かくれんぼの先には秘密の扉があった。
狭い2LDKの我が家の中で、私はムスメとよくかくれんぼをする。といっても、大体は私が隠れる方。ムスメが超高速で「イチニサンシーゴーハチキュウジュウ!!」と数え、速攻で私を見つけにくる。
小さな家の中、隠れる場所などほとんどない。精々カーテンの裏とか、扉の後ろとかそんな場所。だが、ムスメは絶望的に勘が悪く、私の真横を平然とすり抜ける。
そして、「あれぇ、いないなぁ、パパどこ行っちゃったのかなぁ」と言い、その間に私は別の場所へとアジトを移す。
ムスメは家中を探しても出て来ない私にヤキモキして、ついには妻に助けを求めるところまでがお決まりだ。
そのくせ、私のことを見つけると〝それみたことか!〟というような顔でドヤるので私は少し意地悪してみたくなった。
私はいつものようにムスメの目を掻い潜り、風呂場に直行した。実はムスメは暗い場所が苦手だ。風呂場の電気は消している。静かな足音ともに「ねー、どこー?」という声が聞こえてくるが当然ガン無視だ。
だが、その日は少し様子が違った。ムスメは勇気を出して風呂場の扉をゆっくりと開けた。私は風呂釜の中に背中を丸めて入っていたので、これは見つかったかと思ったが、ムスメは入り口から恐らく顔を少し覗かせただけでそのまま去った。
その後、部屋のあちこちから声が聞こえてくる。「ここかなぁ」とから「いないなぁ」とか。しまいには、「ねぇ、もういいから出てきて!!」と怒鳴りだす始末。
どうやら妻と一緒に探し始めたようだが、遂に私の居場所を見つけることはできなかった。
遠い昔を思い出す。私は近所の少年たちと神社でよくかくれんぼをしていた。その時、私は境内の下、ちょうど本殿の真下に身を潜めていた。昼間だというのに真っ暗で、光の届かない場所。夥しい蜘蛛の巣と、誰かが放り込んだ古く、錆びた空き缶が転がっていた。
私はそこでずっと待っていた。永劫とも思える時間が経った。私は髪の毛にへばりついた蜘蛛の巣を指で取りながら外に出た。境内に座り、辺りを見渡す。すっかりと日が暮れた杉林の参道。傍に停めていた自転車は、私のもの以外残っていなかった。
私はかくれんぼに勝った。だが、そのとき何か大切なものが心のどこかから抜け落ちたような感覚を覚えた。
風呂釜に隠れて、大体1時間くらいが経っただろうか。私は足音を立てないようにリビングへ出た。妻は呆れて洗い物と晩御飯の支度をしている。
風呂場から出てきた私と目が合ったが、特大の「はぁ...」というため息をついて、それっきり言葉を交わさなかった。
私はムスメを探した。寝室の方を見ても音は聞こえない。だが、いつもムスメが遊んでいるテレビの部屋を見た時に、ムスメの後ろ姿が見えた。その時、ムスメは何度も何度もベランダの窓に掛かるカーテン、その裏地をひっくり返しては「やっぱりいないなぁ...」と繰り返し呟いていた。
ふと、ムスメがこちらを向いた。顔面をぐじゃぐじゃにしながら、私の腰元をめがけ、思いっきり抱きついてくる。私はそれをぎゅっと受け止めた。
あの日、失ったものの欠片は、ずっとここにあったのだと気づいたとき、私の胸を温かい何かが満たしていく音がした。
「パパ、ずっと探してたよ。どこにいたの?」
そう言うムスメに私は、「このおうちには秘密の扉があって、パパはそこにいたんだよ」と答えた。
ムスメは目をまん丸くして驚き、私を質問攻めにした。秘密の扉とは何なのか、それはどこにあるのかと。
答えに窮した私は、秘密の扉は教えてはいけないことになっている。それは神様との約束。もし教えたら秘密の扉は消えてしまうと、そんなことを答えた気がする。
それからというもの、ムスメは妻に自慢をするようになった。
「パパはね、姿を消すことができるんだよ!魔法使いなんだよ!」
ことあるごとに同じ話をされて辟易した妻は「消えたように見せてるだけでしょ」と冷たくあしらうが、そういう時に大抵ムスメが私の方に来てこっそりと耳打ちをする。
