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泥のついたピン札ー少しだけ反省している話-

ある日、コンビニで買い物をしようとしたら、スマホを家に忘れてしまった。いつもは電子決済だが、取りに帰るのも面倒だったのでバッグから財布を取りだした。現金払いは久しぶりだった。

「3,548円になります」

何気なく1万円札をレジに差し出すと、年配の店員は目を丸くした。

「これ、泥がついてます……」

「えっ?」

よく見ると、確かに札の端には俺の指紋の形をした泥がついていた。昨日ベランダの鉢植えに水をやったのを思い出した。泥はきっとその時についたものだ。その後、うっかり札を触ってしまったのかもしれない…。

「ど、泥がついてちゃダメですか?」

思わず少しうわずった声が出た。すると店員は凄い勢いで首を振った。

「ピン札に泥がついてる。俺は受け取れん」

「え、なんで……」

「お前の宝にしろ。一生とっとけ…」

店員はそう言って、俺の持ってきた商品を勝手に袋詰めして手渡した。

「はい、次のお客様どうぞ」

俺は呆然としながらも、言われるがままに商品を持ち帰った。

* * *

帰り道、どこかで聞いたセリフのような気がしてスマホで調べてみた。泥のついたピン札、年配の店員、「一生とっとけ」、北の国から。キーワードで検索すると理由はすぐに見つかった。

――なるほど、そういうことか。

これは使えると思った。

* * *

翌日から、なるべく年配の店員がいる店を選んで買い物をした。するとかなりの確率で、ただで商品を袋詰めしてもらうことができた。

店を出る俺の姿を周りの客は呆然として見ていた。俺は腰をかがめ手刀を切りながら、なるべく申し訳なさそうに店を出た。店を出るまでが五郎さんだ。俺はなり切った。その後はスキップしながら家に帰った。

もちろん、毎回、成功したわけではない。特に若い店員に当たった時などはまったく効果がなかった。

「1万円お預かりします」

「これ、泥がついてるんだけど…」

「…構いませんが、それが何か?」

「いや、しかもピン札だし…」

「…はあ?」

「…いや、もういいんです」

結局、俺は普通にお金を払った。世代というのは残酷だと思った。

それでも何度か試すうちに、ある傾向が見えてきた。40代以上の店員なら成功率は高い。50代以上になるとかなりの確率で「受け取れん」と言ってくれる。60代以上になると、ほぼ確実だった。

きっと、人は長く生きているほど「北の国から」に染まっているのだろう。

俺はそれから、定期的に銀行の窓口に行って古くなった札をピン札に変えてもらった。ネットでドラマの配信を見て、泥のついている位置やつけ方をコツコツ練習もした。手間はかかったが、残念ながら俺はこういうことには労力を惜しまない性格だった。

* * *

そんなある日、いつものようにコンビニでピン札を差し出した。

また年配の男をねらって店に入った。店員はピン札を受け取ると、すぐに泥に気づいた。そして静かにこう言った。

「……お前の宝にしろ。一生とっとけ」

店員はそう言って、ピン札を俺に返し、商品を袋詰めした。

成功だ。ホッとして商品を手に持って帰ろうとした時、不意に店員が呟いた。

「人間長くやってりゃ取れねぇ汚れもある。そういう汚れはどうしたらいいんだ?」

俺は固まった。まさかのあの名場面のセリフだった。

俺は今までしてきたことが急に後ろめたくなった。思わず頭を下げていた。

「いや、とんでもないことを……」

「いいから頭を上げてくれ、話もできねぇ」

店員と俺は、しばらく黙ったままだった。

「あんたはとにかく、謝った。それもあんたの誠意なんだろう」

「いや…あの…」

店員はおもむろに言った。

「でもあんたの言う誠意って何かね?もしもあんたの娘さんが…」

そこまで聞いて、俺はもう耐えきれなくなった。そのまま逃げるようにして店を飛び出した。

――完敗だ。もうあの店には行けない。

……帰り道、俺は財布を開いた。中にはまだ何枚かピン札が残っている。

俺はそのうちの一枚を取り出して、端にほんの少しだけ泥をつけた。

ふと考えた。まだ近所で行っていない店はあったろうかと。

俺に娘はいない。だから関係はない…。

もちろん、これは念のためである。

※この話はフィクションです。でも五郎さんへの敬意は本物です。
五郎さんに向けて、何か一言残してもらえたら嬉しいです。

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