見出し画像

【読書セラピー】人生に、上下も勝ち負けもありません 精神科医が教える老子の言葉

本書のキーワードは
「ジャッジフリー」です。

物事を「良い」「悪い」と判断したり
優劣をつけたりするのを
意識的にやめることで

ストレスや苦しみから解放されます。



どうも、読書セラピストのタルイです。


私たちは普段、無意識のうちに

「お金持ちは幸せ、
そうじゃない人は不幸」

とか

「仕事ができる人は偉い、
できない人はダメ」

といった

ジャッジをしてしまいがちです。


この「ジャッジ癖」が
ストレスや苦しみの原因に
なっている。


教えてくれた本があります。

本書のキーワードは
「ジャッジフリー」です。

一言で言えば
「評価や批判をせずに
受け入れること」
です。


このジャッジフリーの考え方は
実は2500年くらい前の中国の思想家
老子(ろうし)の教えが元になっています。

老子は、

「ダイヤモンドみたいに価値のあるものも、石ころみたいに何の変哲もないものも、どちらも自然な姿ならそれでいい。いちいち優劣をつけたり、判断したりする必要はない」

と言いました。


老子に言わせれば、
世の中にある物事について、

いちいち
「よい、悪い」
「偉い、偉くない」
「すごい、すごくない」

というジャッジを
すること自体がおかしい。


老子は、この「無為(むい)」という
考え方を大切にしたのです。

「わざとらしくせず、
自然のままに生きれば、
それが一番良い」

という意味です。


これが、
ジャッジフリーの考え方に
つながっています。

著者の野村さんは精神科医として、
患者さんにカウンセリングや
薬の治療をしてきました。

https://www.yomiuri.co.jp/yomidr/article/20160413-OYTET50026/


でも、時には老子の教えが、
どんな治療よりも
効果的なことがあったそうです。


老子の言葉を聞いて、
泣き出してしまう患者さんも
いたくらいです。


野村さんは、
西洋の治療法ももちろん大切だが

日本と西洋では
文化や考え方が違うと書いてます。

西洋が「変わらなきゃいけない」
と考えることが多いのに対し、

東洋(日本など)は
「まあ、なんとかなるさ」という
もう少し「甘え」を許してくれる
ような考え方があります。


だから、日本人には
老子の考え方のような
東洋に合ったアプローチも必要だ

と野村さんは感じています。


もし今、あなたが
元気がない
うまくいかない
と感じているなら

ここから、老子の
「ゆるさ」や「自由さ」に
触れてみてください。


◆悩みがちな4つの心の傾向と老子の教え

野村さんは
悩みを抱えやすい人の心の傾向を

次の4つに分けて

それぞれに老子の教えが
どう役立つかを説明しています。

自分はダメだと思いがち(劣等意識)
老子の考え:「強い」「弱い」という優劣の考え方自体が思い込み

自分ばかり損をしていると思いがち(被害者意識)
老子の考え:たくさん求めすぎなくていい。損得の感情は、自分で望みすぎているから生まれる。

完璧でなければならないと思いがち(完璧主義)
老子:完璧なものなんてないを価値は時代や場所で変わる(相対的)、絶対の完璧を追い求めるのは意味がない。

自分の考えにこだわりがち(執着主義)
老子:自然のまま、流れに身を任せて生きるのが一番。、こだわりを持ってもいいし、持たなくてもいい。孤独でも、たくさんの人といても、自然のままに生きればいい。

