまで「制度の外側」だった働き方が、まるごと「制度の内側」に入ってくることを意味します。

実はこの改正、雇用保険法改正全体で見るとさらに大きな話の一部でもあります。今回の法改正には、性質の異なる2つの柱があります。

  • 柱1: 単独の勤務先で働く場合の、通常の雇用保険加入基準そのものが「週20時間以上」から「週10時間以上」へ引き下げられる(全年齢が対象)

  • 柱2: 本記事のテーマである、65歳以上の掛け持ちワーカー向け「マルチジョブホルダー制度」の合算基準が「週20時間以上」から「週10時間以上」へ引き下げられる

この2つはどちらも同じ2028年10月に施行されますが、対象になる人も制度の建てつけも別物です。ニュースやコラムでは「雇用保険が週10時間に拡大」とひとまとめに語られがちですが、掛け持ちワーカー本人にとって重要なのは、自分がどちらの改正の対象になるのかを正確に区別することです。単独の勤務先だけで週10時間以上働いているなら柱1の対象、複数の勤務先を掛け持ちしていて合算でようやく基準を超えるなら柱2(マルチジョブホルダー制度)の対象、という整理になります。

規模感も具体的な数字で押さえておきましょう。この試算の出どころをたどると、厚生労働省の労働政策審議会・職業安定分科会雇用保険部会(第185回、2023年10月24日開催)が示した資料1にたどり着きます(mhlw.go.jp/content/11601000/001159861.pdf)。ここでは、総務省「就業構造基本調査」をベースに、週の所定労働時間が10時間以上20時間未満で働く労働者が全国で約506万人存在すると推計されており、このうち雇用保険に新たに加入する対象となる人数は480万人を超えると試算されています。

ニュースやコラムによって「480万人規模」「500万人規模」と数字の表記が微妙に揺れているのは、母数(506万人)と新規加入見込み数(480万人超)のどちらを指しているかの違いにすぎず、出どころはこの同じ審議会資料です。マルチジョブホルダー制度(柱2)の対象拡大分は、このうちの一部という位置づけです。

ちなみに、現行のマルチジョブホルダー制度自体は2022年1月の試行実施からすでに4年以上が経過していますが、厚生労働省はこの制度を「施行後5年を目途に効果を検証する」試行的な位置づけとしており、資格取得時・資格喪失時に本人へのアンケート調査を継続的に行っています。裏を返せば、この制度を実際に何人が利用したのかという全国集計は、2026年時点でもまだ公に整理された形では出そろっていません。それだけ「まだ多くの人に知られていない、これから伸びる制度」だということでもあり、掛け持ちで働くシニア層にとっても他人事ではない規模の変化だということです。

もう一つ、見過ごせない事実があります。この改正が発表されて以降、全国の社会保険労務士事務所が、企業向け・個人向けを問わず、こぞってこの制度の解説記事を出し始めています。

経営者向け専門誌「戦略経営者」(TKC出版)2022年1月号(第423号)の「Q&A経営相談」コーナーでは、日本橋人事労務総研代表で特定社会保険労務士の小岩和男氏が「雇用保険マルチジョブホルダー制度とは」と題し、Q&A形式でこの制度を解説しています(同記事はTKCグループの公式サイト上でも読むことができます。tkc.jp/cc/senkei/202201_consult01/)。経営者から寄せられる「うちのパートが他でも働いているらしいが、雇用保険はどうなるのか」といった趣旨の質問に対し、1つの事業所だけでは加入基準を満たさなくても2つの事業所の労働時間を合算すれば要件を満たす場合があること、それも本人からハローワークへの申出があって初めて成立する制度であることを、経営者の目線に立って順を追って解説する内容になっています。後述しますが、これは私自身が顧問先で受ける相談と、驚くほど同じ構図です。

