ZINEのドレスコードとは-後編(番外編 ZINEフェスレビュー)
前回までのあらすじ、マイクラになった。
垂井まろさん「トクサツメモリー」

垂井まろさんの『トクサツメモリー』は、特撮作品を題材にしたエッセイ本である。
垂井さんは普段Webライターとして活動されていて、大の特撮好き。しかも、平成生まれながら白黒TV時代の『ウルトラQ』や初代『ゴジラ』まで語れる、かなり渋い守備範囲を持っている。
実を言うと、私自身も玩具やプラモデルなどのホビー設計をしていた頃、東映、東宝、円谷といった特撮作品の商品に携わり、業界の方々とも仕事をしてきた。
だからこそ、この本で一番良いと思ったのは、特撮本ではなくエッセイ本であることだ。
特撮、とくに怪獣界隈は知識の蓄積が深く、業界の方と話していても、こちらに理解させようという意思を感じないほど専門的な話になってしまうことがある。信じられるだろうか、監修の打合せで、ウルトラマンのスペシウム光線の指の反り具合について、一時間近く説教されることがある。
だから、詳しい人ほど初心者への入口を作るのが難しい。
その点、垂井さんは「何が好きか」ではなく、「なぜ好きになったのか」を丁寧に言葉にしている。着ぐるみやミニチュア、撮影技術といった専門的な話も出てくるが、それは知識を披露するためではなく、「あの作品を見たあの日の自分」を描くための材料になっている。
だから特撮を知らなくても、気付けば垂井さんが怪獣と出会った景色を一緒に歩いているような気持ちになる。作品そのものだけでなく、「好き」という感情が育っていく過程まで読ませてくれるのだ。
さすが本職がライターだけあって、専門用語が複数出てきても文章は理路整然としていてとても分かりやすい。知識のある人に向けて書くのではなく、これから好きになる人にもきちんと手を差し伸べてくれる。オタクと、好きになり始めた人との架け橋になるような一冊だと思う。
……と、ここまで私は一般人代表のような顔で語ってきた。
しかし、本の中に『ガメラ2 レギオン襲来』の名前を見つけた瞬間、私の目の色が変わった。私は子どもの頃に見た平成ガメラ三部作の大ファンである。
その場で、レギオンの造形がどうだ、自衛隊の描写がどうだ、平成ガメラがいかに怪獣映画の到達点か、と、冒頭で話した「初心者に優しくないオタク」そのものになって、垂井さん相手に熱弁してしまった。
人には「好き」を分かりやすく伝えることの大切さを語っておきながら、自分はその数分後には、翻訳される前のオタク語を全力で浴びせていたのである。
垂井さん、すみませんでした。
川成灯さん「ぼくら雨をきらきらきってはしる」

川成さんとは前回のZINEフェスで初めてお会いした。そのとき購入した本は以前の記事でも紹介しているので、今回で会うのは二度目になる。
私はすっかり知り合いのつもりで名乗らず話しかけた。ところが途中で気づく。川成さんは私のことを覚えていない。
そりゃそうだ。一日で何人と話していると思う。急に恥ずかしくなったが、先にうどじょさんが私の記事をきっかけに訪ねてくれていたらしく、不審人物にならずに済んだ。ありがとう、うどじょさん。
ちなみに私は、川成さんの本を先日下北沢で見かけたと勘違いして話してしまった。帰りに確認したら無かった。川成さん申し訳ない。面白すぎて白昼夢を見たらしい。もし第二版を作る前だったら、幻覚作用の注意表記を追記してほしい。
帰り際、「ありがとう、舐め太郎」と言ってくれた。
ちょっと、韻を踏んでるなと思った。
先日、「文章は生物だ」という話を聞いた。
そのときは分かったような顔をしていたが、『ぼくら雨をきってきらきらはしる』を読んで、なるほど、こういうことかと思った。この本の中では、過去がまだ生きている。
部活を辞め、ひとりで帰る中学生の川成さん。苦しくて仕方がない時期に喫茶店へ通い、ママレードの乗ったバタートーストを食べる川成さん。仕事納めの日、総務の奥野さんとケーキを買いに行き、小さないちごの乗ったタルトを噛みしめる川成さん。
どれも終わった出来事のはずなのに、文章の中では終わっていない。
喫茶店の固い扉のベルは今も、からんからんと鳴る。父親は北海道旅行でふらふらと歩きながら、今もにこにこしている。一年の終わりに食べたいちごタルトは、今もいちごがごろごろと乗り、カスタードはもったりしている。
文章になった記憶は保存されるのではなく、もう一度生まれ直すのだ。
川成さんの本は合作を含めてこれで三作目になる。どれも好きだが、個人的にはこの一冊が一番好きだった。複数読むとよく分かる。題材が変わっても、数ページで「川成灯作品」になる。
前編で感想を書いた小河さんにも感じたが、川成さんには一本の強い作家性がある。感情を直接説明せず、食べ物の味や、人の表情や、景色を書き残す。だから読者は、その周りから感情を拾い集めることになる。
特に「スジャータ」は印象に残った。余命宣告を受けた父親との北海道旅行。ふらふら歩く父親に言葉を飲み込み、その笑顔だけを書く。その短いやり取りだけで、心配も愛情も悔しさも伝わってきた。
この本の「きらきら」は、順風満帆な人の輝きではない。雨に濡れ、もがきながら、それでも走り続ける人の光だ。
それなのに、川成さんは、もがいている場面まで少しかっこいい。
普通はもう少し泥や鼻水や検索履歴が付着しているものだと思うのだが、部活を辞めた帰り道も、喫茶店も、恋人との別れも、一枚の映画のように見えてしまう。本文のやわらかな明朝体のようなフォントも、その空気によく似合っている。あれ何なのか教えてほしい。
そして、これはかなり腹が立つ。
なんでそんなにも、きらきらしているんだ。
こちらはこんなにも、カクカクしているというのに。
なので、せめて履歴書の職務経歴欄には、もう少しトンチキな職歴が載っていてほしい。
何かこう、タピオカ職人、みたいな。
大橋ソウイチさん「服に毛玉が出来るように」

