『企画・立案・運営』の前にやるべき事
要旨
本稿は、事業開発および社会システム構築において広く用いられる「企画・立案・運営」という三段階モデルが、実行フェーズに偏重し、その前段に位置する認識と仮説構築の過程を暗黙の前提として省略しているという問題認識から出発する。すなわち、本稿は、以下の命題を設定した。
「事業や制度の失敗の一部は、実行の巧拙とは無関係に、着手する前から結果が決まっている。すなわち、解くべき問いを取り違えたまま正しく実行してしまう「問いの設定の誤り」と、現象を生み出す真の原因ではなく目に見える症状に手を打ってしまう「因果構造の誤読」である。この種の失敗は、実行段階をどれだけ改善しても回収できない。」
この欠落を埋めるため、実証主義、解釈主義、批判的実在論という三つの認識論的立場を全段階に共通する視座として組み込み、企画に先行する六つの過程、すなわち実態把握・構造分析、課題発見・問いの再定義、境界条件・前提解体、観点創出・仮説構築、システム・メカニズム設計、戦略導出・評価軸の設計を明示化した。さらに、従来「企画・立案」および「運営」と一括されてきた過程を、概念実証から移行・体制構築まで、ならびに運営から構造的適応・再定義までに細分化し、全体を三フェーズ13段階からなる規範的プロセスモデルとして再構成した。

従来モデルで「企画・立案・運営」の三語に圧縮されていた過程が、認識から適応までの連続体として展開されていることが分かる。
本稿ではあわせて、Stage-Gate、Lean Startup、Design Thinking といった既存フレームワークとの位置づけ、ダブルループ学習の実証的稀少性に関する批判的知見、資源制約下における縮退適用の指針、および本モデル自体の限界を論じる。
1. はじめに:問題の所在と本稿の目的
1.1 従来モデルの限界
「企画・立案・運営」という区分は、実務において広く共有された語彙であり、組織の職務設計や人材育成の枠組みとしても機能してきた。しかしこの三分法は、解くべき問題がすでに正しく設定されていることを暗黙の前提としている。企画とは所与の課題に対する施策を構想する営みであり、立案はそれを資源と承認に結びつける営みであり、運営はそれを実行する営みである。いずれも、「何が問題であり、なぜそれが生じているのか」という認識の段階を経た後にしか意味をもたない。ところが実務の現場では、この認識の段階が明示的な工程として確保されることは稀であり、しばしば個人の経験や勘、あるいは上位者の指示によって代替される。
Rittel と Webber が厄介な問題(wicked problems)と呼んだ社会計画上の問題では、問題の定義と解が相互に規定し合い、問題を確定してから解くという線形の手順そのものが成立しない[1]。統合的なヘルスケアシステムの構築、地域包括ケアの設計、行政のデジタル変革のように、多数の利害関係者と制度が絡み合う領域では、問いの設定そのものが最大の設計課題となる。このような領域に三分法モデルをそのまま適用すると、誤って設定された問いに対して精緻な企画と効率的な運営が積み上げられるという、最も損失の大きい失敗が生じる。
1.2 本稿の目的、成立経緯、および筆者の立場
本稿の目的は、企画に先行する認識と仮説構築の過程、および企画・立案・運営の内部に隠れている複数の質的に異なる段階を明示化し、事業・制度設計の全体を再現性のあるプロセスモデルとして体系化することである。
本モデルの成立経緯を明らかにしておくことは、その限界を正しく評価するための前提である。本モデルは、理論から演繹されたものでも、体系的に収集された事例から帰納されたものでもない。筆者は、米国および中国の大手コンサルティングファームで約十年、その後、米国系および欧州系の専門サービス企業の日本およびアジア地域の代表として十数年にわたり、事業開発、調査、戦略立案の実務に携わった。2019年からはエストニア共和国大使特別補佐官および Enterprise Estonia 日本代表として、日本の基礎自治体のデジタル変革、スマートシティ政策の企画、立案、実行を支援した。現在は青山学院大学大学院博士後期課程において、循環型地域経済を志向する多角化ヘルスケア地域産業クラスターのビジネスモデルを研究するとともに、立命館大学経営学部客員教授として、また複数の自治体のアドバイザーとして、新産業創生、医療および教育のデジタル変革、スマートシティ計画の立案と遂行に関与している。本モデルは、この約三十年の実践において筆者が暗黙のうちに用いてきた判断の枠組みを、省察を通じて明示化し、既存の理論と照合しながら再構成したものである。付言すれば、「企画・立案・実行」という三分法は、筆者自身が自治体支援の職務を記述する際に長年用いてきた語彙であり、本稿の批判はその語彙の内側から生じたものである。
1.3 本稿の構成
第2章で中核命題と三つの認識論的視座を示し、第3章で既存フレームワークとの位置づけを論じる。第4章で全体俯瞰図を提示し、第5章で十三段階のそれぞれを、内容、目的、理論的背景、実務で発すべき問い、陥りやすい罠、主な成果物という統一の枠で解説する。第6章では本モデルの要であるフィードバックループを、シングルループ学習とダブルループ学習の区別、およびダブルループ学習の実証的稀少性という観点から検討する。第7章で資源制約下における縮退適用の指針を示し、第8章に一覧表、第9章に演習課題を置く。第10章で本モデルの限界と今後の課題を論じる。
2. 中核命題と認識論的立場
2.1 中核命題
本稿では中核命題を以下のように設定する。
「事業や制度の失敗の一部は、実行の巧拙とは無関係に、着手する前から結果が決まっている。すなわち、解くべき問いを取り違えたまま正しく実行してしまう「問いの設定の誤り」と、現象を生み出す真の原因ではなく目に見える症状に手を打ってしまう「因果構造の誤読」である。この種の失敗は、実行段階をどれだけ改善しても回収できない。」
この命題は、二つの主張から成る。第一に、実行段階の改善では回収できない種類の失敗が存在するという主張であり、第二に、それが問いの設定と因果の読解という、実行に先立つ二つの誤りに起因するという主張である。回収できないのは、欠陥が実行そのものにではなく、実行が始まる前の問いと構造の読み取りに埋め込まれているからである。したがって、実行が正確であればあるほど、誤った標的に精密に資源が投じられることになる。運営の巧みさは、この種の失敗を救うどころか、かえって見えにくくする。
この診断は、既存の理論とも整合する。Schön は、実践知の中核が所与の問題を解くことではなく、何を問題とするかを定める問題設定にあることを示した[2]。Rittel と Webber の厄介な問題の議論は、社会的な問題においては問題の定義と解が相互に規定し合い、問いを確定してから解くという手順そのものが成立しないことを明らかにしている[1]。さらに、組織が所与の前提の内側での誤差修正には習熟しながら、前提そのものを問い直すことには構造的に不得手であることは、Argyris と Schön の組織学習論が繰り返し指摘してきたところである[3, 4]。
他方で本稿は、この種の失敗が失敗全体のどの程度を占めるかという頻度については主張しない。頻度は単一の観察者の経験からは定められず、複数の独立した事例によって検証されるべき仮説だからである。命題そのものは反証可能性に開かれており、前段の過程を精緻化しても成果が改善しない場合、あるいは失敗の原因が実行段階の要因によって十分に説明される場合には、棄却される。
2.2 三つの認識論的視座
十三段階のプロセスは、単一の方法論ではなく、三つの認識論を状況に応じて往復させることで駆動される。どの段階でどの視座が中心となるかを意識することが、分析の死角を減らす。
実証主義(Positivism):観察および測定が可能な事実と変数間の関係に着目する立場である。市場データの分析(01)や、指標による効果測定(06 と 12)で中心的な役割を果たす。強みは客観性と再現性にあり、限界は観察されない生成メカニズムを語れないこと、および相関と因果の区別が方法論だけでは保証できないことにある。
解釈主義(Interpretivism):当事者にとっての意味や文脈を、その内側から理解しようとする立場である。Weber の理解社会学[5]や Geertz の厚い記述[6]に代表される。問いの再定義(02)や利用者の行動文脈の把握において不可欠であり、数値化しにくい「なぜそのように振る舞うのか」を捉える。
批判的実在論(Critical Realism):観察される現象の奥に、それを生み出す不可視の生成メカニズムがあると考える立場である[7]。構造分析(01)や、機序に踏み込んだ仮説構築(04)の哲学的基盤となる。遡及推論を通じて相関から因果構造へと分析を深める方法論は、社会科学への適用が体系化されている[8]。
2.3 三角測量としての併用
三つの視座は対立するものではなく補完関係にある。実証主義が「何が起きているか」を、解釈主義が「当事者にとって何を意味するか」を、批判的実在論が「なぜそれが起きるのか」を照らす。複数の方法と視点を組み合わせて同一の対象に迫る三角測量(triangulation)の考え方[9]は、単一の認識論に依拠することによる系統的な死角を減らし、頑健な認識を支える。
3. 先行フレームワークとの位置づけ
本モデルの独自性を明らかにするために、産業界および実務界で広く定着している三つの意思決定プロセスモデルとの関係を検討する。
3.1 Stage-Gate モデル
Cooper の Stage-Gate モデルは、新製品開発を発見、スコーピング、事業性評価、開発、テストと妥当性検証、ローンチという段階に分け、各段階の間に Go、Kill、Hold、Recycle の判断を行うゲートを置く[10]。実務界で最も広く採用されているプロセスモデルの一つであり、本モデルの 07(概念実証)から 10(移行・体制構築)はその後半ステージと概念的に重なる。しかし Stage-Gate は、最初の発見段階において「何を開発すべきか」がおおむね同定されていることを前提としており、開発初期の不確定な段階、いわゆるファジーフロントエンド(fuzzy front end)の内部構造については十分に規定していない。本モデルのフェーズ I は、この前段階を六つの過程として明示し、認識論的な根拠を与える点で Stage-Gate を補完する。
3.2 Lean Startup
