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子供がまだ食ってる途中でしょうが!と言ったら時間制限が消えた話

俺は32歳で、日雇いのバイトをしながら暮らしている。コンビニと工場のバイトを掛け持ちして、なんとなく日々が過ぎていく。特に夢も希望もないが、不満もない。要はあんまり欲がないのだ。

俺には3歳上の姉がいて、姉には8歳になる子どもがいる。カケルと言う名前の甥だ。

姉の夫は出張が多く不在がちだ。姉は自分が気晴らしをしたいとき、カケルを一人にできないからと、俺にちょくちょく預けてくる。

「タカシ、悪いけど、カケルをちょっとだけお願いね」

「ちょっとってどのくらいだよ」

「半日くらい」

――長い…

いいように使われている。ひとしきり文句は言うが、ただ断る理由もない。カケルは手のかかる子でもないし、仲もいいからだ。何よりも小遣いと食費をくれる。悪くないアルバイトだ。

* * *

ある日、カケルを連れて、90分制のブッフェに行った。値段はそれなりだが、味はまずまずだ。平日の昼間だったが、それなりに混んでいた。

俺は元を取ることに集中していたが、カケルはデザートに夢中だった。

「申し訳ありませんが、そろそろお時間です」

店員がそろりと声をかけてきた。

「あ、すみません。もう出ます…」

俺は慌てて立ち上がった。カケルはまだ、プリンを食べかけで半分ほど残していた。

「ほら、もう行くぞ」

「えー、まだ食べてるのに」

「仕方ないだろ、時間なんだから。また来ような」

そのときだった。隣の席にいた中年の男が、ゆっくりと立ち上がった。男は震える手でこちらを指差し、絞り出すような声で叫んだ。

「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」

魂を揺さぶるような声だった。店内の空気が一瞬にして張り詰めた。店員はすぐに俺に向かって深く頭を下げた。

「も、申し訳ございません……!」

さらに奥から店長らしき男がすごい勢いで飛び出してきた。

「大変失礼いたしました!」

結局、俺たちは席に戻され、時間制限が撤廃された。好きなだけいていいと。食べきれなかったデザートはタッパーに詰めてくれ、次回の割引券まで渡された。

俺はただ、呆然としていた。

* * *

帰り道、どこかで聞いたことがあるような気がしてスマホで調べてみた。「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」、ラーメン屋、閉店時間、北の国から。キーワードで検索すると理由はすぐに見つかった。

――なるほど、そういうことか

これは、使えると思った。

翌週、カケルを連れて別のブッフェに行ってみた。

「ゆっくり食べていいぞ、いや食べるんだぞ、特にデザートはな」

「うん…分かったよ」

カケルは薄く笑って言った。こちらの意図になんとなく気づいたようだ。

やがて時間が来た。

「申し訳ありませんが、そろそろお時間です」

カケルはうまいこと、ケーキを半分残している。それどころか、俺が立ち上がるタイミングに合わせて、フォークを止めて悲しげに皿を見つめるという、なかなかの名演技を見せた。俺は静かに立ち上がった。

「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」

今回も店員の顔色が変わった。

「……失礼いたしました」

俺は店員に見えないように小さくガッツポーズをした。

* * *

それから何度か試した。かなりの確率でうまくいったが、毎回というわけではなかった。

「申し訳ありませんが、そろそろお時間です」

やってきたのは若い店員だった。カケルはちょうどアイスを食べていた。俺はここぞとばかりに言った。

「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」

「はあ…。それが何か?」

「いや、だから食ってる途中なんで…もうちょっと待ってくれませんかね…」

「はい、そういうことでしたら」

結局、その日は普通に会計をした。これが世代間ギャップというものかと思い知った。

それでも何度か試すうちに、傾向が見えてきた。40代以上の店員なら成功率は高い。50代以上になると確実。60代以上は、ほぼ無敵だった。

店を出るときはカケルの手を引いて腰をかがめ、なるべく申し訳なさそうに店を出た。店を出るまでが五郎さんだ。店を出るとカケルと繋いだ手をぶんぶん振り回しながら帰った。

俺は空いた時間にネットドラマの配信を見て、五郎さんのセリフの言い回しをコツコツ練習した。 俺は残念ながら、こういうことには労力を惜しまない性格だった。

* * *

そんなある日、姉に呼び出された。

「タカシ、ちょっといい?」

カケルが隣に立っている。見た目に明らかに、丸くなっていた。

「……太っちゃったかな?」

「でしょ?あんたどこに連れてったのよ?」

姉は腕を組んだ。俺は沈黙した。

「ブッフェよね?」

俺は無言で頷いた。姉は深いため息をついた。

「もう、連れてくのやめてよね。食べ放題とか、我慢できないんだから…」

「……ごめん、でもさ、カケルも喜んでたし、なっ」

カケルは俺と姉を見比べて、「でへへ」とだらしなく笑っている。

それでも、子狸みたいにぽこっと膨らんだお腹をさすっているのをみると、さすがに心が痛んだ。

* * *

その夜、カケルからメッセージが来た。

『タカシおじちゃん、あのお店にまた行きたい』

俺はしばらく考えてから返信した。

『もうブッフェはやめよう…』

『そっか……』

少し残念そうにしているような間があった。

『じゃあ、ブッフェじゃなくていいから、ゆっくり食べられるとこがいい』

『いいよ。また今度な』

そう返信すると、カケルはチョコレートパフェのスタンプを送ってきた。甘い物が好きなのは俺と一緒だなと思った。

翌日、俺は一人でブッフェに入ってみた。

制限時間がくると、店員が静かに声をかけてきた。

「申し訳ありませんが、そろそろお時間です」

「まだ食ってる途中でしょうが…」

試しに言ってみたが、店員は少し困った顔をした。

「そう言われましても、お時間なので…」

店員は淡々と言った。

「そうだよね…」

俺は苦笑いして店を出た。大人になるということはこういうことなのだ。

帰り道、コンビニでプリンとシュークリームとアイスをまとめて大人買いした。これも大人にしかできないことだ。……たぶん。

※この話はフィクションです。でも五郎さんへの敬意は本物です。
五郎さんに向けて、何か一言残してもらえたら嬉しいです。

関連記事:北の国からシリーズ①:
泥のついたピン札ー少しだけ反省している話

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