劣等意識
被害者意識
完璧主義
執着主義

これら自体は
うつ病の症状ではありませんが

うつ病にかかりやすくしたり
うつ病のつらさを長引かせたりする
「考え方の癖」「性格の傾向」として
現れることがあります。



ここでちょっと余談ですが、

うつ症状を長引かせる
4つの思考の悪癖について
本書の内容とは別に考察してみました。



うつ症状を長引かせる
「劣等意識」
「被害者意識」
「完璧主義」
「執着主義」

という4つの考え方は

「自己憐憫」
「責任転嫁」
「依存心」

という「不幸の三原則」
つながっていると考察します。

劣等意識
「どうせ自分はダメだ」
と自己憐憫に陥らせ
動けなくします。

被害者意識
「私がかわいそう、悪いのは他人」
責任転嫁し、解決を妨げます。

完璧主義は、
完璧じゃないと「ダメな自分」と
自己憐憫したり
その原因を
他人に責任転嫁したりします。

執着主義は、
それが無いと生きていけないという
依存心を生み出します。


これらの考え方は
ネガティブな悪循環に閉じ込め
うつ症状の改善を邪魔します。

この悪循環から抜け出すには
自分の考え方のクセに気づき

より良い方向に
変えていくことが大切ですね。




◆ジャッジフリーになるための35の考え方

本書には老子の教えが
35個書かれてます。

⚫️つい、人と比較してしまうときの処方箋
1 他人が気になったら——鏡の思考
2 人の自慢が鼻についたら——ナマケモノの思考
3 人を妬ましく思ったら——足湯の思考
4 周りがズルく思えたら——毒きのこの思考
5 周囲がバカに見えたら——カメレオンの思考
6 自分に価値がないと思ったら——茶碗の思考
7 自分は狭い世界しか知らないと思ったら——足の裏の思考
8「知ってる」アピールに疲れたら——マスクの思考

⚫️つい、がんばりすぎてしまうときの処方箋
9 結果が出せなくて辛くなったら——時計の思考
10 終わりが見えずに苦しくなったら——傘の思考
11 いい出来事に浮かれそうになったら——木の根っこの思考
12 周囲から浮いている気がしたら——しめがねのつるの思考
13 がんばりすぎていたら——湖霊の思考
14 見返りがなくてむなしくなったら——愛猫の思考
15 今の社会に馴染めないと思ったら——パンタロンの思考
16 しがみつきたくなったら——麦わら帽子の思考
17「ちょっとしんどい」と気づいたら——トイレの思考

⚫️自分がイヤになったときの処方箋
18自分は何も残せていないと思ったら——昆布の思考
19人と比べてみじめになったら——銅像の思考
20怒りがわいたら——スプーンの思考
21「後れをとっている」と焦ったら——ハンモックの思考
22不器用な自分がイヤになったら——トラックの思考
23「何も成し遂げず歳ばかりとった」と感じたら——地球の思考
24「知識がない」のがイヤになったら——0点の思考
25自分が情けなく思えたら——マカロニの思考
26自信のない自分がイヤになったら——羊の毛の思考

⚫️なんだか思い通りにいかないときの処方箋
27 ナメられていると思ったら——水の思考
28 認めてもらえないと思ったら——太陽の思考
29 恨みが消えないときは——ミットの思考
30 絶望したら——塩むすびの思考
31 挫折したら——塩大福の思考
32 思い通りにいかなかったら——てるてる坊主の思考
33「生きがいがない」と感じたら——鯉のぼりの思考
34 今いる場所がつまらないと思ったら——縁側の思考
35「おもしろさ」を感じられなくなったら——モノクロ映画の思考

これらの35個の中から
3つだけピックアップしてみました。


◆まわりがバカに見えたら——カメレオンの思考

画像出典:amazon

カメレオンの思考とは
もしも、あなたが
つまらない人たちに囲まれて

「自分だけが正しい」
「自分はこんなところにいる
人間じゃない」

と思っているとしても

とりあえずまわりに
同化してみてはどうか

というメッセージです。

周囲となじむことを拒むのではなく

環境に合わせる柔軟さを持つことで
より賢く生きられる。

老子の「和光同塵」のように
自分の本質を保ちつつ周囲に溶け込み
実力を内に秘めて蓄えろと書かれてます。

「和光同塵」とは
「光を和らげ、塵に同じる」の意

これは自分の才能や徳をあえて隠し
俗世間に溶け込むことを意味します。


カメレオンの擬態のように、
場に応じた変化を戦略として使い
機が熟したときに
本領を発揮すればよい。

環境を否定せず
淡々とできることをこなすことで
自然と道は開けていく。

あなたはどう思いますか?