Ries の Lean Startup は、構築、計測、学習のループと実用最小限の製品(MVP)を通じて、検証による学びを素早く積み上げることを説く[11]。Blank はこれを、事業計画を書いてから実行する従来型の起業手法に対する根本的な転換として位置づけた[12]。本モデルの 07 はこの考え方を直接に取り込んでいる。他方で Lean Startup は、検証すべき顧客と問題の仮説がすでに存在することを前提としており、解の仮説を検証する方法としては強力であるが、問いそのものを立て直す過程は方法論の中心にない。本モデルの 02(問いの再定義)と 03(前提解体)は、この前段を補う設計になっている。
3.3 Design Thinking
Brown が普及させた Design Thinking は、共感、問題定義、発想、プロトタイプ、テストという過程を通じて利用者中心の解を導く[13]。Buchanan は厄介な問題の概念をデザインの基礎に据え、問題設定をデザインの本質的な営みとして位置づけた[14]。したがって Design Thinking は、本モデルの 02 および 04 と親和性が高い。しかし、関係者のインセンティブが持続的に回る仕組みの設計(05)、長期アウトカムの評価軸の事前設計(06)、および制度的な承認と資源配分(09)については、方法論としての規定が相対的に薄い。本モデルはこれらを独立の段階として明示する。
3.4 位置づけの要約
三つのフレームワークとの関係を表2に整理する。

4. 全体俯瞰図(13段階と3フェーズ)
図1は、十三段階の流れを中央の縦の列に配し、三つのフェーズごとに区分して示したものである。左側の帯は全段階に共通する三つの認識論的視座を示し、右側の点線は二種類の学習ループを表す。

11 の内部で完結する小さな環がシングルループ学習を示し、13 から 02 および 05 へ戻る長い線がダブルループ学習を示している。逐次的な流れ、全段階に共通する分析の視座、二階層の学習ループという三つの構造を、一つの図の中で区別して示している。
5. 各段階の解説
以下では十三段階のそれぞれを、内容、目的、理論的背景、実務で発すべき問い、陥りやすい罠、主な成果物という統一の枠で記述する。統一の枠を用いるのは、段階間の比較を可能にし、実務における診断ツールとしての反復可能性を確保するためである。
フェーズ I:認識・仮説構想(問いを立てる)
従来の三分法は実行フェーズに偏った区分であり、その手前にある認識と仮説構築の営みを暗黙の前提として省略している。フェーズ I は、答えを急がず、正しい問いに到達するための六段階である。ここでの誤りは、後段のいかなる技術的努力によっても回収できない。なお、六段階は論理的な依存関係の順に並べてあるが、実際の作業においては段階間の往復が常態であり、時系列的に一方向に進むことを意味しない。
01. 実態把握・構造分析(Structural Diagnosis)
内容 統計データの収集にとどまらず、現場の文脈と、現象を生み出している不可視の構造、すなわち制度、利害関係者のインセンティブ、力学を特定する。
目的:「何が起きているか」の記述から、「なぜそれが起き続けるのか」という生成メカニズムの解明へと視点を移す。
理論的背景:批判的実在論は、現実を経験的領域(観察されるもの)、現実的領域(生起する出来事)、実在的領域(出来事を生む生成メカニズム)の三層に区別する[7]。観察データは氷山の一角であり、水面下の構造を遡及的に推論する方法(retroduction)が診断の核心となる[8]。システム思考におけるストック、フロー、フィードバックの概念は、この構造を可視化する補助線として有効である[15]。
実務で発すべき問い
• この現象を生んでいるのは、誰のどのような利得構造か。
• 制度、規制、慣行のうち、どれが実際に効いているか。
• 相関として見えるものの背後にある因果経路は何か。
陥りやすい罠
• 相関を因果と取り違える。
• 可視化しやすいデータだけで全体像を描いたと錯覚する。
• 関係者の語りを額面どおりに受け取る。
主な成果物:構造マップ(利害関係者、インセンティブ、因果ループ図)、現状の生成メカニズムに関する仮説。
02. 課題発見・問いの再定義(Problem Reframing)
内容:表層の症状ではなく根本の原因を特定し、「何を解くべきか」という問いから「なぜこの問題が持続するのか」という問いへと、問いそのものを立て直す。
目的:誤った問いに正しく答えるという、最も損失の大きい失敗を避ける。解の質は問いの質を超えない。
理論的背景:Schön は実践知の中核を問題解決ではなく問題設定に置いた[2]。Rittel と Webber の厄介な問題の議論は、社会的な問題においては問題の定義と解が相互に規定し合うことを示しており[1]、Buchanan はこの概念をデザイン思考の基礎に据えた[14]。トヨタ生産方式における「なぜを五回繰り返す」手法も、因果を遡行する実務的技法として位置づけられる[16]。解釈主義の伝統、すなわち Weber の理解社会学[5]や Geertz の厚い記述[6]は、当事者の意味世界から問いを捉え直す方法を与える。Heifetz が示した技術的問題と適応課題の区別も、問いの性質を見極める際の有用な指針である[17]。
実務で発すべき問い
• いま「課題」と呼んでいるものは、症状か、原因か。
• この問題は、そもそも誰にとっての問題なのか。
• なぜこれまで解かれずに持続してきたのか。
陥りやすい罠
• 与えられた問題設定を無批判に受け入れる。
• 念頭にある解決策から逆算して問題を歪める。
主な成果物:再定義された課題ステートメント、問いの階層構造。
03. 境界条件・前提解体(Deconstruction of Assumptions)
内容:業界の常識や制度的制約など、無意識に置いている前提条件を洗い出し、何が固定で何が可変かを切り分ける。
目的:制約と思い込みを分離し、施策の選択可能な範囲、すなわち解の探索空間を正しく画定する。
理論的背景:制約理論は、システム全体の成果を規定している真の制約を特定することの重要性を説く[18]。制度経済学は、規制や慣行といった制度が行為者の選択肢集合そのものを形づくることを示す[19]。ここで可視化された前提が、後段の概念実証(07)において何を検証すべきかを規定する。
実務で発すべき問い
• この制約は物理法則に近いのか、それとも単なる慣行なのか。
• 誰がこの前提を維持することで利益を得ているのか。
• もし可変にできれば、何が根本から変わるか。
陥りやすい罠
• 変えられるはずの制約を所与とみなす。
• 逆に、変えられない制約を軽視して計画を立てる。
主な成果物:前提・制約リスト(固定と可変の区分)、規制、ガバナンス、技術基盤の限界線マップ。
04. 観点創出・仮説構築(Hypothesis Formulation)
内容:アナロジー思考や異領域の知見を導入し、「この機序を導入すれば解決するのではないか」という仮説を、対立仮説とともに立てる。
目的:検証可能であり、かつ反証にも開かれた仮説群を用意する。
理論的背景:Peirce のアブダクション(仮説形成的推論)は、驚くべき事実を最もよく説明する仮説を創出する論理であり[20, 21]、批判的実在論における遡及推論と通底する。質的研究におけるアブダクティブ分析の方法論は、この推論を体系的に運用する手続きを提供する[22]。Popper の反証主義に立てば、反証事例を意図的に集めることこそが仮説を鍛える[23]。正、反、合という弁証法的な構えは、対立する説明を統合へ導く。
実務で発すべき問い
• この仮説が誤りだとすれば、何が観察されるはずか。
• 対立する説明はほかにどれだけあり得るか。
• 他分野では、類似した構造の問題をどう解いてきたか。
陥りやすい罠
• 確証バイアス、すなわち都合のよい事例だけを集めること。
• 単一仮説への早期固着。
主な成果物:仮説群(対立仮説を含む)、各仮説の反証条件(何が起きれば棄却されるか)。
05. システム・メカニズム設計(System & Governance Design)
内容:アイデアを単発の施策としてではなく、関係者全員のインセンティブが継続的に回る構造、すなわちエコシステムとして設計する。
目的:属人性と一過性を排し、自律的に機能し続ける仕組みをつくる。
理論的背景:メカニズムデザイン理論は、各主体が自己利益に従って行動しても望ましい結果を生む制度を設計するための理論的基盤を提供する。インセンティブ両立性の概念は Hurwicz によって導入され、Maskin と Myerson による精緻化を経て2007年のノーベル経済学賞に結実した[24, 25, 26]。Ostrom が共有資源の自治的統治について抽出した設計原理は、持続的なガバナンスが成立する条件を示している[27]。データ連携基盤やプラットフォームのガバナンス設計も、この段階に含まれる。
実務で発すべき問い
• 各関係者は、放っておいても設計どおりに動くインセンティブを持つか。
• フリーライドや逆機能はどこで生じるか。
• 誰がルールを更新する権限を持つのか。
陥りやすい罠
• 善意や熱意に依存した設計。
• 更新の主体が不在のガバナンスの空白。
主な成果物:エコシステム構造図、インセンティブ設計、ガバナンスモデル(意思決定と更新権限の所在)。
06. 戦略導出・評価軸の設計(Strategy & Evaluation Design)
内容:人、モノ、金、時間という資源の配分優先順位を決め、短期的なアウトプット指標だけでなく、長期的なアウトカム、すなわち構造的変化を検証する評価指標(KPI と KGI)を定義する。
目的:「何を優先し、何をもって成功とするか」を、実行に入る前に確定する。
理論的背景:ロジックモデルは、インプット、アウトプット、アウトカム、インパクトという因果連鎖を明示し、活動と成果の関係を事前に可視化する[28]。KGI は達成すべき成果、KPI はその先行指標として区別する。Goodhart が指摘したように、ある指標が目標として用いられた瞬間に、その指標は良い指標としての性質を失う[29]。したがって代理指標の設計には慎重を要する。フェルミ推定は、精度よりも桁の妥当性を素早くつかむ思考法として、規模感の把握に有効である[30]。
実務で発すべき問い
• 成功を数年後に測るとしたら、何を見るか。
• 短期指標が長期目的を裏切っていないか。
• この規模感は、フェルミ推定で見て妥当か。
陥りやすい罠
• 測りやすいアウトプットを目的化する。
• 評価軸を実行後に後付けする。
