第2章「日本語ボランティアで学んだ伝える力」
前回の第1章では、日本語教室との出会いと、最初にぶつかった壁を書きました。
今回はその続き。なんとかしてでも伝えたくて、切磋琢磨しながら試行錯誤した実体験を書いていこうと思います。
第2章 「伝える力」〜伝わる言葉・伝わらない言葉〜」
「簡単に言えばいいんだ」
最初はそう思っていた。難しい言葉を使わず、ゆっくり話せば伝わるだろうと。でも現実は違った。
「ちょっと待ってね」「なんとなくこんな感じ」「まあ、そういうことです」
何気なく使っていた言葉が、学習者たちを混乱させた。
「ちょっとって、どれくらい?」
「なんとなくって、具体的には?」
彼らの困惑した表情を見て、初めて気づいた。自分が普段どれだけ曖昧な言葉に頼って生きているかを。
伝わる言葉とは、正しい文法や豊富な語彙だけではない。
相手の理解度や背景に合わせて、丁寧に選び抜かれた言葉なのだ。
そのことを、失敗を重ねながら学んでいった。
ある時、ふと思った。
第二言語を学んだことのない人が、学んでいる人の気持ちをわかるはずがない。
自分は「教える側」としてしか立っていなかった。
でも、学習者たちが感じているもどかしさ、悔しさ、小さな成長の喜び、それを本当に理解しているだろうか。
その疑問が、自分を動かした。ここから、英語の勉強を始めることにした。
始めようとしたはいいものの、学生時代にろくに勉強してこなかった人間に、勉強の仕方なんてわかるはずもなかった。だからまず、勉強の仕方を勉強した。
どうすれば記憶力が上がるのか。どうすれば効率よく英語ができるようになるのか。
とりあえず英語に触れよう、慣れようと思って、アプリから動画まで毎日ひたすら英語に触れる時間を増やしていった。
朝の散歩中に英語の本を読む。発音練習。シャドーイング。文法書を1日1ページ。パターン英語をひたすら聴く。
この期間がだいたい3ヶ月くらい。
毎日3時間以上触れているのに、成長しない。
受験勉強をほぼしたことがなかったから、
「やってるのに、なんで喋れるようにならない?」
そんな焦りと苛立ちが募った。
何回も挫折しかけた。
それでも続けられたのは、習慣化の仕方を知っていたからだ。
最初に決めた「まずは英語に触れる」を習慣にしていたから、やめようにもやめられなかった。
そして、もう一つ。
受講生にもっとわかりやすい説明をしてあげたい。
その気持ちが、自分を支えていた。
英語学習で挫折しかけたある日、ふと思い浮かんだ。
あの子たちは、ちゃんと日本語を喋れないけど、今ある知識だけでなんとか伝えようとするあの姿勢。もっと丁寧に質問したいけどできないもどかしさ。
その時、初めて本当の意味で気持ちがわかった気がした。
毎回100%理解させるのは無理なんだ。
気持ちがわかり始めてから、受講生たちにこう言った。
「私も100%理解させるのは無理です。時には間違えるし、間違った教え方をします。その時はごめんね」
それからは、教え方を変えた。
母国語で例えると何にあたるかをAIに調べて見せたり。
絵を見せながら簡単な日本語で説明したり。ジェスチャーをしたり。
必要な時は翻訳機も使いながら。
自分が英語学習で「こう説明してくれるとわかりやすい」と感じた実体験を、そのまま受講生にもやってみた。
結果は、7割5分くらい……笑。
でも、最初よりずっと反応がいい。反応のよかった方法を参考に、切磋琢磨しながら日々考えてやっていた。
大切にしていたのは、マニュアルではなく、その場その時の雰囲気だった。
相手の表情、声のトーン、質問の仕方。
それらを感じ取りながら、柔軟に対応していく。正解は一つじゃない。その人その人に合った伝え方があるんだと、少しずつわかってきた。
受講生が「わかった!」って顔をした時の、あの反応がたまらない。
本当にわかった時は、すぐに自分で「これはこうだよね?」って、つたない日本語でイキイキしながら喋ってくれる。
楽しそうで、こっちも「そうそう!」って一緒に嬉しくなって、なんか一体感が生まれて、最高に気持ちのいい瞬間だ。
伝わる言葉とは、一方的に与えるものじゃない。相手と一緒に探していくものなんだと、ようやくわかり始めていた。
第3章はこちら
教えることから学んだ「傾聴」の大切さ