◆人と比べてみじめになったら——銅像の思考

画像出典:amazon

銅像の思考とは
「自分の価値を人と比べて決めること」
これがいかに意味がないか
ということを説明しています。


私たちの価値は「比べ物」

まず、私たちはつい

「あの人は勉強ができるからすごい」
「この人はお金持ちだから偉い」など

他の人と比べて
自分の価値を判断しがちです。

でも、これは間違いだと言えます。

なぜなら、
「すごい」とか「偉い」とかいう価値は
時代や場所、周りの人たちによって
コロコロ変わる

あやふやなものだからです。

昔の美人像と
今の美人像が違うように

何が「良い」とされるかは
常に移り変わるものなのです。

つまり、
私たちの「価値」は
周りの環境や、
そこにいる人たちと比べて
どうなのかということで決まってしまう、

とてもあいまいなものなんです。

だから、
人の評価に一喜一憂したり

無理に自分を
アピールしたりしても意味がない

と言ってます。


本当にすごい人
(「聖人」と呼ばれています)は
「何もしていない」ように見えるそうです。

周りの状況は変わっても
その人はただそこに「存在するだけ」。

これは、無理に何かをしたり
自分を良く見せようとしたりするのは
かえって逆効果になる

ということを意味しています。


まとめると

人の価値は、
比べた時にだけ存在する
相対的なもの
です。

だから、
「成功している人」を見て焦っても

無理に何かをせず、
自然体でいること

が一番大切です。


あなたはどう思いますか?


◆自分は何も残せていないと思ったら——昆布の思考

画像出典:amazon

「アレオレ詐欺」という言葉を
ご存知でしょうか

「あの大きな仕事は自分が関わった」
「〇〇さんが変わったのは自分のおかげ」

と、他人が成し遂げた功績を
「あれやったの俺なんすよ」
と自分の手柄に
してしまうことを指す言葉です。

野村さんは、この行為を
老子の思想や
昆布職人の話を引き合いに出し

真に価値あることを成し遂げた人は、
自分の功績をアピールしない
と説いています。

最高の仕事は、
その存在が意識されない
にもかかわらず

大きな影響を与えるものだ
と主張しています。


本当に美味しい和食では
昆布の味は「目立たない」のが理想です。

なぜなら、昆布だしの役割は
他の素材の味を引き立て
料理全体の「うま味」と「調和」を
生み出すことだからです。

昆布の味が強すぎると
繊細な素材の風味を損ない
和食のバランスが崩れてしまいます。


これと同様に、
私たちの生活は数えきれないほどの
「名もなき功績」に
よって支えられています。

人間は虚栄心から自分の功績を
アピールしたくなるものですが、

もしあなたが
「自分は何も残せていない」
と嘆いているなら、
それは気にする必要はない
と野村さんは言います。

なぜなら、
あなたが日々行っていることは
必ず誰かの役に立ち

回り回って誰かの人生を
支えているからです。

そして最後に、
「自分は何も残していない」
と嘆く必要はなく

本当に優れた生き方をしている人は
自分の足跡を残さないものだ

と締めくくっています。

人知れず誰かの役に立つ
「名もなき功績」を残すことこそが
高貴で良い生き方ですよね。

あなたはどう思いますか?



