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好きだったものを、前ほど好きじゃなくなった自分が少し寂しい。

昔、

本当に好きだったものがあります。

何度も聴いた音楽。

何度も観た映画。

よく通った場所。

夢中になった趣味。

会えるだけで嬉しかった人。

それについて考えているだけで、

少し幸せになれたもの。

なのに、

ある日ふと気づく。

「あれ。

前ほど好きじゃないかもしれない。」

嫌いになったわけではない。

何かがあったわけでもない。

ただ、

以前ほど心が動かない。

昔なら楽しみだったことに、

今はそれほど惹かれない。

そんな自分に気づくと、

少し寂しくなることがあります。

まるで、

大切だった何かを、

自分から裏切ってしまったような気がして。


好きなものは、

ずっと好きでいなければならない。

そんな決まりは、

どこにもないはずなのに。

なぜか私たちは、

変わらないことを、

大切にすることと結びつけてしまいます。

「昔からずっと好き。」

という言葉は、

たしかに素敵です。

長い時間、

変わらず大切にできるものがあることは、

幸せなことだと思います。

でも。

変わってしまった気持ちは、

それより価値がないのでしょうか。

私は、

そうではないと思っています。

人は、

少しずつ変わります。

見てきた景色が増える。

出会う人が変わる。

生活が変わる。

大切にしたいものも変わる。

10年前の自分と、

今の自分が、

まったく同じものを好きでいるほうが、

むしろ不思議なのかもしれません。

好きじゃなくなったことは、 好きだった時間を否定することではありません。

あの頃、

確かに好きだった。

それだけで、

十分なのだと思います。


たとえば。

昔よく聴いていた曲を、

久しぶりに耳にしたとき。

「今も一番好き。」

とは思わなくても、

一瞬で昔の景色が戻ってくることがあります。

帰り道。

季節。

匂い。

一緒にいた人。

その頃、

考えていたこと。

音楽そのものより、

その音楽と一緒に生きていた時間が、

戻ってくる。

その瞬間、

気づくことがあります。

もう、

以前と同じようには好きではない。

それでも、

あの曲が大切だったことは、

何も変わっていない。

好きという気持ちは、

ずっと同じ形で残らなくてもいいのかもしれません。

夢中になる「好き」から、

思い出すと少し嬉しい「好き」へ。

毎日触れたい「好き」から、

たまに思い出したくなる「好き」へ。

形を変えながら、

残っていくものもあります。

離れたからといって、 大切ではなくなったとは限りません。


そしてこれは、

ものや趣味だけではなく。

夢にも、

少し似ている気がします。

昔、

絶対に叶えたいと思っていたこと。

「あれになりたい。」

「あそこへ行きたい。」

「こんな人生を送りたい。」

そう信じて、

頑張っていた。

でも、

時間が経って。

いつの間にか、

前ほど強く願わなくなっている。

そんなとき、

「自分は諦めたのかな。」

と思うことがあります。

あれだけ頑張ったのに。

あれだけ好きだったのに。

あの頃の自分に、

申し訳ないような気持ちになる。

でも。

昔の自分が願っていたことを、

今の自分が願い続ける義務はありません。

あの頃には、

あの頃の自分がいた。

今には、

今の自分がいる。

その両方が、

自分です。

昔の夢を手放したからといって、

昔の自分を裏切ったわけではない。

むしろ、

あの頃から今日まで生きてきたから、

大切にしたいものが変わったのかもしれません。

変わったということは、 あの頃から今日まで、 ちゃんと生きてきたということでもあります。


もちろん。

何かを好きではなくなったとき、

無理に前向きな意味をつけなくてもいい。

「成長したから。」

「次のステージに進んだから。」

そんなふうに、

綺麗に説明できないこともあります。

ただ、

飽きただけかもしれない。

なんとなく、

離れてしまっただけかもしれない。

それでもいい。

人の気持ちは、

いつも理由をつけて変わるわけではありません。

だから、

前ほど好きではなくなった自分を、

責めなくていい。

そして同時に。

「もう好きじゃないんだから。」

と、

昔の気持ちまで捨てなくてもいい。

あの頃、

嬉しかったこと。

夢中になったこと。

救われたこと。

頑張れたこと。

それは、

今の気持ちが変わったからといって、

消えるものではありません。

今の自分が離れてしまったものにも、 昔の自分を支えてくれたものがあります。

だから、

「ありがとう。」

とだけ思って、

離れてもいいのだと思います。


考えてみれば。

人生には、

ずっと一緒に歩くものと、

途中まで一緒に歩くものがあります。

どちらが、

偽物というわけではありません。

途中で別れたものにも、

一緒に歩いた時間がある。

そして、

その時間があったからこそ、

今の自分がいることもある。

そう考えると。

何かを好きではなくなることは、

「失う」ことだけではないのかもしれません。

自分の中に、

ひとつの時代が残ること。

「あの頃、

これが好きだったな。」

そう思えるものが増えていくこと。

それも、

生きてきた証なのだと思います。

昔の自分と、

今の自分。

好きなものが違っていてもいい。

夢が違っていてもいい。

大切にしたいものが、

変わっていてもいい。

昔の自分に忠実でいることより、 今の自分に嘘をつかないことのほうが、 大切なときもあります。

だから。

もう、

前ほど好きではないなら。

無理に好きでいようとしなくてもいい。

それでも、

好きだった自分まで、

否定しなくていい。

「好きだった。」

その言葉は、

「もう好きではない」と、

ちゃんと一緒に存在できます。






今日も最後まで読んでくださり、

ありがとうございました。

夢と現実のあいだを歩くあなたへ。

ずっと好きでいることだけが、

大切にする方法ではないのかもしれません。

離れても。

変わっても。

もう夢中になれなくても。

あなたがそれを好きだった時間は、

ちゃんと残っています。

だから、

昔の自分に申し訳なく思わなくていい。

あの頃のあなたには、

あの頃の「好き」があった。

そして今のあなたには、

今の「好き」がある。

そのどちらも、

あなたの人生です。

「好きだった」は、 「好きじゃなくなった」に負ける言葉ではありません。

過去形になったからこそ、

大切にできるものだってある。

昔の自分が大切にしていたものに、

心の中で、

そっと「ありがとう」と言って。

また、

今の自分が心を動かされるものを、

大切にしていけばいい。

変わっていく自分も、

きっと、

自分です。

また次の記事でお会いしましょう。

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