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🕊️人生のしおり|できることが減っても、その人であることは変わらない。──看護の中で気づいた「見えない心」

こんにちは、Pö♡niiです🕊️

看護師・終末期ケア専門士として、多くの人生に触れる中で、生きることや人との関わりについて、一人の人間として受け取った学びや気づきを綴っています。


🕊️人生のしおりの記事はこちらから。


人は病を患ったり、歳を重ねたりする中で、今までできていたことができなくなることがあります。

そんなとき、できなくなったことをきちんと知ることは大切です。
必要な支援につながり、その人の安全を守ることができるからです。

でも、できなくなったことばかりを見ていると、その人の「心」が置いていかれてしまうことがあります。
今日は、そんなお話をしたいと思います。











1.できなくなったことを見る理由


医療の場で出会うとき、多くは病を患ったあとになります。

そのため医療者にとっては、機能が低下した状態が、その人との最初の出会いになることがあるのです。
だからこそ、その姿がその人自身なのだと錯覚してしまうことがあります。

一方、在宅では、元気だった頃を知っているからこそ、ご本人やご家族が状態の変化を受け入れられず、必要な支援につながらないこともありました。

だから、今の状態を正しく知ることは、その人に合った支援につながり、安全を守ることができるので大切なことです。

ただ、「できないこと」がその人のすべてではありません。

そこだけを見ていると、置いていかれてしまうものもあるのでした。









2.見たことのない表情


私自身、看護師になってすぐの頃は、忙しさや経験不足もあり、
教科書の知識や先輩の声を頼りに、医療的なことばかりを見て、本当の心を見ようとできていませんでした。


ある日の勤務終わり。

廊下を歩いていると、
ふと病室のベッドに横たわる患者さんと目が合いました。


胃ろうから栄養が入っている方で、普段は表情がほとんど変わらず、声を出すところも見たことがありませんでした。

そのとき、静かに泣いている顔が見えました。

それは、見たことがない表情でした。

驚きと共に、申し訳ない気持ちになりました。

話せないから。
表情が変わらないから。 

どこかで「わからない人」だと思い込んでいたのだと思います。

見る余裕がなかったのか。
見ようとしていなかったのか。

その人には、私には見えていなかった心がありました。







3.見える支援と見えない心


これは、話せない人や動けない人だけの話ではありません。

例えば認知症になると、今いる場所がわからなくなったり、何をどうしたらいいのかわからなくなったりすることがあります。

症状に対して薬を使ったり、できなくなった部分をケアしたりすることは、もちろん必要な支援です。

だけど、毎日何度もケアを繰り返す中で、支援する側にも余裕がなくなることがあります。

同じ言葉や行動が繰り返される中で、つい呆れた表情をしたり、冷たく対応してしまったり。


そんなとき、患者さんが攻撃的になることもあるのです。

その行動は、「問題行動」として捉えられ、薬で一時的に落ち着かせることもありました。


でも、その人の心に目を向けると、少し違った景色が見えてくるのだと思います。

例えば自分が、気づいたら知らない場所にいたら。

周りにいる人が誰かわからない。
これから何をされるのかもわからない。

そんな状況になったら、きっと不安や恐怖を感じると思うのです。

一番不安だったのは、患者さん本人なのかもしれません。

そこに冷たい態度が加われば、不安が恐怖になり、その恐怖が怒りとして表れることもあります。

それでも、私たちから見えるのは「怒っている」という姿だけ。

その奥にある不安や恐怖は、目には見えません。

在宅でも、ご家族が本人を叱る場面を何度も見ました。

そんなご家族の隣で、恥ずかしそうな、情けなさそうな表情になる人もいました。怒り出す人もいました。

病院でも、在宅でも同じだったのです。

目に見える行動だけではなく、その奥にある心にも目を向けること。
それも大切なケアのひとつなのだと思います。







4.本当の思いを想像する


在宅で穏やかに過ごしている人の周りには、穏やかに寄り添う人たちがいることがありました。

もちろん、病状によっては関わり方や環境を整えるだけでは難しく、医療や薬が必要なこともあります。

それでも、

「これができなくなって、本人はどんな気持ちなんだろう」

「何も思っていないんじゃなくて、うまく伝えられないのかな」

そんなふうに想像することはできます。

病気になっても。
歳を重ねても。
話せなくなっても。
動けなくなっても。

できることが減っても、その人であることは変わりません。

必要な支援を考えることと、その人の心を想像すること。

どちらも大切なのだと思います。






【おわりに】


私自身、最初からその人の心を見られていたわけではありません。

あの日、静かに泣いていた患者さんを見て、初めて気づいたことがありました。

目に見えていることだけで、その人の心まで決めつけることはできない。

全部を理解することはできなくても、

「本当は、どんな気持ちなんだろう」

「自分が相手の立場だったらどう思うだろう」

と想像することはできます。

できなくなったことだけではなく、その奥にいる「その人」を見ること。

あの日の患者さんの表情は、今でも私の中に残っています。

今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました🕊️🌸




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