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「会社は学校ではない」褒めるのも、叱るのもやめて大人として接することにした。|スタッフを「管理」するのをやめて「推し活」してる社長のnote ep.7

この記事は、従来の「褒めて伸ばす」という教育的アプローチの限界を指摘し、職場における新しい対等な関係性の在り方を提示しています。

どうも、本と失敗からしか学べない男、タルイです。


私についてはこちらをご覧ください。


さて、本日の内容はこのようになってます。



突然ですが、あなたは職場で人を褒めていますか。

あるいは、上司から褒められていますか。


先日、パーソルキャリアのJob総研が「2026年 上司と部下の意識調査」を発表しました。

そこでは上司の69.9%が、部下との関わりで困っていると答えています。


約7割も困ってます。

同じ調査で、部下に「上司の言動でうれしかったこと」を聞くと、努力や結果を認められたことが43.4%で最多です。

次いで感謝を伝えられたことが40.3%でした。

ここに、いまの職場の空気がそのまま出ていると思います。


上司は困っている。
部下は認めてほしい。

だから「叱るより褒めて伸ばす」が広まったのは、自然な流れでした。

書店には褒め方の本が並びます。

管理職研修でも、部下の長所を見つけて承認することの大切さが教えられています。

怒鳴ったり人格を否定したりするより、褒めるほうがいい。

それは間違いありません。

ただ私は、褒めて伸ばすという考え方にも、危ういところがあると思っています。


褒められることが、行動の目的になってしまうからです。


褒められたから頑張る。
認められたいから動く。


反対に、褒められなければ、自分は必要とされていないのではないかと不安になる。


そうなると、働く目的が、お客様への価値提供ではなく、上司からの承認に変わってしまいます。


上司のほうも、部下を動かすために褒めるようになります。

褒める側は「どうすれば相手が動くか」を考え、褒められる側は「どうすれば認めてもらえるか」を考える。


一見、良好なコミュニケーションに見えます。

でも、その関係は本当に対等なのでしょうか。


部下を褒めて承認欲求を満たし、ハラスメントを避けながら叱る仕事術…


この仕事術に対する私の持論です。

そんな「人を動かす技術」を上司に求め続けるから、管理職は疲弊するんだと思います。

必要なのは、人を操作することではない。

契約と感謝と改善で回る仕組みではないでしょうか。


【失敗談】「勇気づけ」を、身につけられなかった私

こんなこと書いてる私も以前は、褒め方を変えれば職場の関係は良くなると思っていました。

特に影響を受けたのが、アドラー心理学の「勇気づけ」です。

人を上から評価するのではなく、相手の力を信じ、困難を乗り越える勇気を与える。

その考え方に共感して、本を何冊も読みました。

もちろん職場でも実践しようとしました。


「すごいね」と評価するのではなく、「助かったよ」と貢献を伝える。

結果だけではなく、取り組んだ過程を見る。

失敗しても、相手の課題を奪わない。


頭では分かっていました。

しかし私は、どうしても勇気づけを身につけることができませんでした。


・気をつけていても、いつの間にか相手を評価している。

・相手に変わってほしいと思いながら、言葉だけを柔らかくしている。


つまり、褒めるという言葉を使わなくても、やっていることは相手を動かそうとすることでした。


最初は、自分の未熟さが原因だと思いました。

もっと勉強しなければならない。
もっと正しい伝え方を覚えなければならない。

そう考えていました。


でも、あるとき疑問が湧いたのです。

問題は、本当に私の伝え方だけなのだろうかと。

上司が部下を評価し、指示し、育てるという構造のままで、対等な勇気づけなど本当にできるのだろうか?


