ベートーヴェンのピアノソナタ第14番「月光」は表現力で大きく変わる:エミール・ギレリス
ベートーヴェン
ピアノソナタ第14番 嬰ハ短調 Op.27-2「月光」
私はベートーヴェンのピアノ曲は、
エミール・ギレリスの演奏を聴くことが多い。
私がベートーヴェンのピアノ曲の演奏に求めるものはギレリスのもつ力強さなのだろう。そこがケンプの演奏も好んでいながらもベートーヴェンではケンプを選ばない理由になると思う。
Piano Sonata No. 14 in C-Sharp Minor, Op. 27 No. 2 "Moonlight": III.
音源の比較をしてみよう
前者は年代は正確にはわからないものの1970年近辺のライブ録音で、
後者は1981年ベルリンでのスタジオ録音だ。
エミール・ギレリスはこの1970年あたりの演奏では、鋼鉄のギレリスとの呼び名の通りに力強く演奏している。対して1981年のスタジオ録音のでは力強さはかなり抑えられ品格の強い演奏に変化している。これがギレリスで良く言われている晩年に至ったとされている演奏の境地だろう。
リズムの異常なまでの正確さはどちらも変わっていない。ここが一番大事なポイントだと思う。
この曲は演奏者によっては極端に聴いていて飽きてくる曲だとも思う。
そこにこのギレリスの解釈はかなり正解なのではないだろうか。
ライブの演奏としては1970年あたりの演奏は絶大なインパクトがあって、ライブで聴く演奏としては大変素晴らしいと思う。特にギレリスの場合は聴き終わってからの満足感が他の演奏者とは大きく違う。ベートーヴェンの持っていた激情とはこのくらい激しいものだったのではないか。そうこの演奏を聴くたびに思えてくる。
ただ普段聴くものとしてはどうだろうか。1981年の録音のほうが聴きやすいのではないか。演奏としてはどちらも正解だろう。私ではどちらも良いとしか判断できない。少なくともどちらが劣るというものではない。
だけども、第3楽章で力は抑えられているがリズムの芯は揺らがない。そこに晩年のギレリスの凄みがあるのではないかと思う。
どちらの演奏も素晴らしい演奏だから、
聴くときの気分によって、演奏を聴き分けるのも良いのではないだろうか。
