モーツァルト「ピアノソナタ第3番」覚えやすい演奏はなぜ残るのか。内田光子
作曲者:モーツァルト
曲名 :ピアノソナタ第3番 変ロ長調 K.281 第1楽章
演奏者:内田光子
モーツァルトはそんなに聴く方じゃないけども、
内田光子の演奏が素晴らしいから取り上げようと思う。
Mozart: Piano Sonata No. 3 in B-Flat Major, K. 281: I. Allegro
あまり期待しないで流しながら聴いてたんだけど、ちょっと待てよとなった。これはいい演奏だ。驚くくらいに音のバランスがいい。
演奏の特徴って覚えやすい人と、何度聴いても覚えにくい人が居る。
内田光子は覚えやすいほうの人だ。
音が丸くて輪郭がくっきりしてるから音が覚えやすいんだと思う。
音の輪郭がぼやけてる音は覚えにくい。
そのせいかケンプタイプの音のピアニストが減ってる気がする。
そんなことと思うかもしれないけど覚えやすいことは大事だ。
その特徴がまた聴こうと思わせるからだ。
いくら超絶技巧であったとしても、その特徴という名の個性を覚えてもらえなければいつの間にか聴かれなくなるのではないか。
演奏に癖をつける。これは今の考え方とは違うかもしれないけども、
私のように聴く方にとってはとても大事なことだ。
それを考えるとアラウやフジコ・ヘミングの演奏も理解できると思う。
そして思うに古い世代ほど個性が強いピアニストが多いのではないかと思う。ホロヴィッツ、リヒテル、ギレリス、ケンプ、アラウ、ポリーニ、アルゲリッチ、みな個性が強い。
ここよりも前になるとサロン音楽の世界で、演奏がまた個性的で違うのだ。時代と共に段々と譜面に忠実な演奏になってきたというのはあるだろう。そこがサロンの時代とはかなり違うとは思う。昔は他のピアニストと音が被らないことも重要な事だったのではないだろうか。そうその構造は歌の世界と同じなのだ。似たものは淘汰される。
