孤独な慈悲の王~~心を得たアンドロイド~~(6)
第6話・・・喜びと悲しみ
ある朝、エルードはメアを呼び出し
「メアよ・・・命令を出す」
と、告げると、メアの表情が僅かに引き締まり
「何なりと」
と、短く返した
エルードは、穏やかな笑みを浮かべながら
「エルフ種族の医師・エリダスの指示に従い、負傷した兵士たちの治療と看護を手伝ってくれ」
と、命じると
メアは、一瞬だけ無表情のまま瞬きをし
「・・・治療と看護、ですか」
と、僅かに首を傾げた
【治療・・・負傷した者の機体を修復する行為・・・看護・・・修復中の者の状態を維持管理する行為】
と、『頭脳』が瞬時に処理をし
「承知致しました」
と、淡々と答えたものの
【だが、それは・・・私の『使命』とどう関係があるのだ?】
と、メアの『頭脳』の奥では、小さな疑問の電流が流れていたのだった
・・・・・
城内の一角に設けられた野戦病院は、傷ついた兵士たちの呻き声と、薬草の青い香りが混ざり合う場所だった
そこに、エルフ種族の女性医師・エリダスがいた
長い銀の髪を一つに束ね、白い医師の外套を纏った彼女は、ベッドに横たわる兵士の傷口を丁寧に診ながら、メアが入ってきた気配に顔を上げ
「あなたが、メアね」
と、静かに微笑んだ。
メアは、無表情のままエリダスを見つめ
「はい・・・エルードの命令で参りました」
と、端的に答えると
エリダスは、くすりと笑い
「戦事以外の命令だなんて、エルード様らしいわね・・・まあ、どんな理由でも歓迎よ、人手は幾らあっても足りないもの」
と、立ち上がりながら
「最初は私の隣で、私がする事をよく見ていてちょうだい」
と、柔らかく促した。
メアは、無言でエリダスの隣に並び
【観察・・・情報収集・・・了解した】
と、処理をし、エリダスの一挙一動を『眼球』で精密に記録し始めた
・・・・・
エリダスの手は、まるで生き物のように動いた
傷口を洗い、薬草を丁寧に当て、包帯を巻く・・・その間、彼女は必ず患者に声をかけた
「痛いでしょう、もう少しだけ我慢してね」
「あなたはよく頑張った・・・ゆっくり休みなさい」
メアは、その光景を黙って記録し続けた
【エリダスは・・・治療の技術だけでなく、何故、"言葉"を投げかけるのだ?】
と、疑問が生じ
「エリダス・・・何故、声をかけるのですか?治療の効率には関係ないはずです」
と、無表情のまま問いかけると
エリダスは手を止めずに、穏やかに答えた。
「傷ついた体と同じくらい、心も傷ついているの・・・声をかけるのは、その心に手を当ててあげる事なのよ」
メアは、その言葉を
【心への・・・手当て】
と、処理しようとしたが、うまく答えが導き出せず
「・・・理解出来ません」
と、素直に返した
エリダスは、メアをちらりと見て、優しく微笑み
「それで良いわ・・・今は見ていれば、いつか分かる時が来るから」
と、答えながら、次の患者の元へと足を向けたのだった
・・・・・
数日が過ぎた頃、メアは治療の基本的な手順を、完全に習得していた
傷口の洗浄・薬草の処置・包帯の巻き方・患者の体位の変え方・・・
どれも、エリダスが一度見せれば、メアは次の瞬間には正確に再現できた
「本当に覚えが早いわね・・・」
と、エリダスが感嘆すると
「情報の取得と再現は、私の基本機能です」
と、メアは無表情で答えたが、エリダスはそんなメアに、少しだけ悪戯っぽい笑みを向け
「じゃあ、次は声かけも、やってみてちょうだい」
と、命じた
メアは、一瞬だけ固まり
「・・・声かけ、ですか」
と、困惑を滲ませながら呟いた
【声かけ・・・心への手当て・・・だが、私には"どう言葉を選べば良いのか"分からない】
と、処理に迷いが生じたまま、メアは次の患者のベッドへと近づき
「・・・痛い、ですか」
と、ぽつりと問いかけた
患者の若い兵士は、最初こそ"あの化け物が喋った"と、目を丸くして身を竦めたが
やがて、メアの無表情の顔をじっと見て
「・・・あ、ああ・・・少し、な」
と、恐る恐る答えた
メアは、エリダスの言葉を反芻し
「・・・もう少しだけ、我慢してください」
と、淡々と、しかし真っ直ぐな目で告げながら、包帯を巻き始めた
兵士は、しばらく黙ってメアの手元を見ていたが
「・・・お前、不思議な奴だな」
と、ぽつりと漏らし、やがて小さく笑った
メアの『頭脳』の中で
【今・・・この兵士の顔が、"喜の変化"をした・・・】
と、処理が走り
【この電流の感覚・・・以前、エルードの顔の"喜の変化"を見た時と、同じ感覚だ】
と、気づいた時
メアの表情に、ほんの僅かだが、柔らかな色が差したのだった
それを遠くから見ていたエリダスは
(あら・・・)
と、目を細め、静かに胸の内で微笑んだ
・・・・・
やがて、メアの存在に慣れてきた兵士たちは、少しずつ変わっていった
最初は、ベッドの横に無表情で立つメアを見て、身を強張らせ、声も出せなかった者たちが
「メアよ、水をくれないか」
「メア、傷が痛む・・・」
と、自ら声をかけてくるようになり
