81年目の夏も、過ぎていく
わたしが介護の仕事に就いた約20年前。
介護施設は、戦争体験者しかいなかった。
第一次世界大戦を語ってくれる95歳がいた。
東京大空襲を、昨日のことのように語ってくれる80歳がいた。
第二次世界大戦ではなく「大東亜戦争」と呼ぶ100歳がいた。
軍人恩給をもらっている、85歳がいた。
集団疎開で寂しい思いをした75歳がいた。
認知症で今日食べた朝ごはんさえ忘れてしまうけれど、戦争体験を忘れるひとはいなかった。
「ひもじくて」
「かなしくて」
「みんな燃えて」
「なんにもなくなった」
どの立場から語ってもらっても、切ないし、悲しい。
食べるものがなにもない生活を、したことがない。
空襲警報に起こされて、防空壕に子どもを抱えて飛び込む恐ろしさを、知らない。
空を飛ぶ飛行機のエンジン音におびえる生活を、したことがない。
家族を戦地に送り出して、布団のなかで声をこらえて、泣いたこともない。
集団疎開で家族と離れ離れになって、心細い夜を数えたこともない。
戦争を知らない幸せは、当たり前じゃない。
お腹いっぱいで、家族と暮らせて、夜もぐっすり眠れる日常が、81年前は当たり前でなかった。
当たり前でないことを語ってくれるひとも、この20年で減ってしまった。
介護施設でも、戦後の団塊世代が増えてきた。
戦争を語ってくれるひとがいないのは、81年前の夏から戦争が起きていないから。
起こさない努力を、し続けてくれたひとがたくさんいるから。
子どもたちと公園で遊べる幸せな夏が、ずっとずっと続きますように。

とわさんの記事を読んで、戦争体験を利用者に聞かせてもらった記憶がよみがえりました。
ありがとうございます。
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