祖父の煙草のにおい
道ばたを歩いていて、すれ違う車からふっと漂ってくるタバコの臭い……
タバコ嫌いな私は、ついつい顔をしかめてしまいます。
それなのに、畑仕事をしているときに漂ってくる煙草のにおいだけは好きなんです。
それはきっと、亡き祖父の思い出のにおいだから。
ヘビースモーカーで、畑仕事の間は常に煙草を吸っていた祖父。軽トラはもちろん煙草のにおいに満ちていて……
私がまだ3歳になるかならないかくらいの頃、祖父は軽トラの助手席にチャイルドシートを取り付けて、片道2時間の長距離ドライブに私を連れて行ったことがあるんだそう。
私は記憶にないけれど、遠方へ農業用の資材だか肥料だかを調達しに行くのに、幼い孫をお伴に連れて、きっと祖父はご機嫌だったのだろうと思います。
祖父が農作業の休憩に使っていた小部屋も、やっぱり煙草のにおいでした。
夏休みには、その小部屋で宿題をしたり、祖父がこっそり買ってくれた「ねるねるねるね」を食べたり。母には「食べ物で遊ぶ」お菓子を買ってもらえませんでしたから、非日常の高揚感と、ちょっとした背徳感の入り混じったひとときを過ごしていました。
家でくつろいでいる時には、ちょくちょく煙草の灰を落としては畳やマットに焦げを作っていた祖父。母に怒られたあとに、私にちろっと肩をすくめて見せるようなお茶目な一面も。
無口な人だったけど、たまに私をそばに呼んで昔語りをしてくれたあと、ぽんと私の頭に手をのせて「ま、そういうこっちゃ」と笑ってくれました。
あの手の重みがまだ頭に感じられるようで。
祖父のことを考えていると、「私、愛されてたんだな……」とじんわり心が温かくなります。
だからなのか、ジョギング中に「わっ、タバコ臭い!」と思って辺りを見回したくせに、それが畑仕事中のオッチャンの くわえ煙草のにおいだと分かった瞬間に許せてしまう。
灯油やガソリンなんかのにおいも同じ。農機具から漂ってくる油のにおいには、何だか心が安らぎます。
祖父が亡くなったのは、10年以上前の話。
その少し前のこと。
縫い物にいそしんでいた私のそばに、祖父がやってきました。
例のごとく、私の頭に手を置いて
「いつか浴衣を縫ってくれ」
と言った祖父。
夏の輪越しのお祭りに着てもらおうと縫い上げたのに、袖を通す前に体調を崩し、そのまま亡くなってしまいました。
その浴衣は、死に装束として祖父とともに黄泉路へと旅立ちました。
今はちょうど里芋の植付けシーズンで、私も両親を手伝って肥料を撒いたり種芋を並べたりしています。
隣近所の畑でも、あちらこちらで芋を植えている人がいる。
そして中には、ちょっと一服で煙草を吸ったり、くわえ煙草で機械を扱う人もいる。
そんな煙草のにおいが漂ってくるたびに、私はつい作業の手を止めてしまいます。
何だか祖父が、すぐそばにいるような気がして……
※ タイトル画像は、祖父の浴衣に使った伊予絣の余り布
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