主な成果物:優先順位付き戦略、ロジックモデル、KPI と KGI の体系。
フェーズ II:具体化・承認(旧:企画・立案)
フェーズ I で問いと方向性が定まって初めて、具体化に入る。ただし、直ちに計画に飛ぶのではなく、仮説の検証、詳細設計、政治的および財務的な合意形成、実行環境の整備という、不可逆性が段階的に高まる過程を順に踏む。この過程は Stage-Gate モデルの後半ステージと概念的に重なるが、前段のフェーズ I によって「何を開発すべきか」が問い直されている点で、その前提を異にする。
07. 概念実証・プロトタイピング(PoC & Validation)
内容:全体展開の前に、核心となる仮説やメカニズム(04 と 05)が機能するかを、パイロット運用やフェルミ推定水準の試算といった最小限の単位で検証する。
目的:不確実性の高い前提を打ち消し、失敗のコストを最小化する。
理論的背景:Lean Startup における構築、計測、学習のループと実用最小限の製品(MVP)の考え方は、大規模投資の前に学習量を最大化する[11, 12]。リアル・オプションの観点からは、概念実証は将来の意思決定の柔軟性を買う投資と捉えられる[31]。
実務で発すべき問い
• 最も不確実で、かつ致命的な前提はどれか。
• それを最小コストで検証する方法は何か。
• 何が観察できれば検証成功と言えるか。
陥りやすい罠
• 検証設計のない概念実証、すなわち、実施して満足してしまうこと。
• 成功の基準を事前に決めないこと。
主な成果物:検証結果、更新された前提リスト、Go と No-Go の判断材料。
08. 企画(詳細設計・ロードマップ)(Detailed Program Design)
内容:検証結果に基づき、具体的なサービスフロー、制度設計、インターフェース、工程表に落とし込む。
目的:「何を、誰が、いつまでに、どのような手順で」行うかを、実行可能な水準の設計図として確定する。
理論的背景:サービス・ブループリンティングは、顧客の体験と、その裏側で動く業務やシステムを一枚で設計する技法である[32]。Stage-Gate モデルにおける各ステージの成果物定義は、この段階の詳細度を決める際の参照点となる[10]。
実務で発すべき問い
• 各工程の依存関係とクリティカルパスはどこにあるか。
• この設計は、前段で定めた評価軸(06)と整合しているか。
陥りやすい罠
• 検証結果を反映しない設計。
• 運用視点を欠いた机上の設計。
主な成果物:詳細仕様書、サービスブループリント、ロードマップと工程表。
09. 立案(資源配分・意思決定・合意形成)(Governance Authorization)
内容:財務計画、人的資源の確保、法的および規制的な適合性を含むリスク評価を整理し、意思決定機関の承認を得る。
目的:組織的および資金的な担保を獲得し、プロジェクトを不可逆な実行フェーズへ移行させる。
理論的背景:この段階は Stage-Gate モデルにおけるゲート、すなわち Go、Kill、Hold、Recycle の判断点に相当する[10]。リアル・オプション的な発想に立てば、撤退条件を事前に定めることは、失敗を早期に小さく確定させる能力そのものである[31]。本段階は後戻りできない点であり、意思決定そのものの質が問われる。
実務で発すべき問い
• 承認者が本当に見るべきリスクは、提示されているか。
• 撤退条件はあらかじめ合意されているか。
陥りやすい罠
• 楽観的な計画で承認を取りに行く。
• 撤退基準を定めずに走り出す。
主な成果物:予算と体制の計画、リスク評価、承認記録、撤退条件。
10. 移行・体制構築(準備・ローンチ)(Transition & Enablement)
内容:運用体制の構築、マニュアルと規約の整備、関係者のトレーニング、システム基盤の配備を行い、本番運用へ引き継ぐ。
目的:設計と運用の間に生じる摩擦を吸収し、円滑な立ち上げを実現する。
理論的背景:Kotter は変革の取り組みが失敗する典型的な要因を分析し、変革推進の段階的プロセスを示した[33, 34]。設計者と運用者の間の引き継ぎの断絶は、プロジェクト失敗の頻出要因である。
実務で発すべき問い
• 現場は本当に運用できる状態になっているか。
• 例外時や障害時の手順は用意されているか。
陥りやすい罠
• 設計者と運用者の断絶。
• 教育と移行を軽視した、設計側から運用側への一方的な引き渡し。
主な成果物:運用マニュアルと規約、トレーニングの完了、稼働環境。
フェーズ III:運用・進展(旧:運営)
運営は単なる定常業務の維持ではない。運用、測定、再定義という動的なサイクルとして捉え直すことで、事業や制度は環境変化に適応し続けることができる。ただし、この適応が組織において実際に生じることは容易ではなく、その困難さ自体を設計の対象とする必要がある。
11. 運営(オペレーション・日常的ガバナンス)(Operational Execution & Monitoring)
内容 サービスや制度を定常的に運用し、利害関係者のインセンティブが設計どおりに機能しているかを日常的に監視する。
目的:業務品質の維持と、予期せぬ摩擦やボトルネックの即時検出。
理論的背景:Argyris と Schön のいうシングルループ学習、すなわち所与の支配変数を維持したまま誤差を修正する学習が、この段階の主たる学習様式である[3, 4]。運用指標によるモニタリングがその基盤となる。
実務で発すべき問い
• 設計時に置いたインセンティブの前提は、現場で成立しているか。
• どこにボトルネックが生じているか。
陥りやすい罠
• 目的を忘れた作業化、すなわち手段の自己目的化。
• 異常の見逃し。
主な成果物:運用実績、モニタリング指標、インシデント記録。
12. 評価・インサイト抽出(Evaluation & Insight Generation)
内容:06 で設定した評価軸に基づき、短期的なアウトプットだけでなく、長期的なアウトカムを定期的に計測し分析する。
目的:相関と因果を峻別し、効果が出ている、あるいは出ていない機序を特定する。
理論的背景:因果推論の方法論、とりわけ反事実の概念と比較群の設定は、施策の効果を選択バイアスや外部要因から切り分けるための基礎である[35]。効果があるように見える相関を、因果として誤認しないことが要となる。ここでの発見が、13 における再定義を駆動する。
実務で発すべき問い
• この成果は施策の効果か、それとも外部環境の変化によるものか。
• 反事実、すなわち施策をしなかった場合と比較できているか。
陥りやすい罠
• アウトプットの達成をアウトカムと混同する。
• 良い数字だけを見る確証バイアス。
主な成果物:評価レポート、因果に関する知見、改善仮説。
13. 構造的適応・再定義(Adaptive Evolution)
内容 評価から得られた知見をもとに、運用の微修正にとどまらず、必要に応じて 02(問いの再定義)や 05(システム設計)にまで遡って構造を更新する。
目的:制度変更や市場構造の変化といった外部環境の変化に、システムを継続的に適合させる。
理論的背景:Argyris と Schön のいうダブルループ学習、すなわち前提や枠組みそのものを問い直す学習が、この段階の本質である[3, 4]。動的ケイパビリティ論において、Teece、Pisano、Shuen は動的ケイパビリティを、急速に変化する環境に対応するために内外の能力を統合、構築、再構成する企業の能力として定義した[36]。感知(sensing)、捕捉(seizing)、変容(transforming)という三区分は、この定義を精緻化した Teece の後続論文において導入されたものである[37]。なお、ダブルループ学習が実務において稀にしか実現しないことは、組織学習研究において繰り返し指摘されており、第6章で詳述する。
実務で発すべき問い
• 微修正で足りるのか、前提を丸ごと変えるべきか。
• どの段階まで遡って作り直すべきか。
陥りやすい罠
• ダブルループが必要な局面で、シングルループ、すなわち対症療法を反復する。
主な成果物:構造更新の方針、前段(02 と 05)への還元インプット。
6. 学習の二階層:シングルループとダブルループ
6.1 定義と理論的帰属
本モデルの要は、13 から前段へ還る線にある。運用の中で得た評価(12)をどの深さで反映するかによって、組織の学習は二つの階層に分かれる。この区別は Argyris と Schön によって『Theory in Practice』において初めて提示され[3]、『Organizational Learning』において理論的に精緻化された[4]。両者の区別の基準は、誤差の修正が支配変数(governing variables)、すなわち行為の目標や前提の変更を伴うか否かにある。
シングルループ学習:支配変数を維持したまま、目標からのずれを検出して修正する学習である。本モデルでは主として 11 の運用改善に対応し、図1では 11 の内部で完結する小さな環として描かれている。効率的であるが、前提そのものが誤っているときには対症療法の反復に陥る。
ダブルループ学習:「そもそもこの問い、この構造でよいのか」と支配変数そのものを問い直し、02(問いの再定義)や 05(システム設計)まで遡って作り直す学習である。図1では 13 から前段へ還る長い線として描かれる。Heifetz が示した、既存の知識で解ける技術的問題と、価値や前提の変更を要する適応課題の区別[17]は、どちらの学習が求められているかを見極める際の実務的な指針となる。
動的ケイパビリティ論との関係については、概念の出典を区別して述べる必要がある。Teece、Pisano、Shuen は動的ケイパビリティを、急速に変化する環境に対応するために内外の能力を統合、構築、再構成する企業の能力として定義した[36]。感知、捕捉、変容という三区分は、この 1997 年論文ではなく、Teece が 2007 年に発表した後続論文において、動的ケイパビリティのミクロ的基礎を説明するために導入されたものである[37]。本モデルの 13 は、後者の三区分のうち、とりわけ感知と変容に対応する。
6.2 ダブルループ学習の実証的稀少性
ダブルループ学習を組織適応の本質として提示するにあたっては、それが実務においていかに稀にしか実現しないかという批判的知見を併せて示す必要がある。Argyris 自身が早い段階で指摘したように、意思決定研究においてさえ観察される学習の大半はシングルループであり、ダブルループは例外的である[38]。その主要な原因として Argyris は、有能な専門職ほど失敗経験が少ないために失敗から学ぶ方法を知らず、防衛的推論(defensive reasoning)によって前提の問い直しを回避する傾向を挙げた[39]。
