17-石沼とは何か
連載『水晶が教えてくれた、この世の理』 ▶ 目次
皆さんこんにちは😊
人生にはときおり、石に強く惹かれる時期が訪れます。
一つ手に入れても、また次が欲しくなる。
次から次へと、心が、新しい石を求めてやまない。
あなたにもありますよね?
もちろん私にもありました😊
そう!天然石の世界で「石沼」と呼ばれる、あの現象です。
この石沼、はた目には、ただの浪費癖に見えるかもしれません。
けれど、私はそうは思いません。
石沼は、多くの場合、あなたの人生が変わろうとしているサイン。
魂があなたに、「変わりなさい」と、石を通して呼びかけているのです。
ただここが、いちばん大切なところなんですが。
この石沼には、まったく性質の異なる、二つの種類があります。
一つは、あなたを、ただ疲れさせるだけの沼。
もう一つは、あなたを、高いところへと運んでいく道。
同じ「石が欲しい」という思いから始まって、正反対の場所へと、向かうのです。
ここでも、道を誤らせる犯人は…自我です。
それでは、それぞれについて見ていきましょう。
無限石沼 ― 出口のない、堂々巡り
二つとも、出発点は、同じです。
魂が「この石だ」と、あなたに感動を送る。
前回お話ししたように、水晶に惹かれるその気持ちは、もともと、魂が発した感動なのです。
ところが無限石沼では、その感動を自我が捻じ曲げてしまいます。
魂はたしかにあなたに感動を伝えて「この石」と指示を出しました。
ところがそれを見たあなたの中で、自我がこうささやくのです。
「こんなの高すぎる。石の値段じゃない」
「石ってのは安いものだ」
「あなたには、不釣り合いだ」
石の値段がいくらが高すぎるとか、あなたに釣り合う石がどれかなんて絶対的な基準があるわけではありません。
考えてみれば理不尽な基準です。
でもあなたにこのような理不尽な基準を押し付ける…それが自我なのです。
高いと言われれば、そして不釣り合いと言われれば手が止まります。
けれど、欲しい気持ちは、消えません。
だから、妥協する。
手の届く範囲の、手頃な石で、その渇きを満たそうとする。
ですが満たされない。
魂が感動したのは、あくまで"あの石"だったのですから。
妥協した石を、いくら求めても、渇きは、癒えないのです。
こうしてあなたは、本当に感動した石を正面から見つめないまま、その周りをぐるぐると回り続けることになります。
買っても、買っても、満たされず、失われていくのはお金ばかり。
まさに、安物買いの銭失い。
出口が、どこにも、ないのです。
これが、無限石沼。
魂の送った感動を、自我が「ただ、何か石が欲しい」という物欲に捻じ曲げてしまった、終わりなき堂々巡りです。

正しい石沼 ― 高みへ登る、道
正しい石沼は、魂の導きによるもので無限石沼とは、まるで違います。
魂は、あなたに変わってほしくて、成長してほしくて、水晶と出会わせます。
ですから、この石沼が始まるのは、あなたが、人生の変化点に立っている、まさにそのときです。
自分に素直に…自我を相手にせず感動に素直に従うことで、あなたの精神は、静かに変わりはじめます。
この正しい石沼でも、石を求める衝動は一度きりとは限りません。
一つの石が、また次の石を呼ぶ。
水晶は、産地ごと、そして個体ごとに異なる波動を持っていますから、あなたの精神のそれぞれ違う場所にふさわしい石、というものがあります。
だから一つを求めれば、次、そして次と、求める心が続いていく。
けれど、これは堂々巡りとはまったく違います。
同じところを回っているのではなく、一段ずつ、登っている。
感動を覚える石を求めるたびに魂が求める方向へと、あなたの人生が少しずつ変わっていく。
無限石沼と最も違うところは、この石沼にはちゃんと終わりがあるということです。
石を集めて、魂が満たされると、石が欲しいという衝動は潮が引くように、静かに、消えていきます。
そして心境の変わったあなたは、魂とともに生きる道を歩み始めます。
この正しい石沼は、また数年後か、数十年後か、あなたが次の変化点に差しかかったとき、また始まるかもしれません。
けれど一度は、必ず終わるのです。

あなたの石沼は、どちらですか
無限石沼と、正しい石沼。
どちらも始まりは同じ「感動する石が欲しい」という一つの思いです。
ですが、自我がそれを捻じ曲げれば出口のない堂々巡りになり、魂に素直に従えば、精神的な高みへ登る道になる。
では、その二つを、どうやって見分けるのか。
答えは単純明快です。
値段でも効能でもなく、"感動"で、選べているか。
あなたが本当に心を動かされた石を、自我の囁きに惑わされず、まっすぐに、見つめられているか。
感動に従うとき、石沼は、自己変革への道となります。
もし、あなたが今現在石沼で苦しんでいるのであれば、自分の心に問うてみてください。
自分は本当に自分の気持ちに素直に石を求められているか。
ただ欲しい気持ちだけを持て余して、自分でもどうでもいいと思うようなつまらない石ばかりを求めてはいないか。
欲求不満の吐け口として、もしくはライブ販売で他人より早く買うことに快感を覚えるだけのために石を買っていないか。
石とは面白いものです。
自分の心に素直に従えば、精神的な働きをします。
その辺のモノと同じ扱いをすれば単なるモノとなります。
あなたにとって石とは、どちらの存在でしょうか。
今日も、ごきげんよう😊
ただのおじさん
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『水晶が教えてくれた、この世の理』
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