「文化祭までは元気だったのに」~文化祭後、不登校になった生徒を見て気づいたこと~
はじめに
文化祭が終わった……
生徒たちは達成感に包まれ、教室には
「終わってしまった……」
という少し寂しい空気が流れます。
教師からすれば、大きな学校行事を無事に終えた瞬間です。
ところが、その後でした。
ある生徒が、学校に来られなくなりました。
私は、その生徒が家庭でどのような状態になっていたのかを、後になって保護者から聞きました。
そのとき、保護者が使った言葉が、今でも強く印象に残っています。
「ペラペラ、無気力、空っぽでした」
食事の時間になれば、食べ物を口に運ぶ。
しかし自分から食べているという感じではない。
ただ、自動的に口へ運んでいるようだったそうです。
声をかけても、うんともすんとも言わない。
表情もほとんど変わらない。
保護者から見ると、
「電池が切れたみたいでした」
という状態だったそうです。
文化祭までは元気だった。準備にも一生懸命取り組んでいた。
ところが、文化祭が終わった途端、まるで別人のようになってしまった。
そして、長時間眠る日が続きました。それが1日、2日ではありません。
しばらくその状態が続いた後、1~2週間ほどしてようやく少しずつ体力が戻ってきました。そして、気力も戻ってきました。
最終的には、学校へ登校できるようになったと聞きました。
この話を聞いたとき、私は考えました。
文化祭が終わった「後」に、いったい何が起きていたのだろう。
もちろん、この一つの事例だけから、
「文化祭を頑張りすぎると不登校になる」
などとは言えません。
不登校にはさまざまな背景や要因があり、文化祭だけを原因と考えることはできません。
それでも、この生徒の姿は、私に一つの大切なことを考えさせました。
それは、
子どもは、頑張っている最中だけでなく、頑張り終えた後にも変化を見せることがある
ということです。
文化祭が終わった途端、まるで「電池が切れた」ように
文化祭という行事は、学校生活の中でも独特です。
クラスで一つのものを作り上げる。部活動でパフォーマンスをする。
役割を決める。
練習する。
意見を出し合う。
うまくいかなければ、やり直す。
本番が近づけば、さらに準備が増えていく。
そして、本番当日は、それまで積み重ねてきたものを一気に出し切ります。
特に中心になって動く生徒ほど、準備期間中は生き生きしていることがあります。
「こうしたい」
「もっとこうしよう」
「ここを直したほうがいい」
そんな言葉を口にしながら、前へ前へと進んでいく。
教師から見れば、
「よく頑張っているな」
と思う姿です。
だからこそ、見落としやすいものがあります。
その子が今どれだけのエネルギーを使っているのか。
本人も、周囲も、正確には分からないことがあります。
文化祭が終わる。
それまで毎日のように考えていたことが、突然なくなる。
「次は何をするのか」という大きな目標が、いったん途切れる。
張り詰めていたものが、一気にほどける。
もちろん、これが今回の生徒に起きたことのすべてだと断定することはできません。
本人に直接聞いたわけではなく、私が知っているのは保護者から聞いた経過だからです。
ただ、文化祭が終わった直後に、これほど大きな変化が現れた。
その事実は、教員として強く印象に残りました。
そして私は、文化祭が終わった後の生徒を見るとき、
「終わったから、もう大丈夫」
と簡単に考えないようになりました。
「頑張っていた子」だからこそ、見えにくかったもの
学校では、頑張っている生徒ほど、周囲から安心して見られることがあります。
授業にも取り組んでいる。
行事にも積極的に参加している。
友達とも関わっている。
クラスのために動いている。
教師からすれば、
「この子は大丈夫だろう」
と思いやすい。
しかし、今回の生徒のケースを聞いて、私はそこに少し怖さを感じました。
「頑張っている」ということと、「余力がある」ということは、同じではないからです。
むしろ、本人が目の前の目標に集中しているときには、疲れや無理を感じにくいこともあります。
そしてその目標を達成した途端に、これまで張り詰めていたものが切れてしまう。
今回の生徒がまさにそうだったのか。
それとも、ほかの要因が重なっていたのか。
私には分かりません。しかし、
文化祭のような大きな学校行事の「後」こそ生徒の状態を見ておく必要がある。
そう考えるようになりました。
「休ませる」と「学校とのつながりを切る」は違う
今回のケースで、私がとても印象に残っているのは、保護者の対応でした。
子どもが学校へ行けなくなれば、親として不安になるのは当然です。
「どうして行けないの?」
「明日は行ける?」
「このままずっと行けなかったらどうしよう」
そう考えてしまうのも、無理はありません。
しかしこの保護者は、子どもの状態を見ながら焦って登校を促すのではなく、まず休ませていました。
そして、学校との連携も続けました。
担任と連絡を取り、クラスメイトとも協力しました。
学校へ戻ってきたときに、できるだけ困らないようにするためです。
授業がどこまで進んでいるのか。
ノートはどこまで取っているのか。
各教科で何をやっているのか。
必要な情報は何なのか。
それらを確認し、ノートのコピーを用意するなどして、復帰後の負担を減らしていきました。
私は、この対応がとても大切だったと思っています。
「休ませる」と「学校とのつながりを切る」は、同じではありません。
学校へ行けない。
でも、学校とのつながりまでなくす必要はない。
戻ってきたときに、
「休んでいる間に何が起きていたのか分からない」
「授業についていけない」
「みんなは先に進んでしまった」
という不安が少しでも減るように、周囲が準備しておく。
今回のケースでは、保護者、担任、クラスメイトがそれぞれの立場で支え、復帰したときに困らないよう準備していました。
そして、体力と気力が戻ってきたところで、その生徒は学校へ戻ることができました。
文化祭を頑張るな、という話ではない
ここは、誤解してほしくないところです。
文化祭には普段の授業では見られない子どもの姿があります。
人前に立つ子。
裏方で力を発揮する子。
友達や部員をまとめる子。
普段は目立たないのに、文化祭になると驚くほど積極的になる子。
一つのものを作り上げる経験は、子どもにとって大きな意味を持つことがあります。
大切なのは、
頑張っている姿だけを見て、「この子は大丈夫」と判断しないこと
なのだと思います。
文化祭の準備期間に、
「元気いっぱいに活動している」
「楽しそうにしている」
「クラスの中心になっている」
という姿が見えていたとしても、それだけで、その子の状態を判断することはできません。
そして文化祭が終わった後。もし、
急に長時間眠るようになった
朝、なかなか起きられなくなった
以前より口数が減った
好きだったことへの反応が乏しくなった
学校の話をすると、いつもと様子が違う
といった変化が見られたなら、
「文化祭が終わったから疲れただけ」
と決めつけず、まずは普段との違いを見てほしいと思います。
「原因を探る」よりも、「変化に気づく」ことのほうが大切
なのではないでしょうか?
おわりに
学校行事が終わった後に見せる子どもの姿は、一人ひとり違います。
だからこそ、目の前の「行けない」という姿だけで、その先まで決めつけない。
立ち止まった時間の先に、また歩き始めるときがくる。
この生徒の姿は、そう私の記憶に残っているのです。
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