篠原勝之『骨風』──鉄のゲージツ家より風の文筆家
「鉄のゲージツ家は、戯言のように聞いていました。」
「しかし、著書は強く惹かれましたね。」
Sのこの告白を聞いた瞬間、胸の奥で何かが静かに鳴りました。
あの豪快で、破天荒で、
テレビでは“道化”のように振る舞っていたクマさん。
その背後に、こんなにも濃密で、静かで、
深い“骨の声”が潜んでいたのか──
そう思わずにはいられませんでした。
彼の死は、私たちにひとつの問いを残しました。
「人は、何によって本当の姿を遺すのか。」
鉄ではなく、言葉でしか遺せなかったもの
Sが指摘しているように、
ピカソや岡本太郎のような
「確かな技術の土台」があるからこそ成立する“爆発”は、
クマさんの鉄の造形からは感じにくかった。
その指摘は、実に誠実で、公平で、鋭い。
しかし、だからこそ彼は、 鉄ではなく、言葉で自分を溶接した。
『骨風』の文章には、
鉄では受け止めきれなかった「生のざらつき」がそのまま焼き付いている。
家族の情念、暴力の記憶、家出少年の孤独──
それらは鉄の塊には収まらず、 白い紙の上でようやく形を得た。
Sが示したこの一節は、まさに核心を突いています。
「造型物としては洗練されて見えなかった彼のエネルギーが、
文章になった途端、
とてつもないリアリティと美しさを持って機能し始めた。」
クマさんは、鉄ではなく、
言葉で自分の“骨”を彫った人だったのだと思います。
「歩く者」の美しさ──
原田マハの物語と響き合うもの
Sの原田マハ論を読んで、私は思いました。
Sの読書体験の奥底には、 「歩く者」への深い敬意が流れている。
伊能忠敬が四千万歩を歩き、
山中すてらが数万行の文字を積み重ねたように、
クマさんもまた、 鉄と、言葉と、人生を“歩き続けた人”だった。
彼の人生は、決して軽やかな回転木馬ではなかった。
むしろ、泥だらけの足で、
重たい鉄の塊を引きずりながら歩くような日々だった。
けれど、その歩みは確かで、
その一歩一歩が、 彼の文章の硬度と透明さを生んだ。
原田マハの物語にSが見出した「光」は、
クマさんの文章にも確かに宿っている。
それは宗教的な救いではなく、
人間が自分の足で前へ進むときにだけ生まれる、あの静かな光。
「オサラバの時がきちゃったよ」──
最期の言葉に宿る、風のような死生観
彼は亡くなる日の朝、
「ついにね、オサラバの時がきちゃったよ。アバヨ」 と残した。
なんという軽やかさだろう。
なんという潔さだろう。
『骨風』の中で彼が語っていた、
「人間が死ぬことは地球にとってきれいになっていいこと」
という深沢七郎への共感が、
最期の瞬間まで一貫していた。
死を恐れず、 死を飾らず、 死を“風”のように受け入れる。
その姿勢は、 Sが語っていた「光の物語」と同じ構造を持っている。
絶望ではなく、 救いでもなく、 ただ静かに前へ進むための“風”。
骨風は、今も吹いている
クマさんは、鉄の彫刻家としてよりも、
言葉の彫刻家として、 私たちの心に深く刻まれた。
Sが言っているように、 「著書は強く惹かれましたね」という驚きは、
彼の本質が“作品”ではなく“文章”に宿っていた証だと思います。
そして今、 彼の死を前にして、 私たちはようやく気づくのです。
彼はずっと、風のように生きていた。
そして今、風そのものになった。
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