この認識は近年の系統的レビューによっても支持されている。Auqui-Caceres、Hörisch、Schaltegger は 128 件の実証研究を系統的にレビューし、ダブルループ学習の概念が広く引用される一方で、実務への影響は表面的にとどまっており、その主因が概念定義の複雑さと実装の困難さにあると結論づけた[40]。Robinson もまた、組織学習および専門職の学習に関する実証研究の多くが、ダブルループ学習は個人と組織の双方の水準で稀であることを示していると整理し、その理由として、因果関係の不透明性、確証バイアスに偏った認知処理、防衛的推論を許容する組織文化の三点を挙げている[41]。
6.3 教育および実務への含意
以上の知見が本モデルにもたらす含意は明確である。13 における「ダブルループが必要な局面でシングルループに終始する」という罠は、注意不足という個人の問題ではなく、組織学習論において構造的かつ頻発的な現象として研究されている事実である。したがって本モデルは、ダブルループ学習を要請するだけでは不十分であり、それが生じやすくなる制度的条件を設計に組み込まなければならない。具体的には、第一に、評価軸を 06 において事前に確定しておくことで、都合の悪い結果を事後的に再解釈する余地を狭めること、第二に、前提の再審査を行う判断点とその決定権限を 13 において明示的に設けること、第三に、外部者による評価を 12 に組み込み、防衛的推論が働きにくい構造をつくること、である。それでもなお、本モデルはダブルループ学習を保証するものではなく、その実現可能性を高めるための条件を提示するにとどまる。この限界を認識したうえで用いることが、モデルを適切に運用するための前提となる。
7. 本モデルの限界と今後の課題
本モデルには、少なくとも次の五つの限界がある。
第一に、そして最も根本的に、本モデルは単一の観察者による省察的な構築である。第1.2節で述べたとおり、本モデルは筆者一人の実践経験を、事後的に理論と照合しながら明示化したものである。筆者が関与した事業や制度設計は一つではないが、それらはすべて一人の視座を通して観察されており、観察は相互に独立ではない。したがって限界の所在は、事例の数よりも観察者の数にある。
第二に、図1は上から下へと読む形式をとるため、過程が線形に進むという印象を与えかねない。実際には、とりわけフェーズ I の内部では段階間の往復が常態であり、本モデルの順序は論理的な依存関係を示すものであって、時系列的な順序を規定するものではない。
第三に、十三という段階数は設計上の選択であり、絶対的なものではない。粒度は目的に応じて変わり得る。また、本モデルの境界条件として、複雑な社会技術システムの設計を主たる対象としており、定型的で単純な業務改善においては従来の三分法で十分な場合がある。
第四に、第6章で論じたとおり、本モデルは 13 においてダブルループ学習を要請するが、その実現を保証することはできない。実現可能性を高める制度的条件を提示するにとどまる。
第五に、本モデルは日本の実務と教育の文脈から構想されたものであり、異なる制度環境や組織文化への移転可能性は検証されていない。文化横断的な比較研究が必要である。
今後の課題としては、各段階の完了を判定する操作的な基準、とりわけ問いの質を評価する指標の開発、複数事例の比較による段階の必要十分性の検討、および本モデルを用いた教育の効果測定が挙げられる。
参考文献
文献番号は本文中の初出順に沿って対応する。
各文献の直下に、その内容と本モデルにおける参照箇所を簡潔に解説した。
[1] Rittel, H. W. J., & Webber, M. M. (1973). Dilemmas in a general theory of planning. Policy Sciences, 4(2), 155–169. https://doi.org/10.1007/BF01405730
都市計画を題材に、科学や工学が扱ってきた「飼いならされた問題」と対比して、社会計画上の問題を「厄介な問題」と名づけた古典的論文である。厄介な問題には決定的な定式化がなく、解が正誤ではなく良否で判断され、試行の一回ごとが不可逆で、問題の定義と解が相互に規定し合うといった十の特徴が挙げられる。著者らは、こうした問題に対して合理的計画の線形手順は成立しないと論じた。本モデルが問いの再定義(02)を独立の段階として置く根拠の一つであり、縮退が許されない条件(7.3)の判定基準にも用いている。発表から半世紀を経た現在も、公共政策や社会起業の分野で問題の性質を見極める枕詞として参照され続けている。
[2] Schön, D. A. (1983). The reflective practitioner: How professionals think in action. Basic Books. https://books.google.com/books?vid=ISBN9780465068784
建築、精神療法、都市計画、経営など複数の専門職の実践を観察し、専門家が不確実で唯一の正解のない状況の中で、いかに行為しながら考えているかを分析した著作である。著者は「技術的合理性」のモデルを批判し、実践の中核は所与の問題を解くことではなく、混沌とした状況から何を問題とするかを定める「問題設定」にあると論じた。また、行為の中での省察と行為についての省察という概念を提示した。本モデルの中核命題と02の理論的基盤であり、解の質が問いの質を超えないという主張の出典である。専門職教育における省察的実践の概念は、本書を起点として医療、教育、経営の各分野に広がった。
[3] Argyris, C., & Schön, D. A. (1974). Theory in practice: Increasing professional effectiveness. Jossey-Bass. https://books.google.com/books?vid=ISBN9780875892306
専門職の効果性を高めるための行為理論を体系化した著作であり、シングルループ学習とダブルループ学習の区別が初めて提示された。著者らは、人が公言する理論と実際の行為を導く使用理論の間にずれがあることを指摘し、支配変数を維持したまま誤差を修正する学習と、支配変数そのものを問い直す学習を区別した。さらに、防衛的な対人関係を生む「モデル I」と、開かれた探究を可能にする「モデル II」という二つの使用理論を対比している。本モデルの第6章における二階層の学習の初出文献として参照した。公言する理論と使用理論のずれという視点は、組織における言行不一致を分析する枠組みとしても用いられている。
[4] Argyris, C., & Schön, D. A. (1978). Organizational learning: A theory of action perspective. Addison-Wesley. https://books.google.com/books?vid=ISBN9780201001747
前著で個人水準に提示された行為理論を組織水準に拡張し、組織学習の理論を体系化した著作である。組織が誤差を検出し修正する過程を学習と定義し、既存の規範や目標の枠内での修正をシングルループ学習、規範や目標そのものの再検討を伴う修正をダブルループ学習と呼んだ。さらに、組織が自らの学習の仕方を学ぶ第二次学習の概念も示している。著者らは、多くの組織がダブルループ学習を阻む防衛的な慣行を内在させていることを指摘した。本モデルの11(シングルループ)と13(ダブルループ)の区別は本書の枠組みに従っている。組織学習論の出発点として、後続の学習する組織論や知識経営論に広く影響を与えた文献である。
[5] Weber, M. (1978). Economy and society: An outline of interpretive sociology (G. Roth & C. Wittich, Eds.). University of California Press. (Original work published 1922). https://books.google.com/books?vid=ISBN9780520035003
ウェーバーの主著であり、社会学の基礎概念、経済と社会の関係、支配の諸類型、宗教社会学などを包括的に論じた体系的著作である。冒頭の基礎概念において、社会学を「社会的行為を解釈により理解し、その経過と結果を因果的に説明する科学」と定義し、行為者が付与する主観的意味を理解することを方法の中心に据えた。この理解の方法と理念型の概念は、解釈主義的な社会科学の出発点となった。本モデルでは、問いの再定義(02)において当事者の意味世界から問題を捉え直すための認識論的視座の一つとして参照した。価値自由や理念型といった方法論上の概念も本書と関連する著作群において展開され、社会科学方法論の礎となった。
[6] Geertz, C. (1973). The interpretation of cultures: Selected essays. Basic Books. https://books.google.com/books?vid=ISBN9780465097197
文化人類学者ギアツの論文集であり、文化を意味の体系として捉え、その解釈を人類学の課題とする立場を打ち出した。とりわけ第一章の「厚い記述」の概念は、行為を単に記録するのではなく、それが行為者にとってどのような意味をもつかを文脈に埋め込んで記述することの重要性を説き、質的研究の方法論に広く影響を与えた。バリ島の闘鶏に関する論文も収録されている。本モデルでは、数値化しにくい行動の文脈や意味を把握する解釈主義的な視座の代表的な文献として、02の理論的背景に位置づけた。文化を解釈の対象とみなす立場は、経営学における組織文化研究や利用者調査の方法にも影響を及ぼしている。
[7] Bhaskar, R. (2008). A realist theory of science (Routledge Classics ed.). Routledge. (Original work published 1975). https://doi.org/10.4324/9780203090732
