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#33 義母の“赤ちゃん攻撃”が止まらなかった話

義母は、ことあるごとに言ってきた。
——私だけに。

「赤ちゃん、早よ作ってね」
「まだなん?」


年賀状には《子どもはまだですか?》の文字。

——勘弁してくれる?

電話でも、わざわざ声のトーンを下げて言う。

「赤ちゃん、どないなってんの?」

——“どないなってんの”て。
そんなこと聞かれても。宅急便か?




私は一度だけ言った。
「出来たら一番に報告しますから」

……通じてなかった。

ある日、義母はため息混じりに言った。

「……アズちゃん、なんか太ってきた?
赤ちゃん出来たんかと思ったわ」

——は?



何より嫌だったのは、義妹家族の前でも“赤ちゃん赤ちゃん”を連呼すること。

義妹のハルカさんが、やんわり止めてくれたこともある。

「気が早いって」

でも義母は一蹴した。
「あんたはすぐに出来たやないの!」

——それ、何の比較ですか?

私にとって「子どもはまだ?」という言葉は、
夫婦関係への土足の踏み込みに等しかった。

気持ち悪い。
他人に言われても嫌なのに。
まあ、義母も他人やけど。



そして、ふと思った。

——もし子どもができたら?
この人の孫?

……なんか、嫌かも。



実家の母に愚痴をこぼした。
「お義母さん、子ども子どもって、ほんまうるさい…」

母はため息をついた。
「元夫さん、長男やからな」

私は反論した。
「でも、跡取りが必要な家じゃないのに」

母は静かに言った。
「考えが古い世代なんよ……適当に流しとき」

——確かに、世代ギャップはある。
それ以前に、配慮というものが全くないのが理解出来なかった。



数か月後。義実家で。
元夫がコンビニに行っている間。

義母が突然、怒気を孕んだ声で叫んだ。
姪と甥が遊ぶ横で、義妹夫婦もいる前で。

「赤ちゃんは、まだかいな!?」

……え?
怒られた?

私は思わず小声で言った。
「……ま…まだです……」

「みんな言うやろ?実家のお母さんとか」

「……いえ、言われたことないです」

「そうやろな、言いにくいもんな」


——私は絶句した。

分かってて言ってたんや……。
無理。
ほんま、無理。
最悪!




その夜、ついに私は元夫に言った。

「夫婦のことに口出ししないように、お義母さんに言ってくれへん?」

元夫は面倒くさそうに言った。
「……言うたやん。“あの人には気ぃ遣わんでええ”って」

確かに、元夫は結婚前から母親との距離を取っていた。顔合わせは渋って先延ばし。
お正月の挨拶も「行かんでええ」と。

でも、それはそれ。



数日後。元夫はアッサリ言った。
「母親とは縁を切った」

……あまりにも軽かった。
「どういうこと?」

「もうええねん。アズちゃんに嫌な思いさせたくないから。距離置くわ」

——私は「守ってほしい」とは言ったけど、
「縁を切って」とは一度も言っていない。



絶縁は、義妹のハルカさんに伝えたという。

元夫が入浴中に携帯をこっそり見た。
メールには、こんな文章があった。

「もう、オカンとこには行かんから」
「アズがすごいヒステリーで」
「夫婦関係に関わるから」
「悪いけど、これからのことはそっちでやってほしい。介護もしません」


……私のせいになってる。



数か月後、ごみ箱に白い封筒が捨てられていた。
義母からの手紙だった。
義父の十三回忌の案内。
もう日付は過ぎていた。

その後、私は一度も義母と会っていない。



なぜ、元夫は母親を嗜めることから逃げたのか。

——心当たりがある。

元夫の、婚約破棄の過去。
理由は、相手の親の猛反対。
妊娠していたのに。
子どもも結婚も、無くなった。


その話を、私は手帳の手記で知ってしまった。
もちろん、本人からは何も聞いていない。

義母がうっかり口を滑らせるのを
元夫は恐れていたのだと思う。
だから“逃げる”という手段を選んだ。



義母が“赤ちゃん”に固執していたのも、
——“抱けなかった孫”への執着だったのか。

私には関係ない話だけど…。
モヤモヤとした後ろめたさだけが残った。

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