無価値感を覚えると・・・
noteのプロ、しもまゆさんの記事から思い出したことがありました。
私は、研修などの場面で「褒める・認める・感謝する」ことを大切にしていますが、怒りを覚えることもあります。というか、けっこう怒りっぽいんですよ。幼い頃には、両親に「すぐ怒ったような顔をするな」ってよく言われていました。だーいぶ、丸くなったとは思いますけどね(笑)。
無価値感
ただ、この怒り、今の場合にはなぜ湧き上がるのかわかってきたように思います。しもまゆさんが記事の中で「無価値感」という言葉を用いてますが、まさにそれです。何のために私が存在するのか、何のためにやっているのか、などがわからなくなったときには、心身を著しく悪くした経験もあるくらいです。何を言っても否定されて、何のために自分が存在するのだろうか・・・独立してからもそう考えさせられることも多くありました。
ですので、価値を自分で感じられない取り組みやお付き合いからは、気持ちが向かなくなって撤退する決断を幾度となくしてきました。せっかく近づいて関係ができ始めても、自分を壊したくないと思ったときは離れます。
お互いを認め合ったり、安心して話せたり・・・こうしたことを相手にもわかるように示せている人たちのなかで活動したいと思うのです。価値を認め合えていない関係のなかでは、心がしんどくなって居づらくなるのです。
価値を認めてもらえる関係がいいです
昨日、仕事のやりとりの中で、自分の価値を認めてもらっていないような言動があって、少しイラっとしていました。ただ、妻が自分のことをわかってくれていて、たくさん励ましてもらって・・・そして、しもまゆさんのように、共感できる記事を読ませてもらって・・・元気になりました。
明日は、東京・浅草での藤咲先生のスプリングフェスタ。ここでまたパワーが満タンになりそうです。
その前に、一本就活関連の記事を書かなくては!がんばろう!