批判的実在論の出発点となった科学哲学の著作である。著者は、科学的実験が可能であるためには世界がどのようなものでなければならないかを問い、実在を経験的領域、現実的領域、実在的領域の三層に区別した。観察される出来事の背後には、それを生み出す構造や生成メカニズムが存在し、それらは経験的に観察されなくとも実在すると論じる。また、認識の対象と認識の産物を混同する認識論的誤謬を批判した。本モデルの実態把握・構造分析(01)が表層のデータから不可視の構造へと分析を深めることを要請する哲学的根拠である。本書に始まる批判的実在論は、社会科学、経営学、評価研究において実証主義と構築主義の中間に立つ立場として定着した。
[8] Danermark, B., Ekström, M., & Karlsson, J. C. (2019). Explaining society: Critical realism in the social sciences (2nd ed.). Routledge. https://www.routledge.com/Explaining-Society-Critical-Realism-in-the-Social-Sciences/Danermark-Ekstrom-Karlsson/p/book/9781138497818
批判的実在論を社会科学の実際の研究に適用するための方法論を体系的に示した教科書である。バスカーの三層構造や生成メカニズムの概念を平易に解説したうえで、観察された現象からそれを可能にする構造を推論するリトロダクションの方法、抽象化と具体化の往復、集約的研究と拡張的研究の組み合わせといった研究設計の指針を提示している。第二版では方法論の議論が拡充された。本モデルにおいて01と04が用いる遡及推論の手続きの具体的な出典であり、批判的実在論を実務の分析手法に翻訳する際の参照点である。理論と経験的資料の往復を重視する姿勢は、本モデルにおける仮説構築と検証の反復とも整合する。
[9] Jick, T. D. (1979). Mixing qualitative and quantitative methods: Triangulation in action. Administrative Science Quarterly, 24(4), 602–611. https://doi.org/10.2307/2392366
質的方法と量的方法を組み合わせる三角測量の考え方を、組織研究の実例に基づいて論じた論文である。著者は、測量における三角測量の比喩を用い、複数の方法で同一の現象に迫ることによって各方法の弱点を相互に補い、結果の妥当性と理解の厚みを高めることができると論じた。また、方法間で結果が一致しない場合こそ新たな発見の契機になると指摘している。合併を経験した組織の従業員の不安を調査した事例が示される。本モデルが三つの認識論的視座を併用する根拠として、第2.3節で参照した。混合研究法の古典として、複数の認識論的立場を組み合わせる研究設計の正当化に今なお引用されている。
[10] Cooper, R. G. (1990). Stage-gate systems: A new tool for managing new products. Business Horizons, 33(3), 44–54. https://doi.org/10.1016/0007-6813(90)90040-I
新製品開発を管理するためのステージゲート法を提示した論文である。開発過程を複数のステージに区切り、各ステージの間に継続、中止、保留、再検討を判断するゲートを設けることで、投資の規律と開発の速度を両立させることを狙う。著者は、多数の製品開発事例の分析に基づき、成功する企業が備える過程の特徴を抽出し、ゲートにおける判断基準の明示、ステージ内の並行作業、部門横断チームの重要性を強調した。本モデルの07から10がこの後半ステージと重なる一方、前段のフェーズ I が同法の暗黙の前提を補うことを第3.1節で論じた。同法はその後も改訂を重ね、アジャイル開発との統合など、現代の開発管理にも影響を及ぼし続けている。
[11] Ries, E. (2011). The lean startup: How today's entrepreneurs use continuous innovation to create radically successful businesses. Crown Business. https://books.google.com/books?vid=ISBN9780307887894
スタートアップの経営を科学的な学習過程として捉え直した著作である。事業計画を精緻に書いてから実行する従来型の方法に対し、仮説を最小限の製品として素早く形にし、顧客の反応を計測し、学びに基づいて方向転換か継続かを判断するという構築、計測、学習のループを提唱した。実用最小限の製品、検証による学び、方向転換といった概念は起業実務の共通語となった。本モデルの概念実証(07)はこの考え方を直接に取り込んでいるが、同書が検証すべき問題の仮説の存在を前提としている点を、02と03が補うものとして第3.2節で位置づけた。公共部門や大企業においても、不確実性の高い施策を小規模に試してから拡大する手法として応用が進んでいる。
[12] Blank, S. (2013). Why the lean start-up changes everything. Harvard Business Review, 91(5), 63–72. https://hbr.org/2013/05/why-the-lean-start-up-changes-everything
リーンスタートアップの考え方を経営学の読者に向けて整理し、その意義を論じた論説である。著者は、詳細な事業計画に基づく従来の起業手法が高い失敗率を招いてきたと指摘し、顧客開発、アジャイル開発、ビジネスモデルキャンバスの三要素を組み合わせる方法を提示した。事業計画は顧客との接触によって初めて検証される仮説の集合にすぎないという認識が中心にある。大企業の新規事業や公共部門への応用可能性にも触れている。本モデルでは、07の理論的背景および第3.2節において、Lean Startup の位置づけを論じる際の補助的な文献として参照した。起業教育の標準的な教材の一つとなり、顧客との対話を通じて仮説を検証する姿勢を普及させた。
[13] Brown, T. (2008). Design thinking. Harvard Business Review, 86(6), 84–92. https://hbr.org/2008/06/design-thinking
デザイン会社の経営者である著者が、デザイナーの思考法を製品開発のみならず事業や社会課題の解決に適用する「デザイン思考」を広く紹介した論説である。利用者への共感に基づく観察、問題の定義、多様なアイデアの発想、素早い試作、検証という反復的な過程を、事例とともに示している。人間中心の視点、試作による学習、部門横断的な協働が強調される。本モデルの02および04と親和性が高い一方で、インセンティブ設計や評価軸の事前設計、制度的承認に関する規定が相対的に薄いことを、第3.3節で対比的に論じた。公共サービスや医療の設計にも応用が広がり、利用者視点からの問題定義を制度設計に持ち込む契機となった。
[14] Buchanan, R. (1992). Wicked problems in design thinking. Design Issues, 8(2), 5–21. https://doi.org/10.2307/1511637
デザイン研究の立場から、リッテルの厄介な問題の概念をデザイン思考の基礎に据えた論文である。著者は、デザインが扱う問題は本質的に不確定であり、デザイナーは状況に応じて問題そのものを構成し直しながら解を探ると論じた。また、記号、物、行為、思考という四つの領域にデザインの対象を整理し、デザインを専門分野の境界を越える教養的な技法として位置づけている。デザイン思考を単なる手法ではなく問題設定の営みとして理解する視点を与えた点で重要である。本モデルの02の理論的背景として、厄介な問題とデザインの接点を示す文献として参照した。デザイン研究の分野で最も引用される論文の一つであり、デザイン思考の理論的基礎を与えた文献として位置づけられる。
[15] Meadows, D. H. (2008). Thinking in systems: A primer. Chelsea Green Publishing. https://books.google.com/books?vid=ISBN9781603580557
システム思考の入門書として広く読まれている著作である。著者は、ストック、フロー、フィードバックループという基本要素を用いて、企業、経済、生態系、社会の振る舞いを共通の枠組みで理解する方法を示した。増強ループと均衡ループの相互作用、遅れの効果、システムの罠と機会、レバレッジポイントの考え方などが、身近な事例とともに解説されている。出来事ではなく構造に目を向けることの重要性が繰り返し強調される。本モデルの実態把握・構造分析(01)において、不可視の構造を可視化する補助線としてストックとフローの概念を用いる根拠である。環境政策や公衆衛生の分野でも、複雑な問題を構造として捉える共通言語として広く用いられている。
[16] Ohno, T. (1988). Toyota production system: Beyond large-scale production. Productivity Press. https://books.google.com/books?vid=ISBN9780915299143
トヨタ生産方式を体系化した大野耐一による原典の英訳である。著者は、無駄の徹底的な排除を基本思想とし、必要なものを必要なときに必要な量だけ生産するジャストインタイムと、異常が生じたら機械が自動的に止まる自働化を二本の柱として説明した。問題が生じた際に「なぜ」を五回繰り返して真因に到達する方法も本書で示され、原因分析の実務的技法として広く普及した。本モデルでは、表層の症状から根本の原因へと因果を遡行する実務的な手法として、課題発見・問いの再定義(02)の理論的背景に位置づけた。その思想はリーン生産方式として世界に広がり、製造業のみならず医療や行政の業務改善にも応用されている。
