「失敗しない支援」を、やめてみた─ 選べる自由より、選び直せる自由の話| スタッフを「管理」するのをやめて「推し活」してる社長のnote ep.15
この文章は、日本社会において失敗のリスクが挑戦を阻む現状を分析し、真の自由とは単に「選べる」ことではなく、失敗した後に「選び直せる」ことにあると説いています。

どうも、本と失敗からしか学べない男:タルイタケシです。
私の得意なことは「やめる」ことです。
突然ですが、あなたは今の仕事を、自分で選んだと言えますか。
日本政策金融公庫の「起業と起業意識に関する調査」に、気になる数字があります。
起業に関心はあるけれど、「起業するつもりはない」と答えた人に、その理由を聞いたものです。
もっとも多かったのは、自己資金の不足。
次に多かったのが、
「失敗したときのリスクが大きい」
で、52.4%でした。
ところが、「10年以内に起業する」と答えた人では、この割合が23.5%まで下がります。
同じ「起業」という選択肢を前にしているのに、踏み出せない人ほど、失敗を気にしている。

もうひとつ、近畿経済産業局がスタートアップ約300社に行った調査があります。
事業転換、事業再生、再起業などの「再チャレンジ」を経験した企業は13.6%。
そのうち90.0%が、「再チャレンジして良かった」と答えています。
やり直した人は、やり直して良かったと言う。
まだやり直していない人は、失敗を怖がる。
しかも、実際に再チャレンジした人は1割ほどしかいません。
もちろん、この二つの調査は対象も時期も違います。
この数字だけで因果関係を語ることはできません。
ただ、並べてみると考えたくなることがあります。
私たちは、失敗そのものよりも、「失敗したあと、どうなるのか分からないこと」を怖がっているのではないか。

先に誤解を解いておきます。
「失敗しない支援をやめた」というのは、「失敗してもいい」と言いたいわけではありません。
お客様の身体に触れる仕事です。
施術の失敗を軽く扱うことはできません。
私がやめたのは、
一度の失敗が、その人の未来まで決めてしまう仕組みのほうです。

自己決定だけでは、足りない

「自分で決められる人ほど幸せになる」
そんな話をよく聞きます。
私も、ずっとそう思ってきました。
でも最近、それだけでは足りないと感じています。
自由には、三つの要素があるのではないか。
ひとつめは、選択肢があること。
ふたつめは、自分で決められること。
そして三つめは、
選んだあとで、選び直せること。
日本には、選択肢そのものはたくさんあります。
大学も会社も職業も選べる。
問題は、その先です。
一度選んだ道が違ったときに、
戻れるか。
変えられるか。
やり直せるか。
本当に自由な社会というのは、
AかBを選べる社会ではなく、
Aを選んでみて、違ったらBへ行ける社会なのだと思います。
私はこれを、
「やり直せる自己決定」
と呼んでいます。
失敗を許す文化、という意味ではありません。
再選択できる構造を、先に作っておくこと。
それが、やり直せる自己決定です。

なぜ日本人は「選べている感じ」が弱いのか
世界幸福度報告書(World Happiness Report)には、「人生の選択の自由」という指標があります。
法律上どれだけ自由かを測ったものではありません。
「自分の人生で何をするかを選ぶ自由に満足していますか」
と、本人に聞いた結果です。
2026年版で、日本は世界83位。数値は0.794でした。
8割近くの人が満足しているのに、それでも、世界では83位なんです。
また、総合的な幸福度の順位は147か国中61位。
つまり日本は、幸福度全体よりも「人生の選択の自由」の順位のほうが低い。
これは制度として自由であることと、「自分で選べている」と感じることは、どうやら別の話ということです。
2026年3月には、ウェルビーイング学会が「日本版ワールドハピネスレポート」を公表しました。
G7諸国の約20年間のデータを分析すると、幸福度の変化と強く関係していたのは、
「人生の自由度」と
「腐敗の少なさ」でした。
とくに人生の自由度は、10%改善すると幸福度が0.24ポイント高まると試算されています。
少なくともこの分析を見るかぎり、経済的な豊かさだけではなく、「自分の人生を自分で選べている」という感覚にも、まだ大きな余地があるようです。

正解を選ぶ練習ばかりしてきた
なぜ、日本では「選べている感じ」が弱いのか。
理由は一つではないと思います。
まず、教育です。
私たちは、「自分で決める」より、「正解を選ぶ」練習をたくさんしてきました。
どこに行きたいかより
どこに行ったほうが得か。
何をしたいかより
何をするのが普通か。
会社に入ってからも似ています。
会社を選ぶ。
でも、そのあとの仕事は会社が決める。
上司が役割を決める。
異動先も、昇進も、会社が決める。
自分で決めたのは、最初の一回だけ。
そんな働き方も珍しくありませんでした。
さらに、「間違った選択をしてはいけない」という圧力もあります。
会社を辞める。
転職する。
独立する。
地方に移る。
どれも自由です。
でも、
「せっかく入ったのに」
「もったいない」
「普通はそんなことしない」
がついてくる。
選択肢はある。
でも、選びにくいのです。
もうひとつあります。
「他人に迷惑をかけない」
という考え方です。
これは、日本社会の良いところでもあります。
ただ、
自分はどうしたいかより先に、
親はどう思うか。
会社は困らないか。
同僚に迷惑ではないか。
そう考え始めると、決めている主語が、自分から周囲へ移ります。
自分で決めたように見えて、実は、
「周囲が許してくれそうな選択肢の中から選んだ」
だけになる。
そして私は、日本でいちばん弱いのは、
やり直せる自由
なのではないかと思っています。
戻れないと分かっている扉は、開けにくいからです。