社会保険労務士の山地雅子氏も、note記事「複数の仕事を掛け持ちする高齢者に朗報、マルチジョブホルダー制度とは?」(note.com/sr_yamaji/n/n256ecd498b5c)で、この制度を高齢者にとっての「朗報」として取り上げています。記事では、2022年1月の制度開始により65歳以上であれば最大2つの勤務先の労働時間を合算して雇用保険に加入できるようになったこと、1つの事業所あたり週5時間以上の勤務があれば合算の対象になり得ることなどを、当事者であるシニア層本人に向けてわかりやすく解説しています。

立場も専門分野の切り口も違う2人の社会保険労務士が、企業向け専門誌と個人向けのnoteという別々の媒体で、それぞれ独立してこの制度を取り上げている。この事実そのものが、「知らないと本当に損をする制度」であることの、何よりの証拠だと私は受け止めています。




「年齢制限は撤廃されない」という不都合な事実

ここで、正直に書いておかなければならないことがあります。今回の2028年10月改正で変わるのは、あくまで「労働時間の基準」であって、「65歳以上」という年齢の縛りそのものは、2028年10月時点では維持されます。

副業の一般化にともない、「マルチジョブホルダー制度の対象年齢を全世代に広げるべきだ」という議論は、労働政策の審議会などで実際に交わされています。ただしこれはあくまで今後の検討課題であり、2028年10月に確定事項として実施されることが決まっているわけではありません。「そのうち全世代に広がるらしい」という不確かな情報だけが先行して独り歩きしている状態です。

したがって、現時点で65歳未満の方がこの記事を読んでいる場合、率直に言えば「2028年10月の改正で自分がすぐに何かを申請できるようになる」わけではありません。ただし、後述するように、この制度の仕組みそのものを先に理解しておく価値は十分にあります。年齢の壁がいつか動く可能性がある以上、「制度が変わってから慌てて調べる人」と「先に仕組みを知っていて動ける人」の差は、意外と大きいものです。




会社は教えてくれない──申し出なければ一生気づけない仕組み

前述の通り、この制度は本人申出主義です。ここに、見落とされがちな2つの落とし穴があります。

1つ目は、申出日より前には遡れないという点です。 要件を何年も前から満たしていたとしても、申し出た日からしか被保険者になりません。「気づいた時にはもう遅かった」という後悔をしても、過去に遡って保険料を払い被保険者資格を取得することはできない仕組みになっています。つまりこの制度は「知っている人だけが得をする」構造がはっきりしています。

2つ目は、会社側にこの制度を積極的に周知する義務が薄いという点です。 事業主には協力義務(雇用状況を証明する書類の交付など)はありますが、「あなたはマルチジョブホルダー制度の対象になるかもしれません」と積極的に教えてくれるとは限りません。特に小規模な事業所やパート・アルバイトを多く抱える職場では、経営者・人事担当者自身がこの制度をよく理解していないことも珍しくありません。

複数の勤務先や業務委託先を掛け持ちしている人ほど、「自分の労働時間を正確に把握し、自分から動く」という発想を持っておく必要があります。冒頭のYさんが受け取れなかった失業手当も、まさにこの2つの落とし穴が重なった結果でした。裏を返せば、この2つさえ知っていれば、同じ轍は踏まずに済むということでもあります。

ここまでで、制度の全体像と「なぜ知らないと本当に損をするのか」という核心はしっかり押さえられたはずです。ここから先では、ハローワークの窓口で実際に多くの人がつまずく具体的な手続きの流れ、揃えるべき書類の一覧、そして「もしYさんが10年前にこの制度を知っていたら、退職時に一時金としていくら受け取れていたのか」を実際の給付日数・試算金額まで踏み込んで解説します。さらに、経営者・個人事業主として65歳以上のスタッフを雇用している方向けに、実際にあった「週14時間と週8時間を合算したら制度対象だった」という現場の相談実例も紹介します。複数の勤務先を掛け持ちしているご本人、そのご家族、そして65歳以上のパート・アルバイトを雇用している経営者・個人事業主の方は、ぜひこの先もご覧ください。

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