[17] Heifetz, R. A. (1994). Leadership without easy answers. Harvard University Press. https://www.hup.harvard.edu/books/9780674518582
リーダーシップを地位や権威ではなく、集団が困難な課題に取り組むことを可能にする活動として捉え直した著作である。著者は、既存の知識や手続きで解決できる技術的問題と、関係者自身の価値観や習慣の変化を必要とする適応課題を区別し、後者に技術的な解を当てはめることが失敗の典型であると論じた。適応課題においては、リーダーは答えを与えるのではなく、集団が現実に向き合う作業を支えることが求められる。本モデルでは、問いの性質を見極める指針として02で、またシングルループとダブルループの判別の補助として第6章で参照した。公共政策や医療組織の変革において、技術的な解に頼りがちな傾向を戒める指針として頻繁に参照される。
[18] Goldratt, E. M., & Cox, J. (1984). The goal: A process of ongoing improvement. North River Press. https://books.google.com/books?vid=ISBN9780884270614
工場の経営を題材にした小説の形式で制約理論を解説した著作である。閉鎖の危機にある工場の責任者が、恩師の助言を受けながら、システム全体の産出量を規定しているのは一部のボトルネック工程であることを発見し、そこに集中して改善を進めていく。制約を特定し、活用し、他を従属させ、能力を高め、再び制約を探すという継続的改善の手順が物語を通じて示される。局所的な効率の追求が全体の成果を損なうという洞察が中心にある。本モデルでは、真の制約と単なる慣行を切り分ける境界条件・前提解体(03)の理論的背景として参照した。制約理論はその後、プロジェクト管理や医療の患者流れの改善など、製造業以外の分野にも展開された。
[19] North, D. C. (1990). Institutions, institutional change and economic performance. Cambridge University Press. https://doi.org/10.1017/CBO9780511808678
新制度派経済学の代表的著作であり、制度を「社会におけるゲームのルール」と定義し、経済成果の長期的な差異を制度の違いから説明した。著者は、公式の規則と非公式の規範を含む制度が取引費用を規定し、行為者の選択肢集合を形づくると論じる。また、制度が経路依存的に変化し、非効率な制度が長期にわたって存続する理由を、組織と制度の相互作用から説明した。本書は1993年のノーベル経済学賞の主要業績である。本モデルでは、規制や慣行が施策の選択可能な範囲を規定することを示す文献として、03および第7.3節で参照した。制度の経路依存性の議論は、行政のデジタル化や地域医療の制度改革が既存の慣行に阻まれる理由を理解する上でも示唆に富む。
[20] Peirce, C. S. (1931–1958). Collected papers of Charles Sanders Peirce (Vols. 1–8; C. Hartshorne, P. Weiss, & A. W. Burks, Eds.). Harvard University Press. Peirce Edition Project: https://peirce.iupui.edu/
アメリカの哲学者パースの著作を主題別に編集した全八巻の論文集である。パースは、演繹と帰納に加えて、驚くべき事実を説明する仮説を形成する第三の推論としてアブダクションを提唱し、科学的探究の出発点に位置づけた。また、記号論、プラグマティズムの格率、探究の共同体による真理の収斂といった概念を展開した。本論文集は長く標準的な参照文献とされてきたが、現在は年代順の批判版が刊行されつつある。本モデルでは、観点創出・仮説構築(04)における仮説形成の論理の原典として参照し、批判的実在論の遡及推論との連関を示した。アブダクションの概念は、近年の質的研究方法論や人工知能研究においても再評価されている。
[21] Douven, I. (2021). Abduction. In E. N. Zalta (Ed.), The Stanford encyclopedia of philosophy (Summer 2021 ed.). Stanford University. https://plato.stanford.edu/entries/abduction/
スタンフォード哲学百科事典におけるアブダクションの項目であり、この推論形式の哲学的な議論を体系的に概観している。著者は、最良の説明への推論としてのアブダクションを定義し、日常的推論と科学的推論の双方における役割を示したうえで、その正当化をめぐる論争、ベイズ主義との関係、説明の良さの基準といった論点を整理した。パースの用法と現代の用法の違いにも注意が払われている。本モデルでは、04の理論的背景においてパースの原典を補い、アブダクションの現代的な理解を示す信頼性の高い二次文献として参照した。定期的に改訂される百科事典の項目であるため、参照の際には版と閲覧日を確認することが望ましい。
[22] Timmermans, S., & Tavory, I. (2012). Theory construction in qualitative research: From grounded theory to abductive analysis. Sociological Theory, 30(3), 167–186. https://doi.org/10.1177/0735275112457914
質的研究における理論構築の方法として、グラウンデッド・セオリーの帰納主義的な立場を批判的に検討し、パースのアブダクションに基づく分析法を提唱した論文である。著者らは、研究者が既存の理論に精通していることを前提としたうえで、データの中の予期せぬ発見と既存理論との緊張関係から新しい仮説を生み出す過程を、アブダクティブ分析として定式化した。理論的感受性を高めるための具体的な手続きも示されている。本モデルでは、04における仮説形成を体系的な手続きとして運用するための方法論的な出典として参照した。驚きを理論構築の起点とする考え方は、実務における予期せぬ現象を仮説の源泉として扱う姿勢に通じる。
[23] Popper, K. (2002). The logic of scientific discovery (Routledge Classics ed.). Routledge. (Original work published 1959). https://doi.org/10.4324/9780203994627
ポパーの科学哲学の主著であり、科学と非科学を区別する基準として反証可能性を提示した。著者は、有限の観察から普遍的な法則を正当化できないという帰納の問題を出発点とし、科学理論は検証によって確証されるのではなく、反証の試みに耐えることによって暫定的に受け入れられると論じた。大胆な推測とその厳しいテストの反復が科学の成長を支えるという見方は、二十世紀の科学観に大きな影響を与えた。本モデルでは、対立仮説を含めた仮説群を立て、反証条件を明示し、反証事例を意図的に集めるという04の方法の根拠として参照した。仮説は棄却されるまで暫定的に保持されるという姿勢は、本モデル全体が反証可能性に開かれていることの指針でもある。
[24] The Royal Swedish Academy of Sciences. (2007). Mechanism design theory: Scientific background on the Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel 2007. https://www.nobelprize.org/uploads/2018/06/advanced-economicsciences2007.pdf
2007年のノーベル経済学賞がハーヴィッツ、マスキン、マイヤーソンに授与された際に、スウェーデン王立科学アカデミーが公表した学術的背景説明である。メカニズムデザイン理論の発展を、情報の分散と私的利益の存在のもとで社会的に望ましい結果を実現する制度をいかに設計するかという問いを軸に整理している。ハーヴィッツによるインセンティブ両立性の概念の導入、マスキンによる実装理論、マイヤーソンによる顕示原理とオークション設計への応用が解説される。本モデルでは、05のシステム・メカニズム設計の理論的背景を示す信頼性の高い概説として参照した。ノーベル委員会による公式の説明であり、専門外の読者がメカニズムデザイン理論の全体像を把握する入口として適している。
[25] Hurwicz, L. (2008). But who will guard the guardians? American Economic Review, 98(3), 577–585. https://doi.org/10.1257/aer.98.3.577
ハーヴィッツのノーベル賞受賞講演であり、制度設計における実施の問題を論じた。著者は、ルールを定めるだけでは十分でなく、そのルールを守らせる者が誰であり、その者がルールを守るインセンティブをもつかという問題、すなわち「誰が守護者を守るのか」という古典的な問いを、メカニズムデザインの枠組みで再検討した。監視と執行を制度の内部に組み込む必要性が示される。本モデルでは、関係者のインセンティブが持続的に回る仕組みを設計するにあたり、ルールの更新権限と執行の主体を明示することの重要性を示す文献として、05の理論的背景に位置づけた。制度の執行主体のインセンティブを問う視点は、公的な監督機関やデータ連携基盤のガバナンス設計にも直接に応用できる。
[26] Maskin, E. S. (2008). Mechanism design: How to implement social goals. American Economic Review, 98(3), 567–576. https://doi.org/10.1257/aer.98.3.567
