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「人が足りない」と言うのを、やめてみた| スタッフを「管理」するのをやめて「推し活」してる社長のnote ep.14

経営者の「人手不足」と労働者の「業務過多」は、同じ問題を異なる視点から見ているに過ぎません。

お互いの言い分に耳を傾け、仕組みの不備に目を向けることが解決の鍵となります。

どうも、本と失敗からしか学べない男:タルイです。


突然ですが、あなたの会社の一番の問題は何ですか。

たぶん「人」と答える方が多いと思います。

帝国データバンクが2026年に発表した経営課題の調査で、「人材強化(採用、定着、育成)」を挙げた企業は90.2%でした。

二位の「既存顧客との取引深耕」が66.0%ですから、二位以下を大きく引き離しての一位です。

ほとんどの会社の経営層・マネジャーが、「人」に何らかの問題を抱えていると言っています。

では、働く側はどうか。

Job総研が2026年7月に407人へ実施した調査では、直近3か月で職場のストレスを感じた人が76.2%。

その原因の一位は「業務量」でした。

二位が「上司・先輩との関係」です。


経営者は、人が足りないと言う。
働く人は、仕事が多いと言っている。

もちろん、この二つアンケートは同じ企業を経営側と従業員側から調べたものではないです。


経営者は、仕事に対して人が足りないと言っています。

働く人は、人に対して仕事が多すぎると言っています。

同じ比率を、逆向きから見ているだけです。


実際、働く側も人手不足を訴えています。

同じJob総研の調査で、職場の課題の一位は「業務量の偏り」35.1%ですが、「人手不足」も34.1%でほぼ同率の二位でした。

つまり両者は、同じ一つの分数を、上と下から眺めている。


そう気づくと、打てる手が増えます。

「人が足りない」とだけ考えていると、打ち手は「人を増やす」方向に寄りやすくなります。

分母を増やす話だからです。

でも分子のほうを変える手もあります。

仕事を減らす。権限を渡す。役割を変える。AIに渡す。契約を変える。


うちの店でもAIに店長業務のほとんどをやらせてます。



人材問題の正体は、人そのものではなく、「仕事÷人」の設計にあるのかもしれない。

ここまでは、たぶん多くの経営者が同意してくれると思います。

問題は、この分数では割り切れないものが残ることです。

分数を直しても、消えないものがある


いろいろな調査や、これまで現場で聞いてきた言葉を、私なりに五つにまとめてみます。

あくまで統計ではなく、私の整理です。

経営者が挙げる、働く人の問題は、だいたいこの五つに落ち着きます。

「自分で考えない。」
指示にないことが起きると手が止まり、次はどうすればいいですかと聞きに来る。

「自分の問題だと思わない。」
今日の予約が埋まっていなくても、暇ですねで終わる。

「変わりたくない。」
新しい予約システムを入れても、慣れた紙の予約表を使い続ける。

「自分さえよければいい。」
自分の施術さえ終われば、タオルが溜まっていても先に上がる。

「会社が何とかしてくれると思っている。」
研修はないのか、もっと集客してほしい、と会社に求める。


次に働く人が挙げる会社と社長の問題は、こうなります。

「量が多すぎる。」
施術の合間に掃除と洗濯と備品の発注が入り、休憩が名前だけになる。

「理不尽が多すぎる。」
臨機応変にと言われて判断したのに、あとから勝手にやるなと言われる。

「抑えることが多すぎる。」
無理な要望にも笑顔で応え、体調が悪い日も顔に出せない。

「報われない。」
売上を伸ばしても手取りは変わらず、頑張った人がいちばん忙しい人になる。

「つながりがない。」
シフトが違えば顔を合わせず、相談できる相手が上司しかいない。


さきほどの分数で解けるのは、このうち「量」だけです。


たしかに、仕事を減らせば量は減ります。

けれど、仕事量を半分にしても、曖昧な指示は曖昧なままです。

言いたいことを飲み込む癖も、業務量とは関係なく残ります。




そして、ここが私の見つけたいちばん厄介な点なのですが。

働く人の側にある「理不尽」「抑えること」に対応する項目が、経営者の言い分には一つも見当たりません。


理由はたぶん単純です。

自分が発生源かもしれない項目は、自分で挙げる課題には入りにくいからです。

皮肉にも、経営者は自分の課題を、自分で挙げているのです。


大切なことなので書いておきます。

ただし、これを経営者の怠慢だと言いたいわけではありません。



社会心理学に「根本帰属誤り」という言葉があります。

リー・ロスとリチャード・ニスベットの『人間 この信じやすきもの』に詳しく書かれています。

人は他人の行動をその人の性格のせいにし、自分の行動は状況のせいにする、という強いクセを持っています。


他人が遅刻すればだらしないと思い、自分が遅れたときは電車のせいだと考える。

経営者が働く人を主語にして語り、働く人が会社や上司を主語にして語るのも、たぶん同じことです。


どちらかが不誠実なのではなく、立っている位置が違えば、そう見えるようにできている。



人の問題だと決める前に、構造を見る


ここで気をつけたいのは、「社員の問題は全部経営のせい」という話にしないことです。

権限を渡しても自分で決めない人はいますし、何を言っても怒られない場所でも変わりたくない人はいます。


だから私は、こう言い換えることにしました。

自分で考えないように見える職場では、指示を出しすぎている可能性もある。

