【連載小説】ECHO エコー 第百三十九話「投降」
【場面262 堅田護・朝倉燈香・佐藤悠一郎・野瀬克己・エコー・(男)・名古屋・大須・Apple Jamビル三階・七十七日目・夜】
男は、しばらく黙っていたが、やがて、口を開いた。
「……もう、やめろ」
エコーは、答えなかった。
「その人を、離してやれ」男は続けた。「そんなことをしても、何も変わらない」
「還さんも、レンズも、来ない」男は言った。「俺たちは、もう……ただの人間だ」
エコーの手が、微かに震えた。
「……分かってる」エコーは言った。「分かってるけど……」
声が、掠れていた。
「離すもんか」エコーは、声を張った。「離したら、私たちは、終わりだ」
「もう、終わってる」男は言った。「気づいてないだけだ」
エコーは、唇を噛んだ。ナイフを握る手に、また、力が戻った。
護は、動かなかった。ただ、じっと、エコーを見ていた。
「……あんたの気持ちは、知らん」護は、静かに言った。「せやけど、その子は、何もしとらん」
エコーの視線が、揺れた。
「……エコー」
男の声が、初めて、震えていた。
エコーの肩が、大きく跳ねた。
「もう、やめよう」男は言った。「これ以上は、意味がない」
長い沈黙があった。
誰も、動かなかった。裸電球の唸る音だけが、部屋に響いていた。
やがて、エコーの手から、力が抜けた。
ナイフが、床に落ちた。乾いた音が、部屋に響いた。
燈香の身体が、静かに、エコーの腕から離れた。
エコーは、その場に、崩れ落ちるように座り込んだ。
両手を、床についた。
護が、ナイフを拾い上げた。
野瀬が、エコーの腕を、後ろに回した。
エコーは、抵抗しなかった。
悠一郎は、扉の前で、その様子を、黙って見つめていた。
床の男は、目を閉じていた。
エコーは、俯いたまま、動かなかった。
第百三十九話 了 / 次回 第百四十話「誤算」