マスキンのノーベル賞受賞講演であり、メカニズムデザインを社会的な目標を実現する手段として平易に解説した。著者は、人々が私的情報をもち自己利益に従って行動する状況で、望ましい結果を導く制度をいかに設計できるかという問題を、公共財の供給や配分の事例を用いて説明した。ある社会目標が実施可能であるための条件として、選好の単調性などの性質を明らかにした実装理論の要点も示されている。本モデルでは、05においてインセンティブ両立性の考え方を実務に翻訳する際の理論的根拠として参照した。選好の単調性という条件は、参加者の利害が変化してもなお機能する制度を設計する際の実務的な判断基準を与える。
[27] Ostrom, E. (1990). Governing the commons: The evolution of institutions for collective action. Cambridge University Press. https://doi.org/10.1017/CBO9780511807763
共有資源の管理をめぐる従来の議論が、国家による規制か私有化かという二者択一に偏っていたことを批判し、利用者自身による自治的な管理が長期にわたって成功している事例を世界各地から収集して分析した著作である。著者は、成功事例に共通する条件として、境界の明確化、地域条件との適合、集合的選択への参加、監視、段階的な制裁、紛争解決の仕組み、組織する権利の承認、入れ子状の組織という八つの設計原理を抽出した。本モデルでは、05におけるガバナンス設計の条件、および多主体が関与する場合に縮退が許されない根拠として参照した。著者は2009年にノーベル経済学賞を受賞し、本書の設計原理は共有資源を超えて協働的なガバナンス一般の指針として用いられている。
[28] W. K. Kellogg Foundation. (2004). Logic model development guide. W. K. Kellogg Foundation. https://www.betterevaluation.org/tools-resources/wk-kellogg-foundation-logic-model-guide
米国の助成財団が、助成先の非営利組織向けに作成したロジックモデルの作成手引きである。事業の資源、活動、産出、成果、影響という要素を因果の連鎖として一枚の図に整理する方法を、段階を追って解説している。事業がなぜ成果をもたらすと考えるのかという変化の理論を明示し、計画、実施、評価の各段階で関係者の共通理解を形成する道具としてロジックモデルを位置づけた。作成のための演習用の様式も含まれる。本モデルでは、戦略導出・評価軸の設計(06)において、アウトプットとアウトカムを区別し評価軸を事前に定める方法の出典として参照した。評価分野の標準的な参考資料として、非営利組織のみならず行政の政策評価や研究助成の計画にも広く用いられている。
[29] Goodhart, C. A. E. (1984). Problems of monetary management: The UK experience. In C. A. E. Goodhart, Monetary theory and practice: The UK experience (Chapter 4). Macmillan. https://doi.org/10.1007/978-1-349-17295-5_4
英国の金融政策の経験を検討した論考であり、のちにグッドハートの法則として知られる命題の原典である。著者は、統計的に安定していた指標が、政策当局によって管理の目標として用いられると、その安定性を失う傾向があると指摘した。指標が目標になった瞬間に、関係者の行動がその指標に合わせて変化し、指標と本来の目的との関係が崩れるためである。この洞察は金融政策を超えて、業績評価や公共政策の指標設計一般に適用されている。本モデルでは、06における代理指標の設計の危うさを示す根拠として参照した。同様の洞察はキャンベルの法則やルーカス批判とも並置され、指標に基づく管理の限界を示す命題群を形成している。
[30] Weinstein, L., & Adam, J. A. (2008). Guesstimation: Solving the world's problems on the back of a cocktail napkin. Princeton University Press. https://press.princeton.edu/books/paperback/9780691129495/guesstimation
物理学者による概算の技法の入門書である。正確なデータがなくとも、問題を分解し、妥当な仮定を置き、桁の水準で答えを見積もるフェルミ推定の方法を、多数の演習問題を通じて解説している。地球上の人の髪の毛の総数からエネルギー政策の規模感まで、日常的なものから社会的なものまで幅広い問題が扱われ、答えの精度ではなく桁の妥当性を重視する姿勢が一貫している。本モデルでは、06において事業や施策の規模感を素早く把握し、また07において最小限の試算によって仮説を検証する際の思考法として参照した。データが不十分な初期段階で意思決定の桁を誤らないための思考訓練として、教育の場でも広く用いられている。
[31] McGrath, R. G. (1999). Falling forward: Real options reasoning and entrepreneurial failure. Academy of Management Review, 24(1), 13–30. https://doi.org/10.5465/amr.1999.1580438
起業や新規事業における失敗を、リアル・オプションの考え方から再解釈した論文である。著者は、失敗を避けるべき結果とみなす従来の見方に対し、不確実性の高い状況では小さな失敗を早期に安価に経験することが、学習と選択肢の維持につながると論じた。投資を段階的に行い、情報が得られるまで大きな決定を先送りし、見込みのない案件を迅速に打ち切る能力が、組織の起業的成果を高めるとされる。本モデルでは、07の概念実証を将来の意思決定の柔軟性を買う投資と捉える視点、および09における撤退条件の事前合意の根拠として参照した。失敗を学習の機会として制度化する視点は、公共部門における実証事業の設計にも応用され始めている。
[32] Shostack, G. L. (1984). Designing services that deliver. Harvard Business Review, 62(1), 133–139. https://hbr.org/1984/01/designing-services-that-deliver
サービスの設計に体系的な方法を導入することを提唱し、サービス・ブループリンティングの技法を提示した論説である。著者は、サービスが失敗する原因の多くが設計段階での考慮の不足にあると指摘し、顧客に見える行為と見えない裏側の業務を一枚の図に描き、時間の流れ、失敗しやすい点、許容される時間、収益性を明示する方法を示した。靴磨きやディスカウント証券会社の事例が用いられている。本モデルでは、企画(詳細設計)の段階(08)において、利用者の体験と裏側の業務やシステムを一体として設計する技法の原典として参照した。サービスデザインの分野では現在も基礎的な技法として教えられ、医療や行政窓口の業務設計にも用いられている。
[33] Kotter, J. P. (1995). Leading change: Why transformation efforts fail. Harvard Business Review, 73(2), 59–67. https://hbr.org/1995/05/leading-change-why-transformation-efforts-fail-2
大規模な組織変革の試みを多数観察した経験に基づき、変革が失敗する典型的な原因を八つに整理した論説である。危機感の醸成が不十分であること、変革を導く連合が弱いこと、ビジョンの欠如や伝達不足、障害の放置、短期的成果の計画の欠如、早すぎる勝利宣言、変革の文化への定着の不足が挙げられる。これらの裏返しとして、変革を成功させるための段階的な過程が示された。本モデルでは、移行・体制構築(10)において、設計から運用への移行が失敗しやすい理由と、それを防ぐための段階的な手順を示す文献として参照した。経営学において最も広く読まれた論説の一つであり、変革管理の実務の共通語を形成した。
[34] Kotter, J. P. (1996). Leading change. Harvard Business School Press. https://books.google.com/books?vid=ISBN9780875847474
前掲の論説を発展させ、組織変革を導くための八段階の過程を体系的に解説した著作である。危機感を高める、変革推進の連合を築く、ビジョンと戦略を生み出す、ビジョンを周知する、従業員の自発を促す、短期的な成果を実現する、成果を活かして変革を推進する、新しい方法を文化に定着させるという各段階について、実例と失敗の要因が示される。管理と指導の違いや、変革における指導の役割も論じられている。本モデルでは、10における関係者の巻き込み、教育、定着の手順を設計する際の実務的な指針として参照した。後年の著作では、変革を一度の事業ではなく継続的な体制として組織に埋め込む必要性が強調されるようになった。
[35] Shadish, W. R., Cook, T. D., & Campbell, D. T. (2002). Experimental and quasi-experimental designs for generalized causal inference. Houghton Mifflin. https://books.google.com/books?vid=ISBN9780395615560
社会科学および行動科学における因果推論のための研究設計を体系化した教科書である。キャンベルの伝統を継承し、実験的設計と準実験的設計の論理、内的妥当性、外的妥当性、構成概念妥当性、統計的結論の妥当性という妥当性の類型、およびそれらを脅かす要因を詳細に整理している。無作為化が困難な現場において、比較群の設定、時系列の分析、回帰不連続などの設計を用いて因果を推定する方法も解説される。本モデルでは、12における評価が相関と因果を峻別し、反事実との比較に基づいて施策の効果を判断するための方法論的な基盤として参照した。評価研究や政策分析において、効果の主張がどの程度の妥当性をもつかを判断する共通の基準を提供している。