「秘密の扉のことは、ママにないしょにしておくからね」と。
秘密の扉の場所は、もう少しだけ秘密にしておく。
さて、今回はこちらの「 #エッセイしりとり 」で、natty725さんよりバトンを受け取り書かせていただいた。
詳細はマイキー🐣さんの記事をご覧いただきたいが、大まかなルールはこちらとなる。
🔸開催期間は~8月31日23時59分まで。
🔸審査基準は「ヤバい」「ニヤけた」「ぽかった」「この続き、読みたい」「心動いた」
🔸 濁点・半濁点・小文字はゆるく判断
「が」→「か」
「ぱ」→「は」
「ゃ」→「や」
「っ」→「つ」
🔸「ん」で終わるタイトルを書いてしまった場合は
罰としてスポンサー側に回る
※審査員になりたい方🖐️スポンサーになりたい方は
あえて、「ん」で終わらせてもOK
思えばこのアカウントでエッセイらしいエッセイを書いたのは、実は初めてかもしれない。natty725さん、バトンを回してくれてありがとうございます。
また、えむのマイトンさんからもバトンを貰っているので、そちらも後日書いてみたいと思います。
さて、この企画、私からバトンを3名の方(次回も含めると合計6名の方)へ回すことになっているが、正直人選はかなり迷った。
だって、私がフォローしている人は誰も誰もが面白い。そんな人たちがこのお題でどんなエッセイを書くのか、はっきりいってワクワクしかない。
だが、バトンを気軽に回すのも結構気が引ける。8月という時期もあるし、普段の投稿リズムが崩れ、書くことがプレッシャーになってしまうかもしれない。
なので、今回私からバトンをお渡しさせていただく方は、決して無理をしないで大丈夫です。
もし、気が向いたらで結構なので、興味があれば書いてもらえると嬉しいです。
まず、バトンをお渡しする一人目はごまつぶさんだ。
ごまつぶさんの書くエッセイはとにかく深い。視点が独特なのか、言葉遣いなのか、論理の運びなのか。正直私は天才だと思っている。
ごまつぶさんのエッセイは、心の痛みに対する感覚の鋭敏さを感じることがある。だが、それをストレートに表現せず、かといって過度に脚色せず、ありのままに読ませる力は本当にすごい。不定期に更新される投稿通知が来た瞬間、私のテンションは爆上がりだ。
そして、二人目は志重文吾さん。
志重さんは、ふだんnoteとは別の場所で小説などを書かれている作家さんだ。その分noteの投稿はエッセイ中心で、これが本当に面白い。
軽妙洒脱、言葉の運び、比喩の使い方、とにかくグイグイ読ませる素敵な文章を書かれている。
父として家族を支える等身大のご自身をちょっと皮肉っぽく綴るエッセイには時にクスッとし、時にホロリとさせられて、酒が進んで止まらない。
まだご存知ない方は、ぜひ、一度志重さんのnoteを覗きに行ってみてほしい。
最後の三人目は、ハルさんだ。
ハルさんは元々潜在意識系のYouTube動画クリエイターだ。だが、noteでのハルさんはそれとは少し違った一面がある。合言葉は「なーんも問題ないっ♪」で、いつも人の心を温めてくれる。
そんなハルさんの普段の投稿は自由気ままそのもの。その時に思ったこと、感じたこと、伝えたいことのライフログのように私は感じている。
だが、実のところ私は、ときどきチラッと語られるハルさんの人生には相当なドラマがあると思っている。
いつも能天気(失礼)なことを書いているハルさんが紡ぐ短歌などは、決して能天気な人が詠めるようなものではない。
ハルさんは照れ屋なのであまり語りたがらないが、私はハルさんが書くエッセイをもっと見たいとずっと思っていた。千載一遇のチャンス到来ということで、バトンを渡させていただきたい。
というわけで、もしお三方がよければ「た」から始まるエッセイを書いてみてください。
(賞金も出るとのことです!)
