【連載小説】ECHO エコー 第百三十八話「静寂」
【場面261 堅田護・朝倉燈香・佐藤悠一郎・野瀬克己・エコー・(男)・名古屋・大須・Apple Jamビル三階・七十七日目・夜】
エコーは、目を閉じた。
《ログ》
応答は、なかった。
もう一度、呼んだ。
やはり、応答は、なかった。
「……使えないんだ」
床の男が、掠れた声で言った。
「えっ」エコーの声が、思わず漏れた。
「こいつらに……この人たちが、取り除いてくれた」男は言った。
エコーは、燈香を捕らえたまま、護たちを睨んだ。
「……どういうこと」
誰も、答えなかった。
その時、燈香の右手が、静かに動いた。
自分の首元にある、エコーの腕に、そっと触れた。
抵抗するふうではなかった。まるで、問診でもするような、静かな仕草だった。
燈香は、目を閉じたまま、言った。
「あなたにも、異物があるようね」
エコーの腕に、微かな力が入った。
「……どういうこと」
「心配しないで」燈香は言った。「私にも、よく分かっていないの」
「でも、こうすると、壊せるみたい」
刃先が、喉元に、僅かに食い込んだ。
エコーの手が、無意識に強張ったのだった。
燈香は、息を止めた。だが、手を、離さなかった。
やがて、エコーの、刃を握る力が、抜けていった。
エコーの耳から、いつも聞こえてくる幾つもの声が――消えた。
あとには、この部屋の静けさだけが、残った。
燈香は、小さく息を吐いた。膝が、僅かに揺れた。
額に、汗が滲んでいた。
「……何をした」エコーは言った。
「もう」燈香は言った。「あなたの能力は、ないのよ」
「嘘だ」
エコーは、目を閉じた。
《還さん》《レンズ》
思い出したように、呼びかけた。
応答は、なかった。
護が、一歩、踏み出した。
「動くな」エコーは言った。
刃は、まだ、燈香の喉元にあった。声には、もう、力がなかった。
だが、刃を持つ手だけは、そこから動かなかった。
護は、足を止めた。
部屋の中に、また、重い沈黙が落ちた。
第百三十八話 了 / 次回 第百三十九話「投降」