◆元気なときの孔子、いまいちなときの老子

画像出典:amazon

私が本書で
一番心に残った言葉を紹介します。

「上り坂の儒家(孔子)、下り坂の老荘(老子)」

本書より


ご存知の通り
老子と同じくらいの時代に

孔子(こうし)という
思想家もおりました。

孔子の教えは、
社会でしっかり生きていくために、
自分を厳しく律するもの(自律)です。


一方で老子は、
「まあまあ、
それでいいんじゃない?」
と、もう少し肩の力を抜いた
考え方をします。


「上り坂の儒家(孔子)、下り坂の老荘(老子)」とは

がんばる時(上り坂)には、
孔子の教え(礼儀や努力)を大事にするとよい。

ゆるめる時(下り坂)には、
老子や荘子の教え(自然にまかせる心)を大切にするとよい。

つまり、
人生の場面に合わせて考え方を
切り替える知恵
を表しています。


もしかしたら
あなたにとって老子の教えは、

「弱さを認める」
「甘えを許す」

ように聞こえるかもしれません。

でも野村さんは、
今の窮屈な時代を生きる私たちには

肩の力を抜いて、
気楽に進んでいく老子の考え方が、
むしろ強みになる

と考えています。


私はこの言葉で
自分自身のことで気づきがありました。

私は元気なときは【読書日記】として
前回noteでご紹介した
「ゆるストイック」のような
自己啓発系の本を手に取ってます。


でも、ちょっと疲れが溜まってきたら
【読書セラピー】として
今回のような癒される本を手に取ってます。


上り坂のときの【読書日記】
下り坂のときの【読書セラピー】

なんです。


◆〈私のまとめ〉老子は“ジャッジフリー”なら、ブッダは“ノンジャッジメント”

本書を読みながら
ふと、こんなことを思いました。

老子の教えは、ジャッジフリー。
ブッダの教えは、ノンジャッジメント。

これは単なる言い換えではなく、
二つの「見方の違い」を
言い表してみました。

老子の思想を一言で言えば
「無為自然(むいしぜん)」

人間が「良い」「悪い」と
評価し始めた瞬間に
世界には対立が生まれる。

  • 美があるから醜が生まれる

  • 善があるから悪が生まれる

こうした“相対的な価値判断”を
超えたところに
真の自由がある

と、老子は語っていると思います。

つまり老子のジャッジフリーとは、

「判断を手放そう」ではなく、
「判断という枠そのものに乗らず、自然に任せていこう」

という、もっと根源的な
評価フレームからの脱出」だと思います。


一方、ブッダの教えでは
「今ここを観る」ことに
重きが置かれます。

「マインドフルネス」などに
代表されるように

今、何が起きているかを
良し悪しの判断をせず
ただ、ただ観る

この「ノンジャッジメントな気づき」が
心の苦しみを和らげる鍵となります。

ブッダにとっての
“判断をしない”とは
決して放任ではなく

「慈しみをもって観る」
「ラベルを貼らずに、そのままを認める」

という優しさと智慧に
裏打ちされた態度
だと思います。


まとめると

老子「ジャッジフリー」
そもそも“正しさ”“善”にすら
意味を求めない大胆な考え

ブッダ「ノンジャッジメント」は、
評価をやめることで“気づき”
“慈しみ”を育てる優しさ。

どちらの視点も、
「執着から自由になる」
という点では共通していますね。

社会の中で生きる以上
私たちはどうしても
他人や自分を評価しがちです。

でもふと立ち止まって、
「この評価は本当に必要か?」
と問い直してみる。

そんな時、
老子とブッダの教えが
心の解放へのヒントを
くれるかもしれません。


評価しないことで、
私たちは自由になれるのです。




最後までお読みいただき
ありがとうございます。
感想はスキとコメントで
教えてもらえると
嬉しいです。

いつもSNSに
シェアしていただける方へ
感謝しております。
記事がお役に立てたら
100円サポート願います。

noteで頂いたサポートと
Amazonアフィリエイトは
児童養護施設を退所する
子どもたちの就労支援団体
ブリッジフォースマイルさんに
毎月寄付させていただきます。

いいなと思ったら応援しよう!

タルイタケシ@本と失敗からしか学べない男 記事がお役に立てたら100円サポート願います。 noteで頂いたサポートとAmazonアフィリエイトは児童養護施設を退所する子どもたちの就労支援団体ブリジッフォースマイルさんに毎月寄付させていただきます。https://www.b4s.jp/action/contribution