最後に訪れたのは、今回のZINEフェスで初めて知った、大橋ソウイチさんのブースだった。
初めて会った大橋さんへの印象は二つある。
イケメンだな。
ブース、めちゃくちゃシンプルだな。
普通に職務経歴の欄へ「仮面ライダー」と書かれていてもおかしくなさそうな男前が、ほとんど装飾のない机の前に座っていた。
ZINEフェスは、文学フリマに比べてもブースの自由度が高い。ポップを立てたり、販促グッズを並べたり、出展者自身のキャラクターを前面に押し出したりと、それぞれが工夫を凝らしている。一つ前に見たのが、そうしたセルフプロモーションに非常に長けた川成灯さんのブースだっただけに、温度差がすごかった。
大橋さんの机に並んでいたのは、今回購入したエッセイ集『服に毛玉が出来るように』と、CDの歌詞カードのような小冊子。それから、おそらく本を宣伝するために作られたポップだった。しかし、その宣伝を読んでも、どのような本なのかがまったく見えてこない。分かったのは、大橋さんが筋肉少女帯のファンらしい、ということだけだった。
この手のイベントでは、テーマや書き手の人物像が分かることが重要だと思うが、大橋さんからはそれが何一つ掴めない。その曖昧さに引き寄せられて、購入してしまった。
そして、読んでみた。
読んだ印象を一言で表すなら、ものすごく何かを成し遂げそうなのに、結果的には何も成し遂げていない本だった。
ただし、よく観察すればポテンシャルは随所に感じられる。ルックスがよく、歌詞も文章も書けて、本を一冊作ってイベントに出る行動力もある。要素だけ見れば先程の川成さんと大差ないはずなのに、どこかボタンを掛け違えているような感覚がある。
その「掛け違い」は行動にも現れている。俳優のオーディションに向けてヌンチャクを練習するが、その後は触れられない。ダイエットも途中で妙な形で終わる。最近ではnoteで昆虫食に挑戦しているらしい。
さらに歌詞を書き、歌詞カードのような冊子まで作るのに、曲までは作らない。どの企画も発想は面白く、労力もかかっているのに、決定的な一歩を踏み込まない。
読んでいるうちに気づいた。この人は、本来YouTuberがやるような企画を、すべて文章でやっているのではないか。しかし大橋さんは、それらを動画にせず、文章でさらりと報告して終える。
そのため、話はいつも「何かが始まりそうなところ」で終わる。盛り上がりそうな瞬間に次の話へ移り、結果として、見どころだけを並べた予告編のような読後感が残る。
一つ一つの話には名作になり得る要素があるが、そこに至る前で止まる。そのもどかしさと同時に、想像の余地が残される面白さもある。
実は、映画も予告編が一番面白かったりする。
本人は本気なのか、ふざけているのか。諦めたのか、まだ続けているのか。その輪郭は最後まで曖昧なままだ。文章を書きたいと思ってから十二年間ほとんど書かなかった人が、ある日突然書き始め、本まで作っている。その経緯も含めて、大橋さんの文章には、動き出す直前の人間特有の熱がある。
これらが計算なのか、それとも全力の空回りなのかは分からない。ただ、何をする人なのか見えないまま本を買い、最後まで読んでも、その印象は変わらなかった。
そして私は今も、大橋ソウイチという男の本編がいつ始まるのかを待っている。まだ予告編しか見ていないような気がするからだ。
帰り道
たくさんの本を抱え、重たくなった体でZINEフェスを後にする。
銀座線に揺られながら窓に映る疲れ切った私は、自分のはずなのに、少しマイクラに見えた。両側のポケットはパンパンに膨らみ、角張ってせり出した自分の輪郭を見てふと思い出す。行きつけのリス園で見たリスたちの姿を。
野生と違って餌に困ることはないはずなのに、それでも頬いっぱいに木の実を詰め込んでいた。欲張りだなあと笑っていたが、今の私に彼らを笑う資格はない。
だって、こんな場所で「あ、これを逃したら、もう二度と会えないかもしれない」と思ってしまえば、手は勝手に財布へ伸びてしまう。
小河ひとみさんや川成灯さんのように商業出版でも違和感のない文章を書く人もいれば、あまねこさんのように人生そのものを掘り下げる人もいる。垂井さんの特撮、ナガオさんの宗教のようなニッチな分野や、大橋さんはもはや何に分類すればいいのか分からないものを書いている。
どれも大型書店では出会えない本だった。神保町の路地裏の古本屋で一冊だけ見つけるような、一期一会の面白さが、この会場には並んでいた。
そして、その帰り道に思いついた。そうだ。この「もう一度読み返したい」「誰かに薦めたい」と思った本たちを、一つの棚に並べよう。
そんなこんなで、遅ればせながら新しいマガジンを作りました。
ZINEやインディーズ作品、ショートショートや短歌まで、長さや形式に関係なく、「これは誰かに読んでほしい」と思った作品だけを集める本棚です。
もしあなたも、このZINEフェスで見つけたような一期一会の面白さが好きなら、ぜひ一度、のぞいてみてください。
※弁当とエッセイをまとめた「弁当記録」というマガジンがあります。
今回の文章が気に入った方は、自己紹介と合わせてのぞいていただけたらうれしいです。
自己紹介エッセイ
マガジン|弁当記録
