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「夫婦別姓刑事」撮影中、フジテレビ自身が認めた佐藤二郎氏への人権侵害

2026年7月、佐藤二朗氏のインタビュー後編がデイリー新潮に掲載された。そこで明らかになったのは、フジテレビの第1スタジオ局長が撮影終盤に「弁護士の要求は多過ぎた」と認めていたという事実である。
局長は佐藤氏に対して「あいさつぐらいはしてください」と伝え、脚本に残っていた「橋本さんと抱き合うシーン」についても、結局は書き換えざるを得なくなったという。佐藤氏の睡眠障害はさらに悪化し、「抑うつ状態」と診断された。
この局長の発言は重要である。フジテレビの内部でさえ、撮影の終盤になってようやく「この対応はやりすぎだった」と認識していたことを示しているからだ。 

「やりすぎだった」と認めながら、なぜ止められなかったのか


フジテレビの第1スタジオ局長が「弁護士の要求は多過ぎた」と認めたという事実は、極めて重い意味を持つ。
これは、制作側の責任ある立場にある人間が、事後的にではあるが対応を失敗だったと判断したということである。にもかかわらず、その判断は撮影の終盤になるまで下されず、結果として佐藤氏は長期間にわたり「自分が相手を傷つけてしまうかもしれない」という強迫観念を刺激され続ける環境に置かれることになった。
問題の出発点は、「この組み合わせで撮影を続けた場合に何が起きるか」を、企画・配役の段階で真剣に検討しなかったことに尽きる。事前に防げなかった判断ミスである。

「守るための配慮」が別の苦痛を増幅させる
特に問題なのは、身体接触を禁じるという「守るための配慮」が、佐藤氏の加害恐怖をさらに刺激した点だ。
被害過敏側の境界を守るためのルールが強化されればされるほど、加害恐怖を持つ側は「自分がそのルールを破って加害者になってしまう」という恐怖を日常的に抱え続けることになる。これは、精神科の臨床現場で「相性の悪い組み合わせ」として認識されている相互作用である。
フジテレビは、橋本氏側の制限を優先的に扱う一方で、佐藤氏がその制限の中でどう精神を保つのかについては、ほとんど考慮しなかった。その結果、佐藤氏は「共演自体が苦痛である」状況を強制的に継続させられることになった。
撮影終盤では、すでに佐藤氏の精神状態は相当に悪化していた。そして、その悪化をさらに進めたのが、局長自身が「やりすぎ」と感じていた対応の継続だったのである。

出演契約における安全配慮義務
演者は労働基準法上の労働者ではない場合が多い。しかし、出演契約には信義則に基づく安全配慮義務が含まれると解するのが自然である。特に、身体接触や感情的な密着作業が前提となる場合、相手の心身の状態を著しく悪化させるリスクを事前に回避する義務は、制作側にある程度認められる。

共演決定時点で既にリスクが高い組み合わせだったにもかかわらず、十分な調整も行わず、降板の申し出も認めずに撮影を強行したことは、この義務を果たしていなかったと言わざるを得ない。内部でさえ「やりすぎだった」と後になって認めるような事態を、事前に防げなかったことは、その証左である。

最後に


佐藤二朗氏の精神状態が悪化したのは、フジテレビが「冷たかった」からではない。企画・配役の段階で真剣に検討しなかった結果である。
被害者保護の枠組みが一方向に偏ると、別の形の脆弱性を傷つける構造が生まれる。今回の事件は、その典型例と言える。
制作現場が「相性の悪い組み合わせ」を事前に認識し、調整・回避する意識を持たない限り、同じような悲劇は繰り返されるだろう。

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