自分の問題だと思わないように見える職場では、権限を渡していない可能性もある。

変わりたくないように見える職場では、失敗した人が責められてきた可能性もある。

自分さえよければいいと見える職場では、契約外の頑張りが評価という形で上に吸い上げられている可能性もある。

会社が何とかしてくれると思っている人の隣には、そう思わせる契約がある可能性もある。

人の問題を否定したいのではありません。

人の問題だと決める前に、構造のほうを一度見る。

これは順番の話です。

この順番を、私よりずっと前に言っていた人がいます。

品質管理の父、W・エドワーズ・デミングです。

彼は、職場で起きる問題の大半は働く人ではなく仕組みの側に原因がある、と言い続けました。

ちなみにその割合を94%と書いていますが、これは調査で測った数字ではなく、彼の見立てです。


有名な実験があります。

赤玉実験と呼ばれていて、『危機からの脱出』という本に出てきます。

作業者に容器から白い玉だけをすくわせる。

けれど容器には初めから赤い玉が混ぜてあって、誰がやっても一定の数だけ赤が出る。

それでも管理者は、成績の良い作業者を表彰し、悪い作業者を叱る。


うまくいかない原因を人に置いた瞬間、打つ手は「表彰」と「叱責」になる。

七十年前から、同じことが言われていました。


意識の問題として並べれば、次にやることは研修になります。

構造の問題として並べ直せば、次にやることは契約権限配置になります。

同じ現象を見ていても、聞いている言い分が片側だけか両側かで、打つ手が変わってしまう。

私は、片側の言い分だけを聞いて現場に入っていた


コンサルタントをしていた頃の話です。

経営者から相談を受けると、私はまず社長の言い分を聞きました。

主体性がない、と言われれば、主体性を育てる研修を組みました。

報連相ができていない、と言われれば、報連相のルールを作りました。

社長は納得しますし、私にはフィーが入ります。

現場のアンケートを取ることもありました。

けれどそれは、施策の材料を探すためのアンケートでした。

二つの言い分を対等に並べて、どちらが正しいかではなく、なぜ真逆に見えるのかを考えたことは、一度もありません。

依頼主は社長です。

社長の困りごとを解くのが仕事だと、疑いもしていませんでした。

やめたのは、片方だけを読むこと


いま自分の店でやっているのは、大げさなことではありません。

「指示待ちだ」と思ったときに、自分が指示を出しすぎていないかを先に見る。

順番を変えただけです。

そのうえで、自分が発生源になりうる二つを、自分の課題に足しました。

理不尽と、抑えること。

この二つは、働く人からは言い出しにくい項目です。

言えば自分の評価に跳ね返る、と思われている限り、本音は出てきにくい。

だから、評価する立場そのものを持たないことにしました。

店長を置かず、評価制度を持たず、指示命令ではなく依頼と信任にする。

推しメンが「それはやりません」と言えるようにしておく。

優しさではなく、もう片方の言い分を聞くための手段です。


正直に書いておくと、これで全部が解けるわけではありません。

遅刻や、期限を守らないことや、ミスを隠すことまで構造のせいにすると、今度は「何をしても会社が悪い」という話になります。

そこは入口で価値観を確かめることにしています。

それに、ここで使った数字はどれも他社の調査です。うちの店で同じ調査をしたわけではありません。

まとめ

もう一度、90.2%という数字に戻ります。

9割の会社が、人を最大の課題に挙げています。

私も昔は、その9割の側に立って、人の中身をどう変えるかだけを考えていました。

いま同じ数字を見ると、違うものが見えます。

この90.2%を前にして「人をどう変えるか」だけを考えるなら、聞いているのは片側の言い分だけ、ということです。

経営者の言い分には、足りない人が並びます。

働く人の言い分には、理不尽と、飲み込まれた言葉が並びます。

とはいえ、私の店には育成の仕組みがありません。

正確に言うと、置かないことにしました。

すでに技術を持っている人と組み、教える代わりに、場とお客様を用意する。

育てないから、縛らない。

育てた分を回収しようとした瞬間に、人はいちばん強く縛られると思っているからです。

もちろん代償はあります。

技術を身につける時間もお金も、推しメンが自分で払っています。

会社がそれを肩代わりしていない以上、こちらから「もっと学べ」と言う資格もありません。

これで本当にいいのかは、まだ分かりません。

人が増えたときに、何を足して、何は足さないのか。

その宿題だけが、手つかずで残っています。

それでも、聞こえてくる言葉は確実に変わりました。

足りなかったのは人ではなく、人の言い分でした。


〈今回参考にした本〉


W・エドワーズ・デミング『危機からの脱出』

品質管理の人として知られていますが、この本の中身の多くは人の扱い方の話です。
問題の原因を人に置くと打つ手が表彰と叱責になる、という指摘は、赤玉実験のくだりに出てきます。
評価制度への批判も、かなり早い時期から書かれています。


トマス・ギロビッチの著書『人間 この信じやすきもの』

人は他人の行動を性格のせいにし、自分の行動は状況のせいにする。

社会心理学でいう根本帰属の誤りを扱った一冊です。経営者と働く人が正反対のことを言ってしまう理由は、この本を読むとかなりすっきりします。


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