新しい場所が怖いのは、私が弱いからじゃない ― 脳の癖と暮らしている⑤ ―
行く前から、もう疲れている。
予定表に入れた瞬間から、
少しだけ気が重くなる。
学校の用事。
初めて行く場所。
初めて会う人たち。
嫌な人がいるわけじゃない。
揉める予定もない。
ちゃんと行けば、ちゃんと終わる。
それは分かっている。
それでも、
玄関で靴を履く手が、少し遅くなる。
行く前から、
もう疲れている。
何が怖いのか、自分でも分からない
「何が不安なの?」と聞かれても、
うまく答えられない。
失敗するかもしれない。
空気を読み損ねるかもしれない。
変なことを言ってしまうかもしれない。
どれも可能性の話で、
まだ何も起きていない。
なのに、
体は先に反応する。
胸の奥がぎゅっとして、
呼吸が浅くなって、
「今日はやめたい」が先に出てくる。
頭が追いつく前に、
体が警戒してしまう。
みんな平気そうに見えるのが、いちばんつらい
こういう時、
一番しんどいのは、
周りの人が平気そうに見えることかもしれない。
雑談しながら集まって、
自然に輪に入って、
さっと用事を終えて帰っていく。
それに比べて私は、
行く前から緊張して、
帰る頃にはぐったりしている。
たかが数時間のことなのに。
そして、
つい思ってしまう。
「私が弱いのかな」
大人なのに、怖がってしまう
もっと堂々としていたい。
もっと平気な顔でいたい。
もっと器用に立ち回れたらいいのに。
でも、できない。
怖い。
ただその「怖い」は、
何か一つの理由に
きれいにまとまっていない。
怖いのか、
不安なのか、
ただ気が重いだけなのか。
自分でもよく分からないまま、
ざわざわした感覚だけが残る。
私は、弱いわけじゃないのかもしれない
最近、少し考え方が変わった。
怖がるのは、
意志が弱いからでも、
気合いが足りないからでもない。
頭で考える前に、
体が先に反応してしまうだけ。
「行けば大丈夫」と分かっていても、
体は「念のため」を先に鳴らす。
それは、
私を困らせるためじゃなくて、
守ろうとしている反応に近い。
だから、私は今日も迷う
迷いながら支度をする。
行きたくない気持ちを抱えたまま、外に出る。
それは、
「ちゃんとしていない大人」の証拠じゃない。
むしろ、
ちゃんと感じてしまう人の、
普通の反応なのかもしれない。
ここからは、
「怖さ」とどう付き合っているか
について書いています。
怖さをなくす話ではありません。
怖い自分を、
必要以上に追い込まないための話です。
この連載は、
脳の癖を直すためのものではありません。
責めずに暮らすための、
小さな視点を残しています。
怖いとき、私は「実況中継」をする
私がよくやっているのは、
ぶつぶつと実況中継をすることだ。
心の中で、
今の状況を、そのまま言葉にする。
「今、初めての場所に向かっている」
「人が多そうで、少し緊張している」
「何が起きるか分からないのが怖い」
良い言葉にしなくていい。
整理しなくていい。
ただ、見たまま、感じたままを話す。
何が怖いのかを、分解していく
実況していると、
「怖い」が少しずつ分解されてくる。
全部が怖いわけじゃない。
・場所が初めて
・人の雰囲気が分からない
・失敗したときの想像が膨らんでいる
そうやって客観的に眺めると、
自分を少し外から見られる。
感情の中に飲み込まれていた状態から、
半歩だけ離れる感じ。
危険か、過剰反応かを見分ける
実況中継のいいところは、
判断がしやすくなることだ。
「これは本当に危険?」
「それとも、過剰に怖がっているだけ?」
もし危険だと思えば、
避ける選択をすればいい。
でも、
「ただ緊張しているだけ」
「慣れていないだけ」
と分かれば、
そのまま進む選択もしやすい。
怖さに、全部を委ねなくていい。
怖さを消そうとしない
実況中継をしても、
怖さがゼロになるわけじゃない。
それでいい。
怖さを消すことが目的じゃない。
怖さに振り回されすぎないことが目的だ。
「怖いな」
「でも今は大丈夫そうだな」
その二つを同時に持てるようになると、
少しだけ楽になる。
怖さは、感度の高さの裏返し
怖がる人は、
見えすぎる人だと思う。
空気を読む。
相手の反応を拾う。
場の違和感に気づく。
その力は、
普段の生活では役に立っている。
察しすぎは良くないと分かっている。
でも、その微妙な塩梅も、
結局は察する必要がある。
言葉にしきれない空気感を拾ってしまう人ほど、
新しい場所は疲れる。
それは弱さじゃなく、
感度の問題だ。
怖いままでも、暮らしていける
怖さがなくなる日を待っていたら、
私はずっと動けない。
だから、
怖さがある前提で暮らす。
実況しながら、
様子を見ながら、
必要なら引き返す。
それでいい。
新しい場所が怖いのは、私が弱いからじゃない
私は今日も、
玄関で少しだけ立ち止まる。
「怖い」
「行きたくない」
「でも、様子見で行ってみるか」
その全部を抱えたまま、靴を履く。
怖がりな私は、直さなくていい。
ただ、
怖さを理由に
自分を雑に扱わない。
私は弱いから怖いんじゃない。
ちゃんと感じてしまうから怖い。
そのままで、
私は暮らしていける。
今日のハーブティー
今日のお茶は、レモンバーベナにしました。
怖さが消えるわけでも、
自信が湧くわけでもありません。
でも、
頭の中で何度も繰り返していた想像が、
一度、すっと途切れる感じがします。
「怖い」
「行きたくない」
そのままでいい。
レモンバーベナは、
気持ちを前に押し出す代わりに、
今の場所にそっと戻してくれるお茶です。
玄関で靴を履く前に、
深く一口。
怖さを連れていく準備を、
静かに整えるための一杯です。
#脳の癖と暮らしている #40代主婦 #大人の不安 #怖さの正体 #気持ちの整理 #弱さもそのまま
ここまで読んだあとに、
もう少しだけ言葉のそばにいたいときのために、
続きの置き場所を残しておきます。
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別の場所にある、少し近い話
この連載を、少し整えて一冊にしました。
続きを読むような気持ちで、置いておきます。
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