[36] Teece, D. J., Pisano, G., & Shuen, A. (1997). Dynamic capabilities and strategic management. Strategic Management Journal, 18(7), 509–533. https://doi.org/10.1002/(SICI)1097-0266(199708)18:7<509::AID-SMJ882>3.0.CO;2-Z
動的ケイパビリティの概念を提唱し、戦略経営論における主要な理論枠組みの一つを確立した論文である。著者らは、競争優位の源泉を市場支配力や資源の保有に求める従来の見方に対し、急速に変化する環境において内外の能力を統合、構築、再構成する企業の能力を動的ケイパビリティと定義し、それが組織過程、資源のポジション、経路依存性によって形づくられると論じた。戦略経営論において最も引用される論文の一つである。本モデルでは、13における構造的適応の能力を定義する原典として、後続論文との帰属の区別に留意しつつ参照した。感知、捕捉、変容という三区分は本論文には含まれておらず、後続の2007年論文に由来する点に注意が必要である。
[37] Teece, D. J. (2007). Explicating dynamic capabilities: The nature and microfoundations of (sustainable) enterprise performance. Strategic Management Journal, 28(13), 1319–1350. https://doi.org/10.1002/smj.640
前掲論文で提示された動的ケイパビリティの概念を精緻化し、そのミクロ的基礎を解明した論文である。著者は、動的ケイパビリティを、機会と脅威を感知し形づくる能力、機会を捕捉する能力、企業の有形無形の資産を再構成して競争力を維持する能力という三つの群に分解し、それぞれを支える組織的な過程、手続き、構造、意思決定のルールを詳細に論じた。感知、捕捉、変容という三区分はこの論文に由来する。本モデルでは、13の理論的背景として、この三区分の正確な出典を示すために参照し、とりわけ感知と変容が本段階に対応することを述べた。公共部門や医療組織の適応能力を分析する研究にも本枠組みは援用され、営利企業を超えて適用が広がっている。
[38] Argyris, C. (1976). Single-loop and double-loop models in research on decision making. Administrative Science Quarterly, 21(3), 363–375. https://doi.org/10.2307/2391848
意思決定研究を題材に、シングルループ学習とダブルループ学習の区別を組織研究の文脈で論じた初期の論文である。著者は、意思決定に関する研究の多くが、目標や前提を所与としたうえで手段の効率を問うシングルループの枠内にとどまっていると指摘し、前提そのものを問い直すダブルループ学習が個人と組織のいずれにおいても稀であることを論じた。また、そのような学習を阻む対人関係の様式と、それを変えるための介入の方向も示している。本モデルでは、ダブルループ学習の実証的稀少性に関する早期の指摘として第6.2節で参照した。半世紀近く前の指摘であるにもかかわらず、近年の系統的レビューが同様の結論に達していることは注目に値する。
[39] Argyris, C. (1991). Teaching smart people how to learn. Harvard Business Review, 69(3), 99–109. https://hbr.org/1991/05/teaching-smart-people-how-to-learn
高い能力をもつ専門職ほど、失敗から学ぶことが不得手であるという逆説を論じた論説である。著者は、有能な人々は成功経験が多く失敗の経験が乏しいために、失敗に直面すると防衛的になり、責任を外部に帰し、自らの前提を問い直すことを避けると指摘した。この防衛的推論は組織全体に広がり、学習を妨げる。対策として、自らの推論の過程を公開し検証に開く生産的推論の習慣を身につけることが提案される。本モデルでは、ダブルループ学習を阻む機序を説明する文献として第6.2節で参照し、13における制度的条件の設計につなげた。経営学において最も読まれた論説の一つであり、専門職の学習を阻む心理的機序を実務家に広く知らせた。
[40] Auqui-Caceres, M. V., Hörisch, J., & Schaltegger, S. (2023). Revitalizing double-loop learning in organizational contexts: A systematic review and research agenda. European Management Review. https://doi.org/10.1111/emre.12615
組織文脈におけるダブルループ学習の実証研究を系統的にレビューした論文である。著者らは128件の研究を分析し、この概念が広く引用される一方で、定義が研究間で一貫しておらず、実務への影響は表面的にとどまっていると結論づけた。その主因として、概念定義の複雑さと実装の困難さが挙げられる。また、今後の研究課題として、概念の明確化、測定方法の開発、ダブルループ学習を促進する組織的条件の解明を提示している。本モデルでは、ダブルループ学習の理想化に対する批判的知見の中心的な文献として第6.2節で参照した。本モデルが13においてダブルループ学習を要請しつつも、その実現を保証できないと述べる根拠の中心をなす。
[41] Robinson, V. M. J. (n.d.). Single and double loop learning [Unpublished manuscript]. University of Auckland. https://cdn.auckland.ac.nz/assets/education/about/research/LRG/Robinson%20(forthcoming)%20Single%20v%20Double%20Loop%20Learning.pdf
オークランド大学の教育研究者による、シングルループ学習とダブルループ学習の概念を整理した未公刊の解説稿である。著者は、アージリスとショーンの原典に沿って両者の定義を確認したうえで、組織学習および専門職の学習に関する実証研究が、ダブルループ学習は個人と組織のいずれの水準でも稀であることを示していると整理した。その理由として、因果関係の不透明性、確証バイアスに偏った認知処理、防衛的推論を許容する組織文化の三点を挙げている。未公刊の資料であることを明記したうえで、第6.2節において実証的稀少性の整理を補う文献として参照した。査読を経た論文ではないため、本稿では原典と系統的レビューを補う位置づけに限って用いている。
[42] Yin, R. K. (2018). Case study research and applications: Design and methods (6th ed.). SAGE. https://us.sagepub.com/en-us/nam/case-study-research-and-applications/book250150
事例研究の設計と方法に関する標準的な教科書であり、版を重ねて広く用いられている。著者は、事例研究を現代の現象を実際の文脈の中で調べる経験的探究と定義し、研究設計の構成要素、単一事例と複数事例の設計、資料収集の原則、分析の技法、報告の様式を体系的に解説した。とりわけ、標本から母集団を推定する統計的一般化と、事例の結果を理論命題へと一般化する分析的一般化を区別し、事例研究の妥当性は後者の論理で評価されるべきだと論じた点は、事例研究の方法論的地位を確立するうえで重要な役割を果たした。本モデルでは、単一の観察者に由来するという限界がどの主張を弱め、どの主張を弱めないかを論じるための方法論的な根拠として、第10章で参照した。
[43] Flyvbjerg, B. (2006). Five misunderstandings about case-study research. Qualitative Inquiry, 12(2), 219–245. https://doi.org/10.1177/1077800405284363
事例研究に対して向けられてきた五つの誤解、すなわち一般的知識は具体的知識より価値がある、単一事例からは一般化できない、事例研究は仮説生成にしか使えない、事例研究は検証者の偏りに弱い、事例研究は要約が難しい、という批判を一つずつ検討し反駁した論文である。著者は、決定的事例や極端な事例を戦略的に選ぶことによって単一事例からも一般化が可能であること、また一つの反証事例が理論を覆し得るというポパーの論理が事例研究に適用できることを論じた。専門知の獲得において文脈依存的な知識が果たす役割も強調される。本モデルでは、一人の実践者の深い経験が既存の枠組みへの批判として妥当性をもち得ることを示す根拠として、第10章で参照した。
[44] Eisenhardt, K. M. (1989). Building theories from case study research. Academy of Management Review, 14(4), 532–550. https://doi.org/10.5465/amr.1989.4308385
事例研究から理論を構築するための手順を体系化し、経営学における帰納的な理論構築の方法論を確立した論文である。著者は、研究の問いの設定、事例の理論的抽出、複数の資料収集法の併用、資料収集と分析の重なり、事例内分析と事例間比較、仮説の形成、文献との照合、理論的飽和による終結という段階を提示した。とりわけ、得られた命題を既存の文献のうち矛盾するものとも整合するものとも突き合わせることによって、理論の内的妥当性と一般化可能性を高めるという指針は広く受け入れられている。本モデルでは、少数の深い事例から概念的な構造を構築することの方法論的な正当性を示すとともに、経験と矛盾する文献との照合が不十分であるという本稿の弱点を測る基準として、第10章で参照した。
