第3章「日本語ボランティアで学んだ「伝える力」
第2章の続き、
教え方のコツが少しずつわかってきた矢先、新たな気づきが生まれた。
日本語の使い方ではなく、もっと手前の話。日本に来ている彼女たちが、日本に対してどんなリアルな声を持っているのか。自分はそれを、ちゃんと聞けていただろうか。
第3章 教えることから学んだ「傾聴」の大切さ
「先生、質問いいですか?」
いつものように、彼女が手を挙げた。文法の質問だろうか、それとも単語の意味だろうか。そんなことを考えながら「どうぞ」と答えた。
でも、彼女が口にしたのは、日本語の質問ではなかった。
「日本で働くの、難しいです。みんな優しいけど、私の日本語、まだダメだから……」
ハッとした。彼女が求めていたのは、文法の正しさでも、流暢な日本語でもなかった。ただ、自分の不安を聞いてほしかったのだ。
教えることは、一方的に知識を与えることじゃない。相手の声に、まず耳を傾けることから始まるのだと、その時初めて気づいた。
そこからは、互いのより現実的な文化のギャップについて話すようにした。
彼女はいつも謙虚だった。
自分たちの国のやり方を一方的に押しつけるのではなく、互いの文化や考えを尊重し合いたいという姿勢が見えた。
自分も同じ気持ちだったので、シンプルにこう言った。
「日本の嫌なところ、疑問に思うこと、逆によかったこと。ネガティブでもポジティブでもいいから聞かせてほしい。それに対して怒らないし、直そうともしない。ただ、合ってるかわからないけど説明はできるよ。お互いのギャップについて、前向きに楽しく話してみよう」
すると、いろんな話が返ってきた。日本の職場のあり方。電車がやけに静かなこと。トイレがきれいすぎること。時間を守ること。
そして、こんな質問も。
「日本はこんなに整っているのに、なぜか人々は疲れきっている。なぜ?」
鋭い。そしてリアルだった。
自分はいち個人の意見として、こう答えた。
「日本人は気を使いすぎるし、本音と建前の社会なんだ。互いにいい関係でいるためにはそれが大事かもしれないけど、本心の自分でいることが許されない時がある。出る杭は打たれる、って感じかな。シンプルに疲れる!笑」
笑いながら言った。彼女も笑っていた。
こうして対話を重ねる中で、また一つ気づいたことがあった。
受講生は日本語を習いに来ているのはもちろんだけど、習いながら使いたい。日本語で話したい。日本語で学びたいんだ。
でも、日本の授業スタイルは基本的に受け身だと感じている。インプットのみで、教える側が相当優秀じゃないと成立しない。
それに、100人に説明して100人が完全に同じ理解をするなんてありえない。教える側がどれだけ丁寧に伝えても、受け取り方は人それぞれだ。それを、身をもって実感した。
自分も受け身スタイルは好きじゃなかった。教える側が自己満で終わったら意味がない。そう思っていたからこそ、よりリアルに感じた。
そこからまた、少しスタイルを変えた。
彼女が望むことを会話の中で読み取ろうとした。自分の経験や他人の経験談、互いの偏見など、ありとあらゆる角度を客観的に見るようにした。
マニュアルも正解もない。ただ、目の前にいる人の声に耳を傾け、その人に合った言葉を一緒に探していく。
「傾聴」とは、ただ聞くことじゃない。相手の言葉の奥にある想いや願いを感じ取り、それに応えようとすることなんだと、ようやくわかってきた。
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