多重散乱
最近ちょこちょことお見かけしていた「書いたら3人に回す」やつ、所謂バトンが回ってきた。いえ、回していただき奉りました。大変光栄な事なので、こうして筆を取っている次第なのだが、いかんせん何を書こうか迷っている。回ってきたのはタイトルでしりとりをしつつエッセイを書け、というもので、コハクシスさんから回ってきたのは「た」だった。これはもう「タイトル未定」とか「タイトルでしりとりしてます」とかでお茶を濁せちゃう懐の深さがあって、さすがとしか言いようがない。私も今後の人生で気になるあの人としりとらねばならぬ日が来たら「た」で回したい。回したいんた。ダメだヘタクソだった。
しかして問題はエッセイである。コハクシスさんは、私が書くものを軽妙洒脱なエッセイと紹介してくだすって、それは飛び上がってしまいそうな程嬉しいことなのだけれど、実は私にはエッセイを書いているという自負はなかった。おまけに軽妙洒脱の意味も怪しい。軽くて妙で酒を飲むと脱いじゃうみたいな話であれば、私のことで間違いない。そんな軽薄珍妙酒乱露出狂おじさんである私は、ここで書いてきたものを長らく「吐瀉物」と冠したマガジンに収めてきた。つまり私が書くものはエッセイまで昇華できていないナニカ=御ゲロ、というのが正直なところなのだ。とはいえ、noteで繰り広げる『エッセイとはナニカ議論』は、小説投稿サイトで日夜燃え上がる『純文学とはナニカ議論』と同じくらい、たぶん、誰も幸せになれない。ので、もちろんここではやらない。問題はいつも通り書くか、それとも私が思うエッセイ風を書くか、である。が、これをここまで読んでくだすった方のお気持ちを察するに『どっちでもいいしどうでもいいッ!』ではなかろうか。もしくは『そもそもおまえ誰やねん!』かもしれない。見知らぬ軽薄珍妙酒乱露出狂おじさんの心の葛藤ほど読んでいて不毛なものはない。そんなわけで今回は両方書いて有耶無耶にしようと思う。白黒つけずに長いものに巻かれる我が名は『忖 度夫(そん たくお)』。幸い、ここまで盛大に吐瀉物をぶち撒けたので、後半はエッセイ風でいこう。
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「た」から始まる単語で私にとって身近なものとして「多重散乱(たじゅうさんらん)」をご紹介したい。私は仕事で電子銃を使っている。その名の通り電子を打ち出す銃である。世の中には電子銃で人知れず巨悪を撃ち抜く闇の仕事があるのだ。とか言ってみたいが、実際には金属のち〜ちゃい粒とかなので、巨で悪でもない。それを電子でバチコーンと撃ち抜き、さらに撃ち抜いた電子をふむふむっとし、渋まさはる声で「実におもしろい」とか言っておけばお金が発生するお仕事を私はやっている(大語弊)。
本物の銃に喩えてみると、自分の手で誰かを撃っておいて、その銃弾を回収し「おや心臓を貫通したでありますか」とか言う感じの仕事だ(げにサイコぱす)。要は人体を通過した銃弾はエネルギーを失い、方向が変わるので、これを調べれば、貫通したのが心臓か肺か分かっちゃうよと、そういう理屈である。そんなトンデモサイコ理論を応用し、目には見えない小さな粒の中にどんな元素がいて、どんな風に繋がっているのかを電子で調べるのである。
このとき、電子が何かにぶつかってエネルギーを失ったり方向を変えたりするのを散乱と言う。撃ち抜くものが小さくて薄ければ、散乱は一回。この場合の話は単純で、教科書通りの挙動として扱うことができる。けれど、厚みのある試料だと同じ電子が何度も散乱してしまう。これが多重散乱という現象で、教科書通りにはいかず、複雑かつ厄介で、けれどそこが面白かったりする。両者はある一面だけを切り取れば、おんなじ姿形をしているのにその軌跡は全く違ったりするわけだ。
さて、前置きが長くなってしまったが、私は私の人生においてこの多重散乱を頻繁に思い浮かべる。例えば、上の人間。次男が産まれた時に、私は育休を取ったのだが、快く送り出してくれた人間と、「なぜお前が休む必要がある? 休んでまでやらなきゃいけないことがあるのか?」と真顔で聞いてきた人間がいる。二人とも似たような年齢、役職である。前者が多重散乱系イケオジで、後者が単一散乱系残念オジ、ということになる。後者はまさに教科書通り。うっすい人生観を通して得られたたった一回の散乱でふんぞり返るモンスター。そうとわかれば対処は簡単。九頭龍閃からの斬首一択である。間違えた、無視である。それよりも私が真に向き合うべきは多重散乱系イケオジである。どういう軌跡を描いてそういう思考になったのか。そこは是非とも研究しておきたいし、やっぱりそういう人間の語りは面白い。
当然ではあるが、散乱を繰り返すと、徐々にエネルギーを失う。失ったエネルギーはどこに行くかといえば、周りの環境、つまり周囲の人間にいく。だからそういう人のそばに居れば元気がもらえる。だが、多重散乱は時として周りの環境からエネルギーを吸収して元の電子をパワーアップさせることがある。エナジーゲインだとかアップコンバージョンなんてかっちょいい名前で呼ばれる現象だ。私が尊敬する人たちも皆、これを繰り返している。与え、そして自らも得て、気ままに進んでいく。
それってなんだかnoteみたい。なんて結ぶのはいかにも姑息かつむず痒いが、実際、私はここでたくさんエネルギーをもらっている。私のもうひとつの生息地であるカクヨムもそう。居心地の好い場所は、そこら中で散乱が起こっていてエネルギーが循環しているように思う。今回頂いた機会も、きっとその一つだろう。そんなわけで全方位に多重散乱感謝をかましてこの話を終わりたい。いつもありがとうございます。
と、キレイ(?)にまとめておいて、アレだが、本記事のタイトルは「ん」で終わっている。しりとれず。でも主催者様の記事に、件数が増え過ぎて読むのが大変、みたいな事が書かれていたので、ちょうど良いのでは?と思っている。だってバトン回すとか無理だから。コミュ症という文字に「優しさ」ってルビを振って頂けたらこれ幸い。ちなみに「ん」で終わったら審査員もしくはスポンサーに、との文面も見たが、私がそんなことをしても誰も得をしないので辞退させていただきたく存じます。代わりに今日から善行を3つほど積みますので、それが巡り巡ってなんやかんやで二億円くらいのお金となって主催者様に届くことを祈っております。れっつペイフォワード現金版。
きっといつか二億円を手にする主催者様↓
「た」で終わるコハクシスさん↓