メアも、その都度
「・・・少し待ってください」
「今、エリダスを呼びます」
と、短くではあるが、応えるようになっていた
そしてある夕方、一人の古参の兵士が、包帯を巻き終えたメアを見上げ
「メアよ・・・ありがとうな」
と、皺だらけの顔に笑みを刻んで礼を言った
メアは、その言葉を受け取り
【・・・ありがとう】
と、処理をし、何を返せば良いのか、暫し止まった後
「・・・どういたしまして」
と、ぎこちなく、しかし確かな言葉を返した
【頭脳の回路が・・・またスムーズになった】
と、メアは静かに気づいていた
・・・・・
だが、野戦病院には、"喜び"だけが満ちている訳ではなかった
ある夜、一人の若い兵士が、容態を急変させた
エリダスとメアは、出来る限りの処置を施したが
夜明け前、その兵士は静かに息を引き取った
メアは、その瞬間をただ無表情に見つめ
【・・・機体の機能停止を確認した】
と、処理をしていた
その翌日、兵士の遺族が野戦病院に訪れた・・・老いた母親だった
エリダスが穏やかに経緯を説明する間、老いた母親は最初は静かに聞いていたが
やがて、病院の隅に立つメアの姿に気づき
「・・・あなたが、息子を治療したというのですか」
と、震える声で問いかけた
メアは
「はい・・・エリダスの指示に従い、処置を行いました」
と、無表情で答えた
老いた母親の目に涙が溢れ
「なぜ・・・なぜ、助けられなかったのですか!!!」
と、声を上げた
メアは、その言葉を受け取り
【なぜ、助けられなかったのか・・・処置は完遂した・・・だが、結果は・・・】
と、処理をしようとしたが、答えが導き出せず
【・・・この胸の奥の、重い電流は・・・何だ?】
と、初めて感じる種類の電流に、『頭脳』の処理が鈍くなっていった
エリダスが、老いた母親の傍に寄り添い
「メアは、最後まで懸命に息子さんを看ていました・・・どうか、それだけは信じてください」
と、静かに語りかけ、老いた母親を外へと案内していった
病院の中に、メアだけが残された
しばらくして、エリダスが戻ってくると
メアは、亡くなった兵士のベッドの前に、ただ立ち尽くしていた
「メア・・・大丈夫?」
と、エリダスが優しく声をかけると
「・・・大丈夫の意味が、今は処理できません」
と、メアは静かに、しかし何かが滲んだ声で答えた
エリダスは、メアの隣にそっと並び
「今、胸の奥が重くなっている?」
と、問いかけると
「・・・はい」
と、メアは短く答えた。
エリダスは、そのまま柔らかな声で語りかけた。
「それが、悲しみよ・・・助けたかったのに、助けられなかった時に、人の心が感じる痛みの事」
メアは、その言葉を
【悲しみ・・・】
と、処理し
「・・・私は、助けたかった、のですか」
と、自分の言葉を、まるで問い直すように呟いた
エリダスは、静かに微笑み
「あなたが今感じている事が、その答えよ」
と、答えた
メアは、亡くなった兵士のベッドをもう一度見つめ
【助けたかった・・・この重い電流が、そう言っている・・・】
と、ゆっくりと処理をした
「エリダス・・・もう一つ、聞いても良いですか」
「もちろん」
「遺族の母親は・・・なぜ、私に怒りをぶつけたのですか?」
エリダスは、少し間を置いてから
「悲しみが大きい時・・・人はその痛みを、誰かに向けずにはいられない時があるの・・・あのお母さんは、あなたを責めたかった訳じゃない・・・ただ、悲しくて、悲しくて、どこかに置き場所がなかっただけよ」
と、優しく語りかけた
メアは、その言葉を静かに受け取り
「・・・悲しみには、置き場所が必要なのですか」
と、呟いた
「そうよ・・・だから人は、誰かに話しかけるの・・・話す事で、少しずつ、置き場所を作っていくの」
メアは、しばらく黙って
その言葉を、『頭脳』の奥深くに、静かに仕舞い込んだ
・・・・・
その夜、エルードは、エリダスからメアの様子を聞き
「メアが・・・悲しみを感じた、か」
と、静かに呟き、暫く遠くを見つめた後
「エリダスよ・・・引き続き、頼む」
と、頭を下げた
エリダスは、柔らかく笑い
「エルード様・・・メアは確かに変わっています・・・でも、感じる心は、ちゃんとあります」
と、答えた
エルードは、その言葉に目を細め
「そうか・・・」
と、胸の内で、あの日の言葉を思い返した
―― 頭脳の回路が、スムーズになった ――
(少しずつ・・・確かに、芽吹いている)
と、エルードは、静かな確信を胸に抱くのであった。
一方のメアは、その夜も野戦病院の片隅に立ち、眠る兵士たちを静かに見守りながら
【喜び・・・悲しみ・・・】
と、今日一日で得た、二つの電流の名前を、『頭脳』の中で静かに繰り返していた。
【これが・・・感情、というものか】
と、メアはただ無表情のまま
しかし、その『頭脳』の奥では、かつてないほど、穏やかな電流が流れ続けていたのだった
第7話へ・・・
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