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わたしがうつ病になったわけ #13

うさぎの赤い目玉が、ボーンと飛び出してしまう夢を見たのに悪夢とは思っていない人間です! というのが前回のお話。

車の運転中、みなさんは何をしていますか?
音楽を聞いている? 考え事をしている? それともただボーっとしている?

わたしはこのボーっとしている時間というのが、大好きなくせに、なんだか罪悪感を覚えてしまうのです。
誰に対してというわけではありません。
あえていうならば、自分の限られた時間を有効に使えなくて、自分の体にごめんねと思ってしまう。
休みたいのに休めない。
これってHSPの特徴でもあるわけです。

そして全員ではないとは思いますが、HSPの方って音楽の聞き流しが苦手ではないですか?
音楽が邪魔に感じてしまう。
おそらく思考の邪魔になるので、煩わしいと感じてしまう。

では車の中でどうやって時間を過ごすのか。
この頃気に入っているのが、Spotify。

その中でも「ミモリラジオ」を聞くことにはまっています。

ミモリラジオ

こちらは以前はポッドキャストで公開されていた、様々な生物を取り上げて知識を深掘って教えてくれるトーク番組。
自然ガイドをなさっているノダカズキさんと、まちづくりを学んでこられたアンディーくんの二人が、北海道の白老町から送ってくれる、自然に関する愛情があふれた情報番組です。

とにかく、聞くたびに目からうろこがボロボロ落ちるという経験ができます。
そしてとにかく自然ってすごい! なんて知恵に満ちた仕組みの中に成り立っているんだ!
その自然に生かされて、私たち人間は生きているし、文明を築いてきたんだと気づかされるのです。

わたしは生物学は大好きなのですが、歴史が苦手。
でも、その歴史も自然とのかかわりの中でできあがっているんだよと教えられると、俄然知りたいと思うジャンルに変わるのですから、やっぱり教育って、一面からだけじゃなくて、多面的につながる知識の喜びを伝えていかないといけないよねと思わされました。

貨幣経済だったのか!

今文学賞に出している小説にも書いた一節ではあるのですが、わたしは幼稚園児の頃から、ずっと気になっていることがあります。

それは何でもお店で買えると思ってしまっていることの危険性です。

変な幼稚園児ですよね。
でも、どうして身近にはないものを、金を出せばいつだって買えるじゃんって思って安心してしまえるのかが分からなかったのです。

始まりは祖母にもらった果物でした。
初めて食べた果物(なんだったんだろう? 覚えてないんだけど、おいしかった( ´∀` ))
すごくおいしいけれど、もらったものだから、次にいつ食べられるのかは分からない。

母に「これまた食べれる?」と聞くと、「スーパーで売ってれば買ってこれるよ」と返答が返ってくる。「でも外国の果物だから、あるか分からないね」

なんと! 外国からやってきたものでしたか!
そしたらやっぱりいつ食べられるか分からないじゃないか!
それに、スーパーに並んでいるものも、国産だとしても、トラックで運ばれて来なければ店頭に並ばない。

そう気づいた幼稚園児の脳裏に浮かんだのは、飛行機から落とされたミサイルで主要国道が爆撃される映像。
大きな道が封鎖されれば、トラックはやってこれない。
おまけに長野県は山に囲まれているから、他県に繋がる道は限られる。(と思う)
そしたら、毎日食べるものも手に入らなくなる可能性がある。
スーパーで食材を買えない危機に備えるにはどうしたらいいのだろう?

今なら言語化できるこの気持ちも、幼稚園児には不可能で、
「スーパーで買えなくなったらどうするの?」
「そんなこと起きないから大丈夫よ」
「でも買えないかもしれないでしょう。そしたらどうするの?」
「自分で育てるんじゃないの? おばあちゃんに野菜の育て方を教えてもらう?」
「う~ん、それでもいいけど…」

現実的な解決策として提示されるのは、確かに自分で生産できるようになること。
なのでしょうが、心の中のわだかまりというか不安というか、それが長らく言語化できなかったのです。

それがミモリラジオを聞いていて、そうだったのか! と初めて言語化できたのです。
わたしの抱いていた思い。
それは「貨幣経済への依存」の恐怖でした。

ブナの木

詳しくはぜひミモリラジオを聞いて頂きたいのですが、日本の文化を語る方法論の一つとして、「ブナ帯文化論」というものがあるそうな。

人間の生活の仕方、文化を決めるのは、人々の暮らしている場所がどんな森林帯であるのかということだという説です。

日本において縄文時代は、東北に人口の大部分が集結していたようなのです。
狩猟採取の時代なので、木の実がたくさん採れるブナの木がたくさん生えていた東北が、生きて食べていくには最適な場所だったのです。
木の実を食べる動物がやってくるから、狩猟ができる。
人間も木の実を採って食べることができる。

ところが弥生に入り、米を食べるという文化がで日本に入ってきます。
この米を食べる地域が、照葉樹林帯に属する日本でも暖かい地域になります。
そこから日本の人口は、東北から移動していきます。
縄文時代の遺跡である三内丸山遺跡が青森県。
弥生時代の遺跡である吉野ケ里遺跡は佐賀県。
文化の中心が移動しています。

そして当然生きる上での文化もちがってくるわけです。

その話の中で、わたしが胸をドキューンと射貫かれた話が、ブナの木の利用方法についての話でした。
ブナの木は、現在建材として使われることはあまりないそうです。
なぜならブナ材には水分が多く含まれていて、乾燥に時間がかかってしまって、しっかり乾燥できていないものは、反ってしまう。

でも美しい昔ながらの茅葺の家が立ち並ぶ白川郷の家は、ブナ材でできているのです。
あれ? 反ってしまうから使わないんじゃないの?

実は長期にわたってブナの木を水につけることで、反らないブナ材にすることができるのです。

昔の人は、なんでも金を出せば外国からでも物が買える便利な世界には住んでいません。
でも代わりに、身近にあるものを工夫して使っていく知恵を持っていたのです。

わたしたちは、便利さを金で買って、貴重な知識の価値を見失って捨ててきたのです。
これが、わたしの感じ取った恐怖だったのです。

現代のビルという木々が乱立する世界

ミモリラジオの中でも、東京に代表されるビルが森の木のように乱立する都市も、一つの森であって、異なる文化を作り上げていると語られていました。

お金で、衣食住も快楽も買う文化帯。
それはとても便利で、華やかで、楽しい世界かもしれません。
でも、その世界にいると、わたしは窒息してしまう。
人間が生きていくために持っていた知識を、古臭い、面倒、汚いと背を向ける世界が、偽物の世界に感じてしまうのです。
ガラス張りの清潔で細菌一ついない世界の中で、提供されたものを指でつまんで、決して汚れを自分にはつけない生活。
でもそのガラス張りの向こうには、自分の代わりに汗をながしている人がいる。みんなが大嫌いな虫が、がんばって受粉して飛び回ってくれている。
わたしは、ガラス張りの世界の中では生きたくない。
頑張っている人たちや虫たちに出会って、感謝して、その知恵を教えてもらって実践していくことで、自分の足で立って生きられる人になりたい。

だからそういう小説を書いて、違う世界を見せたいと思うのです。
知らないから嫌い、怖いと思っている世界が、実は光に満ちていることを伝えたい。
そんな思いで文章をつづっていきたいとおもっているのです。

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