私自身が「失敗しない」を売っていました

ここで、少し恥ずかしい話を書きます。
私は以前、コンサルタントとして、
「失敗しない独立開業」
「失敗しないメニュー作り」
といったテーマでセミナーを開いていました。
失敗しない立地。
失敗しない価格設定。
失敗しないメニュー構成。
失敗しない集客。
どうすれば失敗の確率を下げられるかを考え、それを人に教えるのが仕事でした。
当時は、それが良い支援だと本気で思っていました。
相談に来た人が迷っていれば、リスクの少ないほうを勧める。
危なそうな計画があれば、先回りして修正する。
うまくいかなそうな選択肢は、できるだけ選ばせない。
失敗を防ぐことが、専門家の価値だと思っていたのです。
今振り返ると、ずいぶん傲慢だったと思います。
もちろん、知識や経験を伝えること自体が悪いわけではありません。
飲食店の開業には、大きなお金もかかります。
知らなくてもいい失敗まで、わざわざ経験する必要はない。
それでも、
「失敗させないこと」と、「その人が自分で決められること」は、同じではありません。
失敗しない道をこちらが示し続ければ、いつの間にか、「何を選ぶか」までこちらが決めるようになります。
支援する側は、正解を知っている。
支援される側は、それに従う。
気づけば、そんな関係になっていたのかもしれません。
失敗しないように手を回すということは、
その人が自分で選び、うまくいかなかったときに考え直し、もう一度選ぶ経験まで、こちらが先に奪ってしまうことでもある。
私は長いあいだ、失敗しない方法を教えることが支援だと思っていました。
でも今は逆です。
失敗しても、もう一度選べる状態をつくること。
そちらのほうが、ずっと大事なのではないかと思っています。

ウチの店で、やめた四つのこと

ひとつめ。
評価制度を置くのをやめました。
評価制度は、過去の出来事を未来の処遇へ持ち越す仕組みでもあります。
去年のミスが、今年の評価に影響する。
昔の一件が、何年も残る。
それでは、やり直しにくい。
だから、過去を人の値札にする仕組みを置かないことにしました。
ふたつめ。
店長を置くのをやめました。
許可を出す人がいなくなれば、判断は本人に戻ります。
推しメン(スタッフ)から、
「これ、やってもいいですか」と聞かれたら、私は「もちろん。」と答えます。
一回言っただけでは、聞かれなくなりません。
前の職場で、「上司に聞くのが正解」と学んできた人もいるからです。
だから何回でも答えます。

みっつめ。
お客様を囲い込むのをやめました。
推しメンが独立するとき、その人を指名してくださっているお客様は、一緒に行っていただいて構いません。
なぜなら推しているのは、お客さんだからです。
誰に施術してもらうかを決めるのも、お客さんです。
経営者が「うちの顧客」と言い始めたら、
推し活経営™︎は名前だけになります。
よっつめ。
「出たら終わり」にするのをやめました。
独立して、うまくいかなかったら戻ってきていい。
AI店長も使ってもらえばいい。
経営に迷ったら、相談にも乗る。
出口に鍵をかけない。
それは、囲い込む手段を手放すということでもあります。

ウチに残る理由は、
「ここにいたほうが得だから」
だけでいい。
その条件で残ってくれているなら、それが一番正直な答えだと思っています。

でも、まだ弱いところがあります
ここまで書いて、自分でひっかかっていることがあります。
「失敗しても戻ってきていい」
そう言えるのは、今のところ私だからです。
許可を出す立場を降りたつもりでいて、
やり直しの許可だけは、まだ私の手元にある。
だからそれでは不十分です。
善意でやり直しを認めているうちは、それはまだ構造ではありません。
戻ってきたときの条件。
独立後の関係。
出資の持ち分をどう扱うか。
そういうことを先に決めて、私の気分と切り離しておく必要があります。
そうでなければ、「戻ってきていいよ」は、優しい顔をした支配になりかねません。
ここは、まだ途中です。

まとめ
もう一度、最初の数字に戻ります。
起業に関心があるのに踏み出さない人の52.4%が、「失敗したときのリスクが大きい」と答えていました。
かつての私は、その人たちに、
「失敗しない方法」を教える側にいました。
リスクを減らし、正解に近い道を教えることが支援だと思っていたからです。
でも今は、同じ数字が少し違って見えます。
私には、この52.4%が、
「勇気のない人たち」には見えません。
失敗したあと、どう戻ればいいのか。
どこからやり直せるのか。
そこまで含めた道が見えていない人たちなのではないか。
少なくともいまの私は、そう考えるようになりました。

だとすれば、経営者の仕事は、正しい選択をさせることではありません。
選び間違えても、もう一度選べる道を作っておくことです。
いまのウチの店に、その道が本当にできているかは、まだ分かりません。
独立した人が戻ってきたとき、試されるのは私の気持ちではなく、それまでに決めておいた条件のほうです。
その条件は、まだ書き終えていません。
だから、これは完成した経営論ではありません。
まだ途中の実験です。
ただ、一つだけは今のところ、こう考えています。
選べることが自由なのではない。
選び直せることまで含めて、自由なのだ。

世界幸福度報告書(World Happiness Report 2026)
一般社団法人ウェルビーイング学会「日本版ワールドハピネスレポート2026」
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