そこで私は、伝え方を磨くのをやめて、働き方の構造そのものを変えることにしました。


【解決策】言葉ではなく、構造を変えてみた

雇用して管理する形ではなく、業務委託を中心とした運営に切り替えました。


私は推し活経営™︎と称して、一緒に働くスタッフを「推しメン」とマインドセットしてます。

一緒に働く推しメンは、私の部下ではありません。

一人ひとりが、自分の仕事に責任を持つプロフェッショナルです。

私は、細かなやり方を命令する立場ではありません。

相手を教育して、私の望む人間に育てる立場でもありません。


もちろん、契約で決めた品質や衛生、安全の基準は守ってもらいます。

問題があれば、事実を共有して改善を求めます。

けれど、相手の人格や働く姿勢まで、親や教師のように指導することはしません。


この形に変えていちばん良かったのは、一緒に働く人を子ども扱いしなくなったことです。

管理型の組織では、上司が指示を出し、部下が従います。

上司が評価し、褒めたり叱ったりします。

この関係は、どこか親と子先生と生徒に似ています。


部下は、上司の顔色を見ながら正解を探す。

上司は、部下を一人前に育てなければならないと思う。


その結果、自分で判断するより、上司の期待を読むのが上手な人が育ってしまう。


会社は部下に自律を求めながら、
制度はいつまでも親離れさせない。


管理型組織の矛盾は、ここにあるのではないでしょうか。


叱ることはできない。褒めることはしない

業務委託に切り替えたことで、私の中に一つの整理ができました。

「叱ることはできない。褒めることはしない」

この二つは、似ているようで、まったく違う話です。

まず、叱ることはできません

これは私の遠慮ではなく、契約の形の問題です。

叱るという行為は、相手のやり方に上から手を突っ込んで、こう直せと命じることです。

つまり、指揮命令そのものです。

業務委託は、仕事の成果を約束する契約であって、働き方を命令できる関係ではありません。

叱った瞬間に、業務委託が業務委託でなくなってしまう。

だから、ハラスメントかどうかを考える以前に、叱るという手段が手元にない。

普通の会社は「叱っていいが、行きすぎたらアウト」という線の引き方をします。

私たちの線は、その一段手前にあります。



一方、褒めることはしません

こちらは禁じられているわけではありません。

やろうと思えばできます。

それでもしないのは、褒めるという行為に、評価する側とされる側の上下が含まれているからです。

「よくできました」
「偉いですね」
「成長しましたね」

教師が生徒に伝えるなら自然な言葉です。

でも、対等な大人同士の仕事では、どこか座りが悪い。

そして何より、私は一緒に働く人を推しメンと呼んでいます。

推しに向かって「よくできました」とは言いません。


叱るは、できない。
褒めるは、しない。


ここまでを読んで、
「では、何も言わないのか?」
と疑問に思われたかもしれません。


そうではありません。

むしろ、何も言わない職場がいちばん危ないと思っています。

褒めるのも叱るのもやめた代わりに、私たちは「感謝」と「改善」を使っています。


褒める代わりに、感謝する

たとえば、お客様から施術についてうれしい口コミをいただいたとします。

以前の私なら、こう言っていたと思います。

「さすがだね」
「よく頑張ったね」

いまは、こう伝えます。

「お客様がとても喜んでいました。丁寧に対応してくれて、ありがとう」

これは評価ではなく、感謝です。

あなたは優秀ですと上から判定するのではなく、その仕事で誰がどう助かったのかを伝えている。

褒めるという行為は、評価する人がいなければ成立しません。

けれど感謝は、対等な関係でも成立します。

私から推しメンへも伝えられるし、推しメンから私へも伝えられる。

推しメン同士でも伝え合えます。

感謝に、上下関係は必要ありません。

先ほどの調査で、部下がうれしかったこととして、承認とほぼ並んで感謝が挙がっていましたね。

人が本当に受け取りたいのは、評価ではなく、届いたという実感なのだと思います。


叱る代わりに、改善する

反対に、お客様から問題を指摘されたとします。

そのときも、こうは言いません。

「どうして、こんなことをしたの」
「プロとして意識が足りない」

代わりに、事実を渡します。

「今回、お客様からこういうご意見をいただきました」
「契約で決めている品質と比べて、ここが足りていません」
「次回から、どう改善できそうですか」

話し合う対象は、その人の人格ではありません。

仕事の結果と、変えられる行動です。


必要なのは、反省している姿を見せてもらうことではなく、同じ問題が起きない仕組みをつくることです。

叱ることは、過去に焦点が向きます。
改善は、これからの未来に焦点が向きます。



もちろん、何度話しても契約が守られないことはあります。

そのときは、強く叱って人間性を変えようとするのではなく、契約を見直します。

仕事上の関係を続けるのが難しいなら、契約を終えることもあります。


ここで注意点をひとつ。

対等であることは、何でも許すことではありません。

お互いが、自分の選択に責任を持つということです。

いかがでしょうか。

このように構造改革をすすめれば、褒めて煽ててご機嫌取りに疲弊することもありません。

また、パワハラの告発を恐れてビクビクしながら叱ることもしなくてすみます。

褒めるも叱るも、仕事のための仕事であって、本質ではありません。



【大切にしていること】 自律と恩送り

当店が大切にしているのは、「自律と恩送り」です。

自律とは、褒められるために動くことではありません。

叱られないように、先回りして正解を探すことでもありません。

自分で考え、自分で決め、その結果を引き受けることです。


恩送り
とは、受け取ったものを次の誰かへ渡すことです。

お客様からいただいた感謝を、仲間への感謝につなげる。

助けてもらった経験を、別の誰かを助ける行動につなげる。

上司からの評価を奪い合うのではなく、感謝を循環させる。


私たちはこれを自律と恩送りを大切にする「推し活経営™︎」と呼んでいます。


まとめ:会社は学校とは違う

褒めて伸ばすという考え方には、優しさがあります。

叱るのを避ける風潮にも、人を守ろうとする意味があります。

けれど、褒め方と叱り方を工夫するだけでは、評価する側とされる側という構造は変わりません。

私は、褒める技術を身につけることができませんでした。

その代わりに、褒めたり叱ったりしなくても働ける関係をつくりました。

叱れないから褒めるしかない、ではありません。

叱れないし、褒めもしない。

そして残ったのが、感謝と改善でした。

人を変えようとするのではなく、契約と仕組みを変える。

会社は学校とは違います。

大人が